第40話 のぞの部屋にて

 のぞは鍵を回した。小さな「カチリ」という音が、やけに大きく響いた気がした。

 玄関のドアが静かに開く。それだけの動作なのに、鼓動がひとつ跳ねる。


「狭いけど……」


 そう言いながら靴を脱ぐ声にも、どこか照れが滲む。まるで自分の部屋が、自分自身を見せることのように感じていた。

 リュウはといえば、そんな空気にも気づいているのかいないのか、にこりと笑って、


「お邪魔しまーす」


 と、あっさり中へ入ってきた。

 しかし――


「あれ? 電気……」


 部屋の奥から洩れる光に、のぞは足を止める。出掛けるときに消したはずだった。首を傾げながら、ドアを開けた。


「おかえりー」


 そこには、たまきがいた。

 ベッドの上で漫画を広げて寝転がっている。足をぶらぶらと揺らしながら、まるでここが自分の部屋かのようにくつろいでいた。

 のぞは言葉を失った。


「……え?」

「置いてくなんてひどくない?」


 たまきは漫画をぱたんと閉じ、上体を起こした。のぞの顔を見るなり、呑気に口を尖らせて文句を言う。


「あの後さ、二人とも遅いなーって待ってたんだよ。魚も釣れないしさぁ」

「ちょっと待って。なんで……?」


 のぞの問いかけは、困惑と動揺が入り混じっていた。


「二人っきりになりたい気持ちはわかるけどさー」

「だからっ、なんでここにいるの?」


 のぞは声を張り上げたかったが、リュウの前でそれはできないと踏みとどまる。必死でトーンを抑えたものの、怒気は隠しきれなかった。


「なんでって、のぞはよく『来て』って言うじゃん。だから今日も来たんだよ?」


 たまきは悪びれる様子もなく言った。


「今日はっ、呼んでない」


 のぞはたまきに向かって数歩、詰め寄った。


「空気くらい読めるよね?」


 低い声でそう言いながら、じっと睨みを利かせる。たまきはその視線を面白がるように受け止めて、首をかしげた。


「ダメ? 3人でいた方が楽しくない?」

「あのねぇ……」


 のぞはこめかみに手を当て、怒りをなんとか押しとどめた。心の中では叫び出したいくらいだが、ここで爆発するわけにはいかない。

 そのとき、背後から小さな声がした。


「……俺、帰るね」


 振り返ると、リュウがそっと玄関の方へ後ずさっていた。表情はやわらかいが、気まずさが滲んでいた。


「待って。あの子帰すから、リュウは……」


 のぞは慌てて追いかける。


「いや、今日はやめとくよ」


 リュウは靴を履きながら、苦笑まじりにのぞを見た。


「でも……」

「またすぐ会おう。ね?」

「う、うん……」


 のぞはそう答えるしかなかった。

 靴を履き終えたリュウは、ドアノブに手をかける。


「じゃね」


 その一言に、のぞの胸がぎゅっと締めつけられる。


「後で電話する。電話するから!」


 のぞは扉が閉まる直前に、思わず声を張り上げた。必死さが滲む。

 リュウは静かに微笑み返し、そのまま扉を閉めた。

 静寂が落ちた。

 のぞはその場で一度だけ深く息を吐くと、くるりと踵を返す。

 たまきさえいなければ。

 怒りが、一気に頭までのぼっていた。

 のぞは部屋のドアを開ける。

 すると――

 



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