第30話 竜王完全体

 暗闇に佇む人型の何か。

 コキュートスである。

 空間を覆う凍りつくほどの冷気と、風の吹き抜けるような音がその存在から放たれていることにこの場にいる全員が気がついた。

 しかし気づいた時には時遅し。

 瞬く間に変化したコキュートスの巨大な白銀色の腕が勢いよく振るわれると、空間一帯に嵐のような吹雪が吹き荒れた。

 直後、次々と凍結され身動きを縛られてゆく生徒たち。数名は前にいる者たちの肉壁と、体の表皮にできる限りの魔力密度を纏わせたことで凍結を免れたが、選抜者六十名の内、身動きが取れる者は僅か二十名程度である。


「マジかよ⁉︎」


「何これ・・・・・一体どうなってんの?」


 突如転送された先で問答無用に放たれた絶望的な一撃。

 学園内の選ばれし生徒たちでさえ、まるで虫ケラのように捻り潰される。

「ていうかユニコーンは?試練はどうなったんだよ!何でこんなバケモン相手にしなきゃなんねぇんだ!」

 最早これは試練ではない。教師たちでさえ想定していなかった事態が現在進行形で起きているのだと、理解していない生徒はここにはいない。

 それほどまでにコキュートスから感じる寒気は、死をも匂わす恐怖を生徒たちへと植え付ける。


「気を引き締めろ!生き残りたくば、奴を倒す他はない」


 一年生とは思えない気概を見せつけ、先陣をきるレイン。

 それに続くはヴァロとリリルナ、そして生き残った三年の生徒たち。

 一年と三年生以外にも、数名凍結を免れた生徒はいるが、そのほとんどがコキュートスの初撃により戦意を削がれてしまっていた。

 しかし戦意を喪失している生徒は、実力面でも大きく劣りを見せる二年生と四年生の生徒たち。

 Sクラスが不在とはいえ、五年生と六年生の実力のある者たちならば、戦意喪失することはなかっただろう。しかし彼らは一人残らずコキュートスの冷気によって凍結してしまっている。

 彼らは、先輩らしく後輩の盾となり、身を挺して背後にいる後輩たちを守ったのだ。

 そんな彼らを嘲笑う権利など、この場にいる誰一人として持ってはいない。そう、目の前にいるコキュートスでさえも。

 それなのにコキュートスから鳴り響く高らかな風吹く音は、軽快なリズムを奏で、まるで選抜者一堂を嘲笑っているかのようであった。

 コキュートスには顔がなく、表情が分からない。


「倒すっつってもよ、なんか策はあんのかよ?正直、あんなのがもう一度放たれたら、生き残れる自信ねぇぞ」


「さっきの一撃は、先輩たちが守ってくれたのもあって何とか防げただけだしね。でもさあいつ見てみてよ、なんか私たちのこと見下してるみたいじゃない?」


 その証拠に、もう一度何かを仕掛けてくる気配がない。

 完全に動きを停止させ、こちらの出方を待っている様子。

 しかし出方を待つ真似などしなくとも、この実力差ならば、こちらが放つあらゆる魔法を打ちのめすことも可能だろう。つまり、一方的に蹂躙することも可能。

 それなのに敵の攻撃を敢えて待っているなど、レインたち選抜者を弄んでいるようなもの。


「奴を倒すことができるかできないかは置いといて、誰かが相手にしなくてはならないだろう。その役目は、俺たち三年生に任せてもらえないだろうか?」


「はっ、たった六人であんなバケモンを相手するってのかよ」


 威勢よくヴァロが発言をするが、三年生たちの瞳には、犠牲になった先輩たちの意思を継いだ覚悟の念が浮かび上がっていた。


「だから君たちは俺たちが時間を稼いでいる間、抜け道を探して欲しいんだ」

「先輩の名前は?いえ、特訓の際もあまり関わりがなかったものですから」

「ケインズだ。ケインズ・マクレーン。以後は覚えておいてくれ」

「マクレーン先輩。先輩方だけでは、おそらくは瞬殺されるのがオチかと」


 レインもレインで躊躇いなく、先輩相手に大きくかます。

 しかし生死を問われたこの状況だ。先輩が、後輩がなどと悠長なことは言ってはいられない。


「なのでここは力を合わせて挑むべきだと考えます」

「マクレーン、後輩たちの言う通りだよ。ここは先輩の立場とか、プライドとか言っている場合じゃない。意地でも生き残る最善を考えるべきだ」

「フリック」

「せやな、奴は頭おかしくなるほど異次元に強い。俺ら小物がいくら集まったところで勝てる相手じゃないかもしれんけどな、プライドで死ぬんなら、全力出して死んだ方がカッコつくでホンマ」

「ヒューズまで・・・・・。確かに俺たちだけで挑もうというのは、少し驕りが過ぎていたかもしれない。詫びよう。けれど、そうなると、誰が抜け道を探す?」

「その役目はこいつらに任せとこうぜ」


 ヴァロが得意げに発言すると、ユーラシアたちの方へと視線を向けた。


「ユーラシアと、お前らもだ」


 ヴァロが言うお前らとは、ミューラとユキのことである。


「ちょっとヴァロくん?ユーラシアくんを抜かすべきじゃないわ!」

「ああ?何でだよ、雑魚が周囲でうろちょろされたら戦いの邪魔になっちまうだろうが」

「雑魚って・・・・・貴方いい加減に———」

「いい加減にするのはお前の方じゃないのか?シェティーネ」

「兄さん」

「いつまた奴が動き出すかも分からないこの状況で、分かりうる情報の中、戦力を選抜するのは当然のことだ。それに、お前が請け負う役目もかなり重要であることを理解しろ、スレイロット」


 レインのいつも以上に鋭い眼差しがユーラシアへと向けられる。

 シェティーネは、魔法研究科にしてもそうだが、ユーラシアをどこか特別視している節がある。

 ただでさえ、実力を認めていない相手である上、妹さえも惑わしていることがレインにとっては気に食わない。

 しかもここは戦場だ。戦場にすら個人的な感情を持ち込むなど、許し難いこと。


「それならば、俺もユーラシアを手伝うとしよう」


 すると、コキュートスの初撃も心地の良い風を堪能するかの如く自然に耐え、転送直後から壁に寄りかかる姿勢を崩さなかったアートが、ユーラシアへと歩み寄る。


「ああ?ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。てめぇは俺らと一緒にあいつと戦うんだよ!」


 自分たちよりも遥か高みにいながら、その自由な意思で戦闘拒否するアートに対して、ヴァロの怒りが沸騰する。


「戦う?一体何のためにだ?」


「はぁ?何言ってやがるんだ?」


 ヴァロだけでなく、この場にいる皆がアートの発言の意味が理解できていない。

 自身の死を目の前にして、戦う意味を問うてくるアート。皆からすれば、出口もなく生き残るためには戦うしかないのは当たり前である。


「ちょっとあんた何言ってんの?ふざけるのもいい加減にしてよ」


「ふざける?俺は至って真剣だ。俺にとって大切なのはユーラシア一人だけだ。関係のないお前たちがどこで死のうが俺には何の関係もないだろう」


 信じられない発言を平然と行うアート。

 皆の表情がある意味恐怖へと染められていく。

 アートがいないのならば、その実力を知る者たちにとっては先ほどとは状況が一変する。

 レインやヴァロ、リリルナは、アートの姿があったからこそ、多少の冷静さは欠けど戦意を保っていられた。

 アートという望みが消えた今、レインたち一年生にも絶望の色が濃く表れる。

 そしてその色が最も濃く表れているのがシュットゥだった。


「まさか、君への恐怖心がこんなにも頼もしかったなんて思いもしなかったよ。僕たちはもう、おしまいだ」


 しかし三年生は諦めない。必ず生き残るんだという強い意思を見せて再び一年生たちの戦意を奮い立たせる。


「ここで諦めれば、本当におしまいだ!どんなに絶望を抱こうとも、生きるために戦うんだよ!」


「本当、あらゆる意味で難儀な状況やでぇ」


 すると再び、この状況で風の吹く音が生徒たちの耳を刺激する。

 その音は最早、絶望の音色である。



「ヒュー・・・・・ヒュッヒュッヒュッ・・・・・ヒュォォォォォォォ‼︎」



 その音は次第に鼓膜を激しく刺激する不快な音へと変貌していく。


「「「うわぁ!」」」


 皆が耳を抑え、反射的に目を瞑る。

 そして音が止んでそこにいたのは、最早人型など非にならないくらいに恐ろしく、全身の血が凍りつくような寒気に襲われるほどの悍ましい白銀の怪獣だった。

 初撃の際、両腕に纏っていた巨大な白銀の刺々しさは、全身に纏われ、クネクネとした動く様はまるで蛇のよう。

 直径百メートル、高さ三十メートルはあるだろう広い円形の空間内の約半分を埋め尽くすほどの巨大な巨体が動く度に、生徒たちはバランスを崩しそうになる。


「んだよ、ありゃ!」


「ちょっとちょっと、冗談でしょ⁉︎あんなのどうやって倒せばいいのよ!」


 ようやく灯った希望の意思は、本物の怪物と化したコキュートスによって呆気なく砕かれる。


「我慢の限界と言ったところか」


 確かにコキュートスの様は、我慢を爆発させたような姿だ。

 しかし、呑気に発言するアートに対して、最早誰一人として反応する気力を持ち合わせない。

 まさに絶望。

 戦意を失った者たちに待ち受けるは、『死』。

 ミラエラ、そしてエルナスさえも助けには来ない。

 そうして逸早く死を迎える者たちがいた。それは、自分たちの盾となり、凍結された先輩たち。

 コキュートスの巨体が迫り来ると同時に、その過程に存在する先輩たちは粉々に砕かれてしまうだろう。

 しかし誰一人として動けない。敢えて動かない者たちもいるが、大半の者が恐怖のあまり足がすくみ一歩たりとも踏み出せない。

 そんな中、迷いなく、力強く駆け出す者が一人いた。

 

 その名も『ユーラシア・スレイロット』、英雄の息子である。

 受け継ぐ力は違えども、その信念はしっかりと受け継がれているのだ。


 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」


 

 ただ一人駆け出したユーラシアは、凍結された先輩たちの前へと立ち、勢いよく突っ込んできたコキュートスの顔と思われる部分をその小さな全身で受け止める。

 

「何やってんだ、あの野郎⁉︎」

「自分から突っ込んでいくなんて、マジで自殺行為だって!」

「自分の実力も理解しないから、早死にするんだ」


 恐怖に侵食されながらも、ユーラシアのとった行動に驚愕するリリルナとヴァロ。しかしシュットゥは、そんなユーラシアに悪態をつく。


「いや、何だこの違和感は?」


「信じられへんでホンマに!どうしてあいつは、あないなバケモンの攻撃を正面から受けて生きてるんや⁉︎」


 ヒューズは驚愕する。ユーラシアという存在に。


「彼は、かの有名な『ゴッドティアー』から世界を守った勇者の息子なんだ。彼はその力を受け継いでるってことなのかな」

「そないなことで納得できるかいな!魔力量も話にならんちゅうのに、あいつは、一体何者なんや⁉︎」

 



「させない!絶対、殺させない‼︎」


 コキュートスに魔法無効の効果は効かない。なぜならば、コキュートスが宿すは神の技であるから。

 痛さは感じない。悍ましく、全身が凶器のような巨大なコキュートスでさえも、ユーラシアの身に傷一つつけることができていない。

 しかし、自力の差で負けるユーラシアは徐々に押し負けていく。


「クッ!」


 背後数センチ先には、凍りついた先輩たち。

 ユーラシアは地面が抉れるほどに足へと力を込め、全身の血液が沸騰するような感覚に襲われる。

 自分でも驚くほどの馬鹿力。

 自分の中に、まさかこれほどまでの怪力が眠っていたとはまさに驚愕である。

 しかし足りない。

 コキュートスは今のユーラシア以上の力で突撃してきている。

 最早ユーラシアが力尽きるのは時間の問題であった。


「アートくん!」


 ユーラシアは力を込めるがあまり、喉を締めつけながら最大限に掠れた声でアートの名を叫ぶ。


「心配せずとも、今手を貸してやる」


 ユーラシアの勇姿を見届けようかとも思っていたアートであったが、案の定限界に近いユーラシアを目にして力を貸すことに決める。

 しかし、当のユーラシアから飛び出した言葉は、アートの耳を疑わせるものだった。


「みんなのこと、お願い———任せられるのはアートくんしかいないんだ!」

「他の奴らなどどうでもいい。言っただろう、俺にとって重要なのはお前だけだと」

「ボクは大丈夫だから!絶対、死なないから!お願い、みんなのことを守って」


 アートにはどうしてそこまでして他人のことを守りたいと思うのか、どうして勝機などない絶望的な状況でたった一人で敵に挑もうとするのか、理解ができなかった。


「ユーラシア。お前が今していることは無謀そのものだ。なぜ俺の力を使おうとしない?」


「こいつは、ボクから大切な人を奪ったんだ!絶対許さない‼︎」


 目と鼻から血を垂れ流し、今にも限界の様子。

 しかし、今のユーラシアから感じる気迫は、この前敵として戦った時によく似ていた。


「なるほど、自分が何者であるかは、お前自身が一番理解しているということか」


 そう発言するアートへと、その場の全員の視線が向けられていた。

 今まで、ユーラシアの力の一切を信じていなかった。ユーラシア自身を蔑んでいたはずなのに、目の前には、命をかけて自分たちを守ろうとしてくれているユーラシアがいる。

 想像を絶するほどの強さを見せるユーラシアへと、この場にいる全員が驚愕していたが、その時、アートがユーラシアの力の秘密を知っているような素振りを見せたのだ。


「君は、あいつの力の正体を知っているのか?」


 アートへと質問するシュットゥの表情は、恐怖と悔しさが混じったものとなっていた。


「知っていたとしても、教えてやる義理などない。だが、もしかしたら面白いものが見られるかもしれないな」


「こないな状況で何言うとんのや!どう見ても押されてるやろ、このままだと死んでまうで‼︎」


 そんなヒューズの言葉など無視して、ユーラシアの戦闘の邪魔にならないよう、凍結した生徒たちとその他の生徒たち全員を端へと寄せ、アートの作り出した結界内に閉じ込めた。

 結界内からは外側の様子が物理的にも精神的にも見れないようにされているため、今この場に観客はアート一人のみ。


「さぁ、思う存分戦うがいい、ユーラシア」

 

「ありがとう。アートくんっ———クッ!」


 一瞬の隙ができた途端、ユーラシアの体は弾丸よりも早く弾き飛ばされた。


「そんな攻撃じゃ、ボクは倒せないぞ!」


 ユーラシアは血を流しながら、そんなことお構いなしでコキュートスへと再び突っ込んでいく。

 側から見れば、ただのバカの一つ覚えだ。

 ほとんどダメージの通りもしない拳を何度も何度もコキュートスの刃へと繰り出しては、四方八方に高速で吹き飛ばされる。

 壁には微かに光が差し込む穴が空き、天井や床はボロボロに崩れている。

 そして—————



「ッ⁉︎」



 ついにその時は来た。

 ユーラシアの拳に滲む新鮮な赤色。

『竜王』の防御力を持ってしても、自ら何度もコキュートスの皮膚へと打ち込んだ拳は傷を負ってしまったのだ。

 これには流石にアートも驚いた。


「まさか、竜王の皮膚に傷を付けるとは、流石の俺でも驚かされた。だが、楽しい時間ももうそろお終いか」


 ユーラシアの全身から薄らと湯気が立ち込める。

 これほど冷え切った空間だ。運動した熱量で体から湯気が発せられるのは当然と言える。

 しかし、何やらユーラシアの様子がおかしい。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 呼吸を整える度、発せられる湯気の勢いが蒸気のように増していく。


「魔力の変動は感じられない・・・・・となると、以前のような竜王の魔力を使用した類ではないと言うことか。ならば、一体何が起ころうとしている?」


 アートでさえも、今のユーラシアに何が起きているのかが理解できていない。

 それもそのはず、ユーラシアは今現在は限界を超えて命のやり取りをしているが、以前のように封印が一時的に解けたわけではない。

 

 これまで使用していた『竜王』は、竜王の皮膚に宿った防御力と魔法無効化の効果を有するものだった。

 そして擬似魔力樹に実った『竜王』は、限界を超えたいと願い、限界を超えた生死のやり取りの最中、進化を遂げた。

 これは進化である。そして、あるべき姿でもある。


 『竜王』改め、『竜王完全体(パーフェクトボディ)』。


 この魔法は、『竜王』同様に魔法であって魔法ではない。

 魔力を必要としない竜王のあらゆる能力が、今この時、解放されたのだ。


「フェンメルさん・・・・・貴方がボクに大切なことを教えてくれたから、ボクは自分の限界を超えられました。ありがとうございます」


 浮かんだ涙、発せられる蒸気、流れる血液の全てをその場に置き去りにしてユーラシアがアートの視界から一瞬にして消えた。

 

「この俺でさえ捉えきれないだと⁉︎」

 

 次の瞬間、コキュートスが再度あの時と同様に馬鹿でかい奇声を上げると同時に、「パァン!」と空気が弾ける音がした。

 いつの間にかユーラシアがコキュートスの懐へと潜り込み、対するコキュートスは、全身の刃を二倍ほどに伸ばしてユーラシアを威嚇する。

 コキュートスの刃は、地面と天井、壁の全てに突き刺さり、いよいよ頭上と足場の崩壊を呼ぶ。

 後数秒もすれば、ユーラシアたちは瓦礫とともに落下するだろう。




「ヒュォォォォォォォォォォォォォォ‼︎」




 コキュートスの雄叫びにより大気が震える。



「アートくんに比べたら、お前なんか足元にも及ばねぇよ‼︎」



 そうして放たれるユーラシアの全力の一撃。

「ドゴォン‼︎」と鈍い音を立てて放たれた一撃は、コキュートスの巨体を完膚なきまでに内側から爆発させた。

 四方八方にコキュートスの肉片が飛び散る。肉片と言っても氷の破片だが、肉片が飛び散る威力は、やがてバベル内の狭い空間内で嵐を生じさせた。

 爆風に乗ったユーラシアの飛散した力が次第にアートの結界をも消滅させていく。


「凄まじい威力だ。流石はこの俺が憧れた存在だ!」


 ユーラシアはたったの一撃で意識を失い倒れ伏す。

 このままでは、意識を失った状態で瓦礫の生き埋めにされてしまう。

 そう思ったアートは、迷いなくユーラシアへと駆けた。

 つまりそれは、背後にいるその他の生徒全員を見捨てることと同義。


『竜王完全体』。魔力を使わずに圧倒的なまでの強さを誇る分、使用する時の体力の消耗が激しいのだ。今回に限って言えば、かつての竜王の腕力をたったの一撃再現しただけで腕の骨は砕け、全ての体力を消耗してしまった。


 怪我など、魔法でいくらでも治すことができるが、死んでしまえば生き返らせるのは不可能。

 ユーラシア一人ならば助けられるが、選抜者全員となると、今のアートでは助けられない。

 なぜならば、バベル内にはユーラシアの魔力無効化の効果が未だに爆風に乗って充満しているため、魔法の発動ができないのだ。

 

 崩れる。

 

 そう思った瞬間、世界は白銀へと姿を変えた。

 爆風は収まり、崩れそうになっていたバベルは全てが白銀色に凍結し、動きを止めた。

 

 しばらくしてバベルの倒壊が再び始まる。

 

 何者かの結界のおかげで選抜者全員、バベルの倒壊に巻き込まれずに済み、ゆっくりと凍った海の上へと降り立つ。

 ユーラシアたち選抜者六十名の内、凍結されていた者は凍結が解けると同時に意識を取り戻した。

 

 辺り一帯。それは学園さえも含んだ全ての景色が白銀色に染まっている景色が広がっていた。

 

 頭上に佇む一人の少女。

 

 彼女の名は『ミラエラ・リンカートン』。

 

 氷の女王の二つ名を持ち、竜王の因子をも宿す存在である。

 

 ミラエラの息が白く染まる。

 そして見下ろす視線は一人の少女へと向けられていた。

「思い出したわよ。ユキ・ヒイラギ・・・・・貴方のこと———」

 

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