第9話 BBQ①

 バーベキューの会場には、サークルのメンバーたちが集まっていた。広がる青空の下、炭火の香ばしい匂いが漂い、みんなはわいわいと楽しそうに肉を食べたり、遊んだりしている。


 数日前、カフェで山口から誘われた時、二人で出掛ける、という意味だったのかもしれないが、たまきは「じゃあ、みんなでBBQやりたいです」と言って、自然にみんなで楽しむ方向に持っていった。

 これまで、山口からのアプローチを感じたこともなくはないが、山口はみんなに優しいし、自分だけが特別なわけがない、とたまきは思っていた。そう思うようにしていた。

 今のたまきには、そちらに心を割いている余裕などないのだ。あのメッセージ。あの電車の中での出来事が、彼女の心を占領していた。


「焦げてる! 焦げてる!」


 突然、ちなからの声が響き、たまきは我に返った。肉を焼いているところだったのだ。トングを手にしたちなは、焦げた肉を慌てて持ち上げていた。


「あああ! ごめん!」



 たまきは焦って謝る。焦げてしまった肉を見つめ、心の中で自己嫌悪が湧き上がった。


「ぼーっとしちゃって、大丈夫?」

「うん、ごめんね」

「私、焼くよ。よかったらこれ食べてて」



 ちなはお手製のサンドイッチをたまきに差し出した。たまきはその優しさに、申し訳ない気持ちと感謝が入り混じる。


「ごめん、ありがと」
 


 たまきは不甲斐なさを感じつつも、プラスチックケースに収められたサンドイッチをひとつ取り、ぱくりと食べる。思わず頬が緩む。



「ん! おいし!」



 ドライトマトとチキンとバジルソースのサンドイッチは、おしゃれな味で、すごく美味しかった。たまきは少しだけ気分が明るくなったような気がした。


「ちなって、ほんと料理上手だよね」

「ありがと」



 ちなは照れ笑いしながらも、肉や野菜をテキパキと焼いていく。

 ちなの手際の良さに感心しながら、たまきはその姿を見つめ続けていた。



 その後、たまきが新しい飲み物を取りに行ったところで、かおるんにつかまった。


「白だった? 黒だった?」


 かおるんが突然問いかけてきた。

 たまきは一瞬、何の話か分からず、問い返した。


「え?」

「彼氏」

「ああ……黒」


 たまきは声を沈めて答えた。


「うわ、マジか〜。で、どうしたの?」

「何も。どうしていいかわかんなくて……」

「そっかそっか」

「うん……」

「でも、それじゃあ、たまき辛くない?」

「そうなんだけど……どう言ったらいいかもわかんないんだよね……」


 たまきの落ち込む様子を見て、かおるんは優しく背中をさすり始めた。


「たまきらしいけどさ、一発殴ってやってもいいんじゃない? クズ男!って」


 かおるんは拳を握りしめて、「おりゃおりゃおりゃおりゃー!」と殴る真似をし始める。その勢いがあまりに激しく、たまきは思わず吹き出してしまった。


「殴りすぎ」


 と、たまきは笑いながら言った。

 その笑顔を見て、かおるんは少しだけ安心したように微笑む。


「バドでもやろっか! 気分転換しよ!」


 かおるんの提案に頷き、たまきは広場でバドミントンを始めた。

 かおるんが勢いよくシャトルを打ち上げると、たまきもそれに反応して軽やかに打ち返す。風に乗ったシャトルがふわりと空を漂い、青空の下で二人はラリーを繰り返した。

 ラケットを振るたびに、たまきは少しずつ心が軽くなっていく気がした。



 一方、炭火の前で肉を焼いていたちなの元に、稲垣がふらりと近づいてきた。

空の紙皿を片手に持った稲垣に気づいたちなは、にっこりと微笑みながら、焼き上がった肉を数枚乗せ、続けて玉ねぎも添えようとした。


「どうぞ〜」

「あっ」


 稲垣が小さく声を上げた。

 ちなは、その小さな反応を見逃さなかった。


「もしかして玉ねぎ苦手ですか?」

「うん、いや、大丈夫」


 どこか遠慮がちな稲垣の表情に気づいたちなは、玉ねぎを引っ込め、肩をすくめて笑った。


「ダメなんですね」

「いや、カレーとかに入ってるのは大丈夫なんだけど、ただ焼いたのとか、生のはね」

「かぼちゃはどうですか?」

「好き好き」

「よかった」


 ちなも柔らかく微笑み、稲垣の紙皿の上に焼けたかぼちゃをそっと乗せた。


「てか焼き代わるよ。これ食べな」


 稲垣は、ちなからトングを取り、自分が手にしていた紙皿を渡した。


「え、あ、すいません」


 ちなは少し戸惑いながらも紙皿を受け取る。

 稲垣はトングをカチカチと鳴らしながら、ちなに聞く。


「かぼちゃは大丈夫?」

「はい、好きです」

「玉ねぎは?」

「も、好きです」


 と、ちなは少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 稲垣は、トングで玉ねぎをそっとちなの紙皿に乗せた。

 二人は、少し照れたように視線を交じらせるのだった。



 


 

 


 




 

 

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