第13話
『早起きできるようなら裏庭に行ってごらん、彼に逢えるかもしれないから』
昨晩、アマネがさりげなく教えてくれた情報は、翡翠の好奇心を刺激するのに充分だった。
緊張で早く目が覚めてしまったため、荷物の中にはいっていた海老茶式部を着て、平常心を保とうとしたが、その努力は残念ながら実っていない。実際に婚約者を目撃した翡翠は、挙動不審状態に陥っている。
「あわわ。ほんとうに、いましたっ……!」
まるで珍獣扱いをされているようだと朝周は思うが、顔には出さず、爽やかに切り返す。
「いい朝だね、お嬢さん」
男性にしてはじゃっかん高い声が、翡翠の耳元へ滑り込む。どことなくアマネと似たような感じがするのは、血が繋がっているからなのか。
浅黒い巨人だなどと噂されていた朝周だが、実際に見たところ、誠より肌の色は薄く、背も男性にしては低く見える。たぶん、彼を知る前に大柄のアマネを見ていたからだろう。
とはいえ、花と戯れて躍っていたというのに軟弱な雰囲気はない。全体的に隙のないアイロンがしっかりかけられた白いシャツに黒いスラックスがそう見せているのかもしれない。そのうえ、足元の厳めしい軍靴は磨かれたばかりなのか黒光りしている。
肩までの黒髪は黒いベロアリボンで束ねられ、だらしない感じは見受けられない。ただ、ひとなつっこい表情とくりくりした瞳が少年らしく見えるのは、欠点かもしれない。
金糸雀百貨店の御曹司、と言われれば素直に納得できる目の前の青年に、翡翠は瞳を瞬かせ、こくりと首を縦に振る。
「金城朝周……さま?」
確認をとるように名を紡げば、彼は不服そうに口をひらく。
「そう呼ばれるときもある」
「はあ」
やっぱり目の前にいる彼が翡翠の今度の婚約者なのだろう。だが、彼はそう呼ばれることを否定はしないものの、どこか自分ではないもののように捉えているきらいがある。
翡翠は首を傾げ、朝周の後ろからぬぅと現れた巨体を見て声を震わせる。
「ぁあっ、黒き巨人!」
「……坊、あの失礼なお嬢さんが?」
「そうだよ靭。噂の悲劇のヒロインさ」
あえて突き放すように応え、翡翠に告げる。
「こっちは靭。俺が生まれたときから傍にいる兄のようなものだ」
「……てっきり朝周さまかと」
「それは光栄です」
靭もまた、朝周と同じように黒いスーツを着用している。どうやらこの洋装が百貨店の制服のようだ。
「では、間違いないのですね。こちらの方が」
戸惑うように翡翠を見て、朝周に確認を取ると、彼もまた困ったように視線を反らす。
「親父が金で連れてきた婚約者だよ」
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