その5


 朝、薄暗い中でふと目が覚めた。目の前に顔がある。暖斗はギョッと目を覚ました。同時に体も二歩ばかり逃げていたらしい。

「どうした?」

 と義純の声がした。はじめはその顔が義純の声を借りて喋ったかと思った。しかし違っていた。義純がゆっくりと振り返ったのでそれは義純の背中だと分かった。


「い、い、刺青……」

「……そうか、まだ見た事なかったか」


 義純は暖斗に背中を見せたままゆっくりと起き上がった。同時にその背中のものも一緒に起き上がる。三つの顔がある。六本の手がある。美しい顔が虚空を睨む。どこかで見たような顔だ。そう美術の教科書なんかで……。綺麗だけれど人の体にあると禍々しい。


「お前もその内、彫りを入れてもらおうな」

 暖斗は首を横に振った。言葉が出てこなくて生唾を飲み込んだ。義純は一歩で暖斗の側に来た。


「お前は俺の恋女房だ。逃げるんじゃねえぞ」

 体を引き寄せ震える唇をその唇で封じた。

(い、い、いやだあぁぁ──!!!)

 震える暖斗の口腔を義純の舌が蹂躙した。

「……んんっ……」

 こんな時でも義純の手にかかって体が熱くなる。

「昨夜のでは足りなかったか」

 義純が耳元で囁く。手が暖斗の太股や蕾の周りを彷徨う。暖斗の身体が揺れた。乳首を弄られて声が零れた。

「ああ……ん……」

「よしよし、何が欲しいか言ってみろ」

 義純に催促されて、義さん入れてと昨夜散々言わされた言葉がするりと口をついて出た。

「ねえ、欲しい。愛してる……義さん」

 とねだると義純はクククと笑って「この淫乱が」と尚更に暖斗の体を煽って焦らした。義純の指が一本、暖斗の体の中で悪戯をする。暖斗は義純の体にしがみ付いておねだりの言葉を何度も口にした。

 暖斗は義純の背中の刺青の事を忘れ果てて、義純にしがみ付いていた。



「姐さん」と呼ばれて目が覚めた。

 脩二が部屋の外から顔を覗かせている。暖斗はゆっくりと体を起こした。腰から下は相変わらずだるくて人の体のようだ。義純が着せたのか寝巻き一枚身に着けている。隣に寝ていた義純はもういないようだ。

「若頭領はもうお出かけになりました」

 脩二が暖斗の視線に気付いてそう言った。

「姐さんもお食事を済ませてくだせえ」

 暖斗は脩二に頷きながら重い腰を引き摺って起きた。


 食事の後、ぐったりと居間で休んでいると脩二が手紙のようなものを持って入って来た。

「姐さん、こちらは若頭領からのお手紙です」

 何だろうと思って開いて見ると、大きくて角ばった力強い、しかし整った文字がつらつらと並んでいた。

『はるへ』

(はいはい……)

『お前も俺の嫁になったからには、毎日、俺の事を考えて過ごすように』

(やなこった)

『義さん大好きと一日百回唱えて清書すること』

(…………)

「姐さん、どうぞ」

 脩二が暖斗の横に文机を置いて紙と筆を暖斗に手渡した。

(だ──!! あのやろ──!!)

 脩二が側で怖い顔で座っている。暖斗は心の中で義純を散々に罵りながら筆を取った。


  * * *


 その日、夕方になって脩二が部屋に入って来た。

「姐さん、そろそろお客さんがおいでになりますんで、お支度をしてくだせえ」

「支度ってこれじゃいけないのか?」

 暖斗はパーカーにジーンズという普段着姿だった。


「今日は大事な盃事の日でござんす」

 脩二はそう言ってパンパンと手を叩いた。サッとふすまが開いて、手に手に衣装盆をささげた子分さんたちが入って来た。

「では失礼して着付けさせていただきます」

 脩二がそう言って子分さんたちに顎をしゃくると、子分さんたちは暖斗を取り囲み、手早く着ている物を脱がせた。パンツ一丁になると肌襦袢から着せられた。女物ではなく紋付羽織袴でかっこいい。

「えへへ……」と暖斗は鼻の下を擦った。


「用意は出来たか」

 丁度いい時分に義純が覗きに来る。

「似合うじゃねえか、はる」と腕を組んで顎の下に手を置き、にやりと笑った。その義純も紋付羽織袴姿である。

「行くぞ、はる」と暖斗を従えて玄関の方に向かった。

 何事かよく分からないが大事な客なんだろうと、暖斗は大股で歩く義純の後をとっとと追いかけた。

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