第二章
第十五話(1)
風が草木をゆらしている。心地よい葉擦れの音を感じながら目をひらくと、金色に輝く草原が広がっていた。かぐわしい花と、清々しい緑の香りが満ちている。紫紺の夜と白銀の朝が混ざりあう空には、星屑が宝石のように輝いていた。
ここは夜と朝のはざまにある、一瞬で永遠の空間なのだ、と思った。
――なんて素敵な夢なのかしら。
私は
――そうだ、会いに行かなくちゃ。
約束を思い出して、私は風と一緒に草原を駆けた。金色の野原がどこまでも続いていた。体が羽のように軽い。この調子なら、どこまでだって走って行けるだろう。
草原のまんなかに、私を待つ人がぽつんと立っていた。白銀の髪は草原の光を受けて暁の色をまとい、風に吹かれてきらきらと輝いていた。
「お待たせしてごめんなさい」
「君までくることはなかったのに」
差し出された手に自分の手を重ねながら、私はかすかに首を横に振った。
「ひとりきりではさびしいわ」
いまの私にはこの景色がすべてだった。彼の名前も思い出せない。でも大切な人だった。
ここは私たちの世界だった。夜と朝は必ずめぐりあい、しかしずっと寄り添ってはいられない。ふたりが寄り添えるのは夜明けのわずかな時間だけだ。そのわずかな時間がここでは永遠に続いていた。
私たちは草原を渡る風の音を聞きながら、そっと手をつないで、美しい夜と夜明けの空を見上げた。
「いい夢だね」
彼は満ち足りた声でそうささやいた。ええ、とうなずいて、私たちは
そしてどれほど経っただろう。何百年、あるいはたったの数分だったかもしれない。ざわざわと風がささやきをかわして、金色の草原に若草色の光が満ちた。
秋の花野を思わせていた金色の野は、一瞬にして若々しい初夏の草原に変わってしまった。夜が明けて青空に雲が流れる。ああ、夢が覚めるのだ、と思った――……
――。
ゆっくりと目をひらくと、私の部屋だった。とてもおだやかな夢を見ていたはずなのに、目が覚めてしまったようだ。名残惜しさを感じながら私は寝ぼけた頭で自分の現実と向き合おうとした。
部屋にはのどかな春の陽ざしが差し込んで、細くひらいた窓の向こうから小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。私は勉強机の前にいて、目の前には『アルセレニア興国史』の九十八ページがひらかれていた。
「おはようございます」
真横から無機質な声がする。振り返ると、家庭教師のシャルノンが軽く首をかしげて見せた。こんなに明るい陽気なのに、彼は相変わらず目もとを長い前髪に隠して陰気な気配をただよわせている。
「私、眠っていた?」
「ええ。とても気持ちよさそうに」
「気が抜けているわね。ごめんなさい」
そうか、いまは興国史の授業中なのだ。私は姿勢を正してテキストに向き合った。
「なにかよい夢でも見ましたか」
嫌味かしら、と思いながらちらりとシャルノンへ視線をやると、どうやらそういう様子ではないらしい。それに思いのほかおだやかで優しい声色だった。
「そうね……とてもおだやかで満ち足りていた気がする。内容は忘れてしまったけど……」
「たまにはそんな時間も必要でしょう」
「……具合でも悪いの?」
シャルノンが妙に優しのでいぶかしむと、彼は不本意そうに肩をすくめた。
ミモザ様との一件で謹慎処分を受け入れてから、はやひと月が経とうとしている。このひと月は学院へ行かないぶん、自宅学習や読書の時間を増やした。だからどこへ出かけるでもなく、特別疲れるということもないはずなのだが、長年の睡眠不足が解消されたようにすっきりしている。
「そろそろ時間なので、ぼくは席を外します。また夜におうかがいします」
「居眠りしたのは、その、ごめんなさい。これからもよろしくお願いします、先生」
シャルノンは「こちらこそ」とたいして心のこもっていない声で言って席を立った。シャルノンが部屋を出て行くと入れちがいに使用人のアニタがお茶とお菓子を運んでくる。時間があればシャルノンもおやつにありつけたのにね。
「お嬢様。お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
窓に面した勉強机から丸テーブルに移る。今日のお菓子はアニタ特製のアイシングケーキだった。アニタがティーポットから紅茶を注ぐとスモーキーで深みのある香気が立ちのぼる。
「オールド・ミストね。いい香り……」
ティーカップを口に運ぼうとして、なぜか
「お待ちくださ……クライル様!」
私もアニタもドアのほうを振り返った。ノックもなく乱暴にドアがひらいたと思うと、騎士服姿のクライルが立っている。走ってきたのか肩で息をしていた。
前髪を上げているから、今日は公務なのだろう。クライルのうしろでは使用人のコリンが困惑の表情を浮かべていた。
「いったいどうしたの……」
「エリーゼ」
血相を変えて飛び込んでくるなんて、いったいなにが起こったのだろう。立ちあがろうと腰を浮かせると、ずかずかと部屋に踏み入ってきたクライルが強引に私を抱き寄せた。
「クライル?」
クライルは私にすがりついて呼吸を整えているようだった。アニタとコリンが驚いた顔をして呆然と立ちすくんでいる。腕も胸もすっかりたくましくなって、それに汗ばんでいるせいか、ひどく男性的だった。いつもの私だったらとまどうはずなのに、息苦しいほどの抱擁がなぜか心地よかった。
「……なんでもない」
「そうは見えないわ。アニタ、彼にもお茶を……」
「公務中だ。すぐもどる」
そう言ったもののクライルが私を解放する気配はなかった。いったいなにがどうしたというのだろう。
呼吸が落ち着いてきたころ、クライルはやっと私から身体を離した。彼は名残惜しそうに私を見つめたあと、
「それじゃあ」
と振り切るように言って
クライルが部屋を去って、私とぽかんとしたアニタとコリンだけがその場に残される。居眠りしてまた夢を見ているのかと思ったが、そうではないらしい。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「ええ。すこし驚いたけど……」
気づかうコリンに微笑みかけながら椅子に腰を下ろす。驚いたせいもあるだろう、胸がまだドキドキしていた。なぜなのか安堵と切なさが入り混じっている。クライルの力強い抱擁を思い出すと涙がこみ上げてきそうだった。
しばらく会っていなかったから、思いのほかさびしかったのだろうか。それにしては胸を包む感傷も感動もやけにおおげさだった。
アニタやコリンの前で泣き出すわけにもいかず、私はごまかすように紅茶に口をつけた。
その夜のことだった。
そしてなぜか、ずっと前から彼女を知っているような気がして、私は彼女の瞳を見つめたまま立ち尽くしてしまった。
「……」
少女もまた私を見つめて立ち尽くしていた。ぎゅっと結んだうすい唇がふるえている。瞳にはみるみるうちに涙がたたえられて、それがこぼれ落ちる寸前に、彼女は私に向かって飛び込んできた。私は少女の華奢な身体を受けとめて、強く抱きしめた。
「ごめんなさい……!」
彼女は私にすがりつきながら謝罪の言葉をくり返した。
私はといえば、まるで生き別れの姉妹にでも再会したかのような心地がしていた。
「いいの、あなたはなにも……」
悪くない、抱きしめた少女を慰めようとして、脳裏にすさまじい量の記憶が流れ込んできた。まるで走馬灯だった。私がくり返してきた途方もない時間のすべてがよみがえってくる。
――私は、どうしてここに?
最後の記憶はオールド・ミストの香りだった。地下牢で口にした紅茶の記憶を最後に私の意識は途切れている。陛下の取り計らいでてっきり毒を飲まされたものだと……
――ちがう。振り出しだわ。
今日はあの続きではない。勉強机の前で目覚めて、ひらいていたテキストは『アルセレニア興国史』の九十八ページ。私は起点にもどっているはずだった。
私はとまどってシャルノンを見た。今日はリリーが
私がおぼえている限り、リリーはうっすらとくり返しの記憶を持ちながらも、それを平常時にはっきりと過去の記憶であると認識することはなかった。だからいまも初対面のはずなのに、彼女は私を知っているようだった。
「セフィーラはあらゆる時代において、おのおの全く異なる体質を持っているわけですが」
すべて思い出したせいか、シャルノンの淡々とした声が妙になつかしい。
「
「待って、でも……」
「立ち話もなんです、座ってお茶でも」
シャルノンに問いかけようとすると、どちらが客なのかわからない台詞が返ってきた。彼はいつも通り両目を前髪に隠して、湿っぽい空気をまとっている。地下牢で最後に会ったシャルノンとはすっかり別人だった。
「そうね……落ち着いてゆっくり話しましょう」
ため息まじりにシャルノンの提案を受け入れてリリーの顔をのぞき込む。彼女はぼろぼろ泣きながら、だまってうなずいた。
アニタにお茶を頼むと、気を利かせて昼焼いたアイシングケーキを持ってきてくれた。シャルノンの好物だから、彼は目の前に提供されるなりすぐにフォークを取ってケーキの端を切り取った。
シャルノンと好物が同じというのはちょっとしゃくなのだけど、アニタのケーキはおいしいから、まあしかたないでしょう。
テーブルセットを終えてアニタが去ると、私は黙々とケーキを食べ進めるシャルノンを横目に、リリーにお茶とケーキをすすめた。
「こう見えてそれなりに混乱しているのだけど……」
私はリリーがおどおどとフォークを手にしたのを見届けてから切り出した。
「すべて終わったのではなかったの?」
「そうですね。終わったんです。あなたに伝わるよう説明するとなると……すこし長くなります。ケーキを食べてからでも?」
「食べながら話せないの?」
最後の日、私の目にはシャルノンが人智を超えた存在のように映った。あれは幻覚だったのかもしれない。
文句をつけられたシャルノンはやれやれといった様子で肩をすくめた。
「結論から言うと、セフィーラの試練は終わりました。セフィーラによってもたらされる時の円環はすでに失われたんです。ゆえにこの先、時間が過去にもどることはありません。円環の維持には強い意思が必要です。そして彼女……リリーの場合はかなり特殊で、使命の遂行をあなたに譲渡してしまった。その時点で彼女が直面していた問題が彼女の意志としてあなたに託されてしまった」
シャルノンの語り口調はいつも通り淡々としておだやかで、わかりづらかった。
つまり、リリーは「アレクシス様をとめなければならない」という問題にたどり着いて、そこで立ちすくんでしまった。本来の目的は「災厄の回避」だが、私がちょうどそこで問題を肩代わりしてしまい、目的が「災厄の回避」から「アレクシス様をとめる」ことになってしまった。そして私が目的を達成してしまったために、セフィーラの使命が果たされたことになってしまった……ということらしい。
「使命の譲渡が行われるのは興国以来はじめてですから、どうなるのかぼくにもわかりませんでした」
さらりと言って、シャルノンは例のごとく紅茶に砂糖を溶かしはじめた。
「ただし、あなたたちの結論が予見された災いを回避するための手段のひとつとして有効であったことはたしかです。実際に女神が危惧した災厄の危機は去りました」
「でもっ、でも……」
フォークを握ってじっとうつむいていたリリーがシャルノンをさえぎる。言いたいことはあるが整理できないのか、リリーが答えあぐねていると、シャルノンが「しかし」と相づちを打った。
「あなたが毒を飲んだあと」
シャルノンの言葉に私はうなずいた。最後に私に紅茶を入れてくれたメイドの異様にふるえた手を思い出した。やはりあのとき、私は死んだのだろう。
実際にどうだったかは知らないが、私自身は本当に眠るようなおだやかな最期だったと思っている。もがき苦しむような種類の毒もあったはずだし、そもそも処刑台にのぼることをまぬがれただけでも、陛下には大変な慈悲をおかけいただいたのだ。
「城下で季節はずれの熱風邪が流行しました。流行が長引くにつれてちらほらと死者も出るようになり、ただし治癒術や内服薬の効果がうすかったために、治療を求めて神殿に患者が殺到しました。そこで
「リリーを政治的に利用したということね?」
「ええ。本来であれば非難されるところなのですが、彼女の存在は疲弊した民衆の心の支えになりました。もし陛下が神殿を罰すれば王家への反発を招いたでしょう。その折、陛下が病床に
私はティーカップを置いて視線を下げた。つまり、私の死後、災厄こそ回避したものの王家と神殿の権力争いが激化したのだ。
そしてその争いでは神殿が優位を取った。しかし……アレクシス様が健在ならそうは行かなかったはずだ。
「たそがれの石は神殿に持ち込まれたといううわさだったわよね」
「彼女も同じことに気づきました」
と、シャルノンは視線でリリーを示した。
「私、思ったんです。もしかして神殿にいる誰かが意図してアレクシス様に石を渡そうとしていたんじゃないかって。それも善意ではなくて、アレクシス様を
リリーも私も目先の問題を解決することに必死で、まさか政権をめぐる陰謀の存在にまで考えが及ばなかった。
エレイン元妃は私とアレクシス様に破滅の面影を見出した。アレクシス様にいたっては血相を変えてその場で彼の幼い命を絶とうとしたほどだ。リリーが私に託した結末、そして私が最後に選んだ結末はアルセレニアの破滅を回避した。それもまたひとつの正史のかたちにはちがいない。
しかし、例の災厄が人為的に引き起こされたものだとしたら、もっとちがうやりかたがあるのかもしれない。
「そうだとしたら、もっとできることがあったはずだって。アレクシス様とエリーゼさんが犠牲になる必要なんてなかったはずだって、私、わたしはっ、もっと最善を選べたはずだって……」
リリーはそろえたひざの上でぎゅっと握りこぶしをつくり、強い後悔がにじむ声でそう吐き出した。
「ご存じの通り、ぼくはアルセレニアの未来を左右する選択に直接干渉できません。ぼくにできるのは相談に乗ること、許された範囲で手助けすること、そしてセフィーラの願いに応じて魔力を提供することだけです」
「だから、私、シャルノンさんにお願いして、私に残っている女神さまからもらった残りの力すべてを使って、一度だけ時間をもどしてもらったんです」
「……それはわかったけど、そもそも、シャルノン、あなたはいったい何者なの? 魔導師ってそういうものなの?」
シャルノンとリリーが言わんとすることは理解できるが、シャルノンの立ち位置が相変わらずよくわからなかった。彼が一介の王国魔導師だとしたら、女神の遣いであるセフィーラに対してそこまで関与するものだろうか。
「『アルセレニア興国史』の九十八ページです」
そう言ってシャルノンはアイシングケーキの最後のひとかけにフォークを刺した。
「王家の誕生と精霊契約について……」
『アルセレニア興国史』の九十八ページ、時間がもどるたびに目にするあのページだ。私はその表題をささやきながらシャルノンを見つめた。
「アルセレニアの王は即位とともに守護精霊と契約します。ぼくが司るのは時。セフィーラをもたらすのは我が女神ですが、ぼくの力あってこその制度ですね」
つまり自らこの国の守護精霊であると、シャルノンはケーキを
「騙したわけではありません。それに、シャルノンはたしかに魔導師です」
精霊とは魔法力の集合体のような存在で、彼らの本来の姿は人間には視認できない。たとえば研究書にえがかれる彼らの姿は、実際の精霊そのものの姿かたちではないのだ。精霊は人間の前に姿を現すとき、人間が知覚できる容姿をかたちづくる。その姿は一定ではなく、ときには竜や獣、植物、人を模した姿など、変幻自在と言われている。
自らを守護精霊と名乗るその言葉を信じるなら、彼はいま、アルセレニア王国に仕えるシャルノンという人間の姿をしているということだろう。
ちなみに精霊の真名はやはり人間には知覚できない音で構成されている。精霊たちは真名を守護精霊の契約にのみ用い、それ以外で人間と交流する場合は、人に聞き取れる音の通称を名乗ると言われている。
国によっては守護精霊が人々の前に姿を現すこともあるそうだが、アルセレニアにおいてはそういった文化はない。アルセレニアの守護精霊はあくまで信仰の対象で、不可視なるものと思われてきた。
「にわかには信じがたいけれど……なんとなくそんな気もしたわ」
「話が早くて助かります」
ため息まじりに受け入れると、シャルノンは本当にこれっぽっちも普段と変わらない調子で言ってティーカップを持ち上げた。
「正直、これが正しいのかぼくにもわかりません。ただセフィーラの意思に応えるのがぼくの役割ですから」
私は椅子にもたれて顔を上向けながら、もう一度、ふうと音を立てて息をついた。そうして押し寄せてきた情報を飲み込んだ。
「それで、確認だけど、なにが起こってももう時間はもどらないのね?」
「はい。
本来、人が過去にもどることはできない。時はもどらない、それがあたり前なのだ。
どんな結末を迎えてもやりなおすことはできない……そんなあたり前がいまはひどくおそろしく感じた。
「……もしかして、クライルにも以前の記憶があるのかしら」
「なぜです?」
「昼間、突然たずねてきたの。使用人を押しのけて部屋まで入ってきたのよ」
「ふむ。
そう言ってシャルノンは前髪の隙間からちらりとリリーに視線を向けた。リリーはシャルノンの視線を、容姿に似合わないひどく大人びたまなざしで受けとめた。
「私はシャルノンさんに協力してもらって、まず神殿の動きを探ろうと思います」
リリーはまっすぐな目で私を見つめた。ブラウンクォーツを思わせるおだやかな瞳に、静かな決意がみなぎっている。ああ、だから女神は彼女を選んだのだ、と腑に落ちた。
――だから私、みんなを、エリーゼさんを守れるなら、どんな試練だって乗り越えたい。
いつかのリリーの言葉が思い出された。
ひとつ前の最後は、それなりにうまく行った。あまたの苦しみを経て物語がやっと完結を迎えたというのに、リリーはその決意を果たすために、原稿を白紙にもどしてしまった。もう書きなおしはきかないと言われたのに。
これはとんでもない大博打で、もちろん、手放しでほめるわけにはいかない。それでもアレクシス様と私を救うためにそんな勝負に出たのだと思うと、胸に迫るものがあった。
「私にできることは?」
私は平静を保ってリリーにたずねた。リリーは軽く首を横に振ってから、表情をやわらげた。
「謹慎が明けるまではゆっくりしてください。好きなものを食べて、好きなことをして、できたらクライル様と一緒にすごしてください」
「でも……」
謹慎が明けるまでわずか数日とはいえ、やりなおしがきかないならなおさら遊んでいるわけにはいかない。提案を否定しようとした私に向かって、リリーは困り顔で微笑んだ。
「エリーゼさんにもう一度会いたいならとおどして、クライル様に過去へもどる手伝いをさせました」
「……」
彼女の言葉がなにを意味するのか理解するまで数秒を要した。
――彼女の干渉力は彼女の死に関わった者に特に強くはたらきかけるようですから……
ついさっき、シャルノンがそう説明したばかりだ。
「シャルノンさんから私の干渉力についての仮説を聞いて、それなら味方はひとりでも多いほうがいいと思ったんです」
リリーは落ち着いた声で言った。いままで、時をもどす方法はふたつあった。ひとつはリリーの死、もうひとつは時空転移の他言。しかし女神がセフィーラに課した試練は終わり、それらは効力を失った。
しかしリリーはシャルノンの助力を得て、もう一度だけ過去にもどるチャンスを手に入れた。ただし、無条件に時をもどすものではなかったのだ。今日へもどってくるために、彼女は一度死ななければならなかった。
「それに、あなたを失った痛みをおぼえていてほしかった」
二度と後悔しないように、そう言ってリリーはもの悲しげなまなざしをした。
私の胸にはクライルを失った過去の痛みが深々と刻まれている。そうか、私はクライルを同じ目に遭わせてしまったのだといまさら気がついた。
「それじゃあ、なぐさめてあげなくちゃ」
泣き笑いのような顔になったと思う。私の言葉に、リリーは微笑みながらうなずいた。
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