その6


 玄関に着くと「お前はここだ」と義純が示す場所に義純と同じ格好をして座らせられた。

 程なく子分さんの一人が「お着きになりやした」と来客の到着を知らせてくる。

 義純がかっこよく手を付いて玄関の方を見る。暖斗もそれに習った。


 最初に現れたのは塗り壁……、もとい、義純の父である大姐御だった。義純が頭を下げたのに習って暖斗も頭を下げる。

「お邪魔しますよ」

 紋付に黒羽織姿の塗り壁の大姐御は、機嫌良さそうに義純に声を掛けた。


 その次に現れたのは胡麻塩頭の五十台の小柄な男だった。着流しの着物に羽織を羽織ってこちらも「お邪魔します」と義純に声を掛けた。

 最後に現れたのは年の頃四十過ぎくらいの男。短めの髪をきっちり分け、びしっとスーツを着こなした恰幅のよい紳士で暖斗を見て「ううむ……」と唸ったが後は二人と同じに「お邪魔します」と義純に軽く会釈した。

「何方さんもお忙しいところをよくいらっしゃいました。どうぞお上がりくださいまし」

 義純が先頭に立って、三人の客を案内したので暖斗は慌ててその後を追った。



「本日はお日柄もよく──」

 客が向上を述べるのを、暖斗は示された義純の隣に座ってぼんやりと聞いていた。


 塗り壁の大姐御は義純の父親である。五十台の男は頭領と呼ばれ如月甚五郎と名乗った。義純の養父という事らしい。最後の四十過ぎの男は石川といって相談役だと説明された。暖斗が頭を下げるとまた「ううむ」と暫らく暖斗に見入ってから「いや、おめでたい事です」とにんまりと笑った。


 子分さんたちが盃を持って入って来て、義純とまた盃を酌み交わすのを何度やるのかなと暖斗は呑気に思った。その後は宴会になった。子分さんたちも出てきて皆でドンちゃん騒いだ。暖斗は義純と一緒に銚子を持って酒を注いで回った。


 塗り壁の大姐御は「一度うちの店に手伝いに来ておくれ」と暖斗に勧める。

「お店って……?」

「ダメだ。大姐御のとこはオカマバーだぞ」

 暖斗の横から義純が断った。

「あら、うちはゲイバーというんですよ」

「どっちにしてもダメだ」

 暖斗が返事をする前から義純は手を振って断ってしまった。


 頭領の甚五郎は気難しそうなへの字の口の人だが、酔うと饒舌になってどどいつを歌い出す。子分さんが三味線を持ち出して甚五郎は頭に手ぬぐいを置き三味線を弾きながら歌っている。


 石川という相談役に酒を勧めると、ニヤリと相好を崩して暖斗の手を取り「綺麗な手だねえ」と撫で撫でした。

 義純が横から石川の手を弾いて「これは俺の女房だ」暖斗を引き剥がした。

 石川は「おや」と目を丸くして「お前はまともだと思っていたが」と苦笑いをした。

 その日も遅くまで宴会になり、暖斗は酔って大きな気分になって座を盛り上げた。


 * * *


 翌日の夕飯も済んだ頃、玄関が騒がしくなった。

 脩二が義純を呼びに来る。暖斗も義純の後を追って玄関に行った。

 そこには──。


「暖斗!」

 そこには姉の有香がいた。

「義純さん、暖斗を返して!」と、義純を見据えて言った。

(姉ちゃん……)

「ひとりか?」との義純の言葉に脩二が「いや、芳原さんには入って貰っていません」と返事した。

(父さんと母さんも来てるのかよ)


「で? 何の用だ」

 義純が玄関に立ったまま有香に言った。

「暖斗を返してちょうだい。代わりに私が来たのよ」

「どっちが代わりなんでえ。逃げたのはおめえじゃないか」

 義純はニヤニヤ笑って言った。睨んでいるのは有香の方でどっちが逃げたやら分からない。暖斗はハラハラと二人を見比べる。


「こいつとはうまく行ってるんだ。おめえには用はねえ」

 義純が暖斗の方に顎をしゃくった。

「何を言ってるの! 暖斗は男の子でまだ未成年よ」

「だったらどうだってんだ。大事な結婚式を踏み倒して逃げたおめえに言われたくないぜ」

「あんたがヤクザだなんて知らなかったわ! 私は騙されたのよ」

「ああ、そうかい。おめえは俺を愛してなかったんだな」

「愛していたから、こうして覚悟を決めて戻って来たんじゃないの!」


 二人の息詰まるような対決を、そこにいた皆が固唾を呑んで見つめる。

(ああ……、姉ちゃん。俺はどういう訳か、ちょっと複雑だぜ)


「さあ暖斗、父さんと母さんが待ってるわ。家に帰んなさい」

 暖斗は有香に促されて、よろと玄関を降りようとした。その時だった。

「来い、はる!」と、義純の一声。

「はい、義さん」

 暖斗はすぐに返事をして義純にくっ付いてしまった。


「暖斗!?」

 姉の有香が驚いて暖斗を責める。

(あああー、姉ちゃん。条件反射なんだ。こういう風に躾けられちゃったんだよー)


「そういう訳だ。有香、こいつは大事な俺の嫁さんだ。もう入籍も済ませたし、返すわけにはいかねえな」

 義純は有香に楽しそうにそう言って「来い、はる」と暖斗を引き連れて玄関を後にした。ちらっと振り返ると有香は義純でなく暖斗の方を睨みつけていた。

(ううう……、姉ちゃん、ごめんよう)


 * * *


 その夜、いつもの時間に義純が部屋に行くと、暖斗は部屋の隅にちょこんと座っていじけて畳の目を数えていた。

「どうしたんだ、はる」

 義純は声を掛けたが振り向かない暖斗に業を煮やして、側に行って引き寄せると恨みがましい目で見て言う。

「あんた、さっきのあれが言いたかったんだろ」

「何がだ」

「姉ちゃんに怨みを晴らすために俺を……」

 そう言ったかと思うと暖斗の大きな目から見る見る涙が盛り上がって零れた。


「あほう、そんなことで大事な戸籍を汚せるか」

「でも、姉ちゃんと結婚するつもりだったんだろ?」

 暖斗はまだいじけて上目遣いに義純を見ている。

「まあ有香は身体がよかったからな」

(こいつは~~!!)


 引っ叩こうとした暖斗の手を掴んで「安心しな、お前は顔も気に入ってる」そう言って暖斗を抱き寄せた。

(そういう問題じゃない~!!)

「焼きもちかよ、嬉しいぜ」

 大きな腕に抱きしめられて、濃厚なキスを仕掛けられて、義純に慣らされた暖斗の身体が熱くなってくる。

「ああん……、義さん……」

「欲しいって言うんだろ、はる」

 義純は暖斗の胸を弄りながら耳に唇を寄せて低く囁く。

「んん……、義さん……欲しい……。入れて……可愛がって……」

 暖斗は義純にすがり付いて、いつものおねだりを繰り返した。義純は今夜はあまり焦らさずに頷いて、暖斗を押し倒して大きな大砲をゆっくり沈める。

「あああん~~~! 大きいよ──!!」

「きついぜ、お前は。早いとこ俺の大砲を全部お前の中に納めて、心行くまでお前を味わいたいぜ」

「…………」

(まだまだ、これからだったのかー!!)

 暖斗は義純に揺さぶられてしがみ付きながら、押し寄せる波に攫われていった。

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