第47話 成長速度
試験七日目。
修行開始から六日が経過した。
剣化の呼吸とは、肉体から意図的に空気を抜いたり、魔力を回路から脱線させる常識では考えられない技であり、それ故にオータルでさえ習得にひと月は要した。
それなのに目の前のユーラシアは、剣化の呼吸を完璧ではないものの、それに近い精度でマスターするだけでなく、日々の手合わせからオータルの動きを盗み、ぎこちなさが残るものの、滑らかに流れるような舞を見せている。
「驚いたぞ。まさかこれほど早く無刀流をマスターするとは」
「はぁはぁはぁ、ありがとうございます」
「驚いたっす!オイラなんてもう何年も修行してるっすけど、未だに無刀流の半分すら身につけられてないんすよ」
ルイスは、それなのにたったの数日で自分と同程度かそれ以上に無刀流を習得してしまったユーラシアに嫉妬する。そしてそれと同時に感心もする。
「実は、自分の中に意識を集中させると、その意識世界の中でも修行ができるみたいなんですよね」
そんなユーラシアの発言を理解できるはずもなく、反応することを忘れてしまった二人が、口を開けた状態で唖然とした様子になってしまっている。
『竜王完全体』の力は、魔力を必要としないあらゆる竜王の能力を使用可能というもの。お分かりの通り、その中には無敵の防御力を持つ表皮や常識はずれの怪力が含まれている。そして竜王の能力はそれだけではない。まだまだユーラシアも知らない能力をたくさん秘めている。
そしてその中の一つに、意識内を精神世界へと変え、自身の精神の中に時の流れが異なる別世界を創る能力が存在する。人だけでなく、知恵ある者ならば、何か考え事をする時には、自身の意識内でそれらを行うだろう。竜王の脳内には、時間の流れが約七百倍加速させられた思考領域=精神世界を設けてあり、分かりやすく説明すると、約六時間程度の時間で半年の時間を精神世界で過ごすことができるということ。
つまりユーラシアは、毎日の睡眠時間を利用して、自身の精神を精神世界へと潜り込ませることによって技の習得を早めていることになる。ただ、肉体自体を実際に動かしているわけではないため、脳だけによる理解になってしまう。それ故に、呼吸法はほぼ完璧に身につけられても、魔力操作や動きなどにぎこちなさが残っているというわけだ。
しかしそれも時間の問題だろう。
なぜならば、ユーラシアの脳はまだまだ発展途上。怪力を使う際に体力の消耗と肉体の過度な負担が強いられることと同じく、今の脳の発展段階では、思考領域の大きさに限界があるということだ。ユーラシアはまだ十歳。これからどれほど精神世界が拡張されていくのかは、ただの足し算にもかけ算にもよらない予測不能の成長となる。
オータルは自身でできる限りユーラシアの言葉を理解した後、言葉を返す。
「検討はずれだったらすまない。それはつまり、ユーラシアの脳の中には、こことは時間の流れが異なる別世界が存在しているということか?」
ユーラシアは、まだオータルに時間の流れが異なることを話してはいないが、オータルはユーラシアの成長速度と、少しの発言のみでジャストな解答を導いて見せた。
これには逆にユーラシアが驚かされる。宿している本人でさえ、完璧には把握できていない力を、ほんの少しの情報だけでその特性を言い当ててしまったのだから。
「そんな感じです。だいたい毎日六時間くらい睡眠を取っているから・・・・・多分頭の中だけで半年くらい修行していると思いますよ」
「「半年⁉︎」」
ルイスとオータルが一ミリの狂いなく、息ぴったりで反応する。
「いやいやいや、ほんとにユーラシアくんの体はどうなってるんすか?ていうか、ほんとは何者っすか?」
ルイスが驚くというよりもドン引きしているのも無理ないだろう。
鉄壁の防御力に、どこに隠しているのかも分からない怪力。更には、脳の中に別世界があるなどと聞かされれば、驚かない者はいないだろう。いや、驚くという言葉さえ生ぬるく思えるほどだ。
「何と言っていいか、お前ほどの才能に出会えたことを俺は感謝しなければならないな。よしっ、そうとなれば、今日と明日の残り二日間で無刀流の奥義五つを全て教えよう。ユーラシアならば自身のものとしてくれるだろう」
「ほ、本気っすか⁉︎」
オータルの発言を聞いて一番衝撃を食らっていたのはユーラシアではなく、ルイスだ。
何やら焦りの様子も垣間見え、少し涙目になっている様子だ。
それもそうだろう。表面上は兄弟子ということになるのだろうが、たった一週間程度で追い抜かれてはプライドがズタズタ。ユーラシアは恩人でもある分、嫉妬はしてしまうが怒りは湧いてこない。その代わり、とめどなく情けなさによる悲しさが込み上げて来てしまったのだ。
「何も泣くことはないだろうルイス。いずれはお前も覚えることになるんだ。男なら涙を拭い、追い越してやるくらいの気概は見せろ!」
女々しく涙を見せるルイスを慰める訳でなく、厳しく喝を入れるオータル。
「それじゃあ、気を取り直して修行を再開させるとしよう。まず、言ったように無刀流には代々伝わる奥義と呼ばれる究極技が五つ存在している。ある程度マスターしたユーラシアならば何かしらの違和感に気が付かないか?」
「違和感?」
ユーラシアは多少頭を悩ませると、確かに一つの違和感に行き当たる。
無刀流は決して舞をしているわけではない。ただ、定められた型なき動きをしている様子が、ひたすらに舞っているように見えているだけ。
「ボクはオータル師匠の動きを見よう見まねでやっていただけですけど、どんな態勢からでも技を出せる気がしました」
「そうだ。無刀流には決まった型がないため、あらゆる動作から技を繰り出すことが可能となっている。つまり、本来無刀流に名のある技など存在しないのだ。いや、それでは少し語弊があるな。名のある技を生み出しても、無限大に生み出せる技に埋もれていつかは消えてしまうことになる。だが奥義は別だ。特別視された五つの奥義には、何者でも抗えない絶対的な技術が詰め込まれている。それを今からユーラシア、お前に授ける」
ユーラシアはオータルの今まで以上に真剣な表情を向けられ、一度「ゴクリッ」と喉を鳴らした後、高まった鼓動を整える。
ユーラシアは、『竜王完全体』に備わっている思考領域を使用する前までは、赤の他人の自分などに無刀流を授けてよいのかという不安を抱き、主に怪力を使用するために必要な体力と体づくりを目的として修行していたのだが、今では不安は吹っ切れ、すっかり無刀流にハマってしまっているのだ。そのため、奥義などという響きを聞いてしまったら興奮せずにはいられないというもの。
「これから教える奥義は五つだけだが、いずれルイスやユーラシアが六つ目以降の奥義を生み出してくれることを期待しているぞ!」
それからユーラシアは、今日だけで奥義の三つをオータルによってひたすら教え込まれた。
当然ルイスがそのレベルについていけるはずもなく、あまりの辛さからいち早く通常の修行へと戻って行った。
「はぁはぁはぁはぁはぁ、クッ!」
あいにくユーラシアはその強度故、回復の類の力は有していなく、現在はとてつもない疲労と筋肉痛に襲われている。
どうやら、まともに立ち上がることさえできないほどらしい。
手足は小刻みに痙攣を起こし、呼吸がかなり弱くなっている。
一体どのような奥義を教え込まれたのか、それは本人たちしか知り得ない。
「まぁ無理もない。残り二つは明日にするとしようか」
オータルはそう言うと、ユーラシアをゆっくりと起き上がらせ、自身の肩へとユーラシアの腕を回させた。
「二つ、お前に話しておかないといかないことがある」
その表情は、ただただ深刻。
「もう気づいてるとは思うが、俺は『剣聖魔』だ。要するに、本来はお前たち生徒を斬らなきゃいない人斬り役の一人ということになる」
「うん。実は初めて師匠の無刀流を見た時から気づいてました」
それは、森の中でこっそりオータルの舞を盗み見ていた時のことだ。しかも、その際オータルはユーラシアに正体を言い当てられている。
「はっ、そういや図星をつかれていたことを忘れていた」
オータルの優しい笑み。
普段は厳しく、威厳のあるオータルだからこそこういう柔らかな表情は、とても親近感が湧く。
「ユーラシア。急で悪いが、明日、残り二つの奥義を教えたら、俺と戦おう」
「え?」
「言っただろう。俺も人斬りだ。役目は果たさなくちゃいけない。それに、村長からの報告によると、お前たち生徒まで危険に晒す事態が起きるかもしれないんだ。その前に試験を終えて学園へと戻った方がいい。本当は最終日前日に相手をする約束を村長としていたんだが、いつその危険が訪れるか分からない状況なんだ」
ブルジブも一応はレインとシェティーネを説得してみたものの、はじめに人斬り役として襲う日を指定してしまっていたため、最終日前日の朝に二人を相手にするとのことらしい。
そして、他の生徒は既に六割程度が退場してしまっている上、ブルジブとオータル以外の剣聖魔たちによって、レインとシェティーネ、ユーラシア以外の生徒たちが今日の夜に全員退場させられるとのこと。
「オータル師匠。ボクが師匠の心配をするなんて十年以上早いことだと思うけど、それでも、ボクにも力があります。本当にこの村に危険が訪れるならボクはみんなを見捨てたくない!」
オータルはやはりといった表情を浮かべ、薄く笑みをこぼした。
「フッ、ユーラシアならそう言うと思った。悪い、今の発言は取り消させてくれ。予定していた通り、俺とお前が戦うのは、ブルジブたちと同じ最終日前日にしよう」
オータルは本心からユーラシアのことを心配していたが、同時に嬉しくも思ったのだった。
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