その2
オカマバー『真夜中の動物園』は街の中心部にひっそりとあった。……が、知る人ぞ知るかなり有名なバーである。
暖斗は塗り壁の大姐御の後から付いて店に入った。その後から脩二が付いて来る。
「脩二、お前はどこか他所で待っておいで」
「そうは行きません」
大姐御と脩二のやり取りを聞きつけて店に出勤していた女の子たちが覗きに来る。物珍しげに店の中を見回している暖斗を見つけて寄って来た。
「きゃあ、カワイイ!!」
「この子がバンビちゃんなのう!?」
(バンビちゃんって……何だよ……?)
暖斗が引き気味に店の女の子を見た時、店内にある垂れ幕のようなものが目に入った。
『バンビちゃんと野球拳ショー!!』
(え……? ……、野球拳って何だっけ……)
「ママ、きっと盛り上がるわー。あたしお客さんに電話掛け捲ったのよ」
「あーら、あたしもよ。みんな来てくれるって!」
顔の割りに野太い声を出す店の女の子の言葉を聞き咎めて暖斗は大姐御に聞いた。
「どういうことだよ」
「客寄せの為に暖ちゃんにショーをして貰おうと思ってね。客席に出るよりその方が危なくないからね」
(つまり俺は客を釣る餌か……? まあ舞台にいた方が飲まないで済むから義さんにもバレないし……、しかし野球拳って……)
暖斗が野球拳の意味を思い出していると脩二が大姐御にいちゃもんをつけ始めた。
「大姐御、何てえ事を……姐さんに……」
「いいじゃあないか。花のような子だからきっと舞台で映えるよ。ちゃんと細工はしてあるから安心しておいで。お前はカウンターで料理を手伝うかい」
「はあ……」
脩二は大姐御に押し切られて不承不承引き下がった。貫禄の違いかと暖斗は二人の様子を見て思った。
そうこうしている内に開店時間が来た。動物園でも開けそうな店の女の子たちに出迎えられてお客の入りも上々らしい。
暖斗はお店の隅にあるステージの袖で自分の出番を待った。
大姐御が店の中央に出て挨拶を始める。
「本日は沢山お越しいただいてどうもありがとうございます」
「ママ、挨拶はいいから」と店の客から拍手と野次が飛ぶ。
「ホッホッホ……。では始めましょうかねえ」
ママが機嫌よく笑って舞台の方に手を上げた。暖斗の横にいた司会らしきゴツイ感じのお姉さんがステージに出て挨拶を始める。
「本日はようこそ真夜中の動物園にお越しいただきました。本日は特別メニューを用意してございます。では早速始めましょう。バンビちゃんと野球拳ショー!!」
客が盛大に拍手する。
「では、皆様お待ちかね、バンビちゃんを呼びましょう。バンビちゃーん!!」
呼ばれて暖斗は舞台に跳び出て行った。客が一瞬静まり返った。
「始めまして~。バンビで~~~す!!」
舞台に上がったらもう自棄クソである。にっこり笑ってピンクのワンピースの裾を摘んで挨拶をした。その女の子とは到底思えない声に、客席はやっと我に帰ってものすごい拍手が巻き起こった。
可愛い、非常に可愛い顔立ちにすんなりと伸びた手足、すべすべの肌。時々頬を掻いたり足をそとまたにしたりといった仕種が男の子っぽくて、そこがまた客の嗜好をくすぐった。
司会のお姉さんが対戦相手を募るとかなりの人数の手が上がった。その中から上客と思われる一人を選び出す。五十年配の男である。
「それでは音楽スタート!!」
司会の女の子が声をかけてステージの横にいるバンドが野球拳の歌を奏で皆で合唱する。
事前に大姐御にレクチャーを受けた暖斗は、出て来た五十年配の男とクルクルと回りながら踊った。
『アウト! セーフ! よよいのよい!!!』
最初の勝負は暖斗の負けだった。
「あーーー!!」
暖斗は盛大に悔しがって見せて、それからゆっくりとピンクのワンピースを後ろ向きになって脱いで見せた。脱いだそれを手に持ってクルクルと回し客席に放り投げた。客が大騒ぎでそれを奪い合った。
それを見届けてまた中年の男と向かい合う。暖斗はワンピースを脱ぐとブラジャーにパンツ、パンストというかなりヤバイいでたちだ。二度目は暖斗が勝った。中年の男が悔しそうに上着を脱いだ。
しかし三度目はまた暖斗が負けてしまった。暖斗は大げさに嘆いて見せた。客がやんやと囃す。
その客席ににっこり笑って胸のブラジャーの中に手を入れた。手品よろしく詰め込まれていたストッキングをゆっくりと仕舞いにはクルクルと回して引っ張り出す。客席が呆気に取られ次に爆笑した。暖斗はそのストッキングをまた客席に投げる。
暖斗が負けたのはそこまでだった。後は男を相手に勝ち続け中年男は途中でリタイアした。
暖斗の後、店の女の子も出て盛り上がった。暖斗は衣装を変えてステージを三回勤め、三回とも勝った。
別に暖斗がジャンケンに強かった訳ではない。最初の日の客はサクラだったのだ。塗り壁の大姐御の陰謀であった。
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