その6


「おい、あいつは、俺の旦那は何処に行ったんだ?」

「若は別宅に」

「……別宅って何だよ」

 暖斗の声が義純の声より低くなった。


「じゃあ何か、あいつは独身の時から二号三号がいたってのか?」

「いや、それがその……」

 言い惑う子分さんに暖斗の機嫌は余計に悪くなる。


(俺が、俺がこーーーんなに苦労しているってのに、あいつは何だぁーーー!!! 二号だぁ、三号だぁ!? そんなん俺が欲しいわい!)


「クッソー!! よっしゃ、別宅に行こうじゃないか。こうなったら現場を取り押さえて即離婚だあぁぁーーー!!」

 暖斗は立ち上がった。

「脩二ーー! 連れて行けーーー!!」

「姐さん、連れて行ってもようござんすがね、後で後悔しても知りませんぜ」

 脩二が怖い顔で脅す。

 しかし暖斗は負けていない。お酒の助けを借りて脩二を睨み返した。

「するもんか!」


 しかし、暖斗は知らなかったのだ。別宅には世にも恐ろしいモノが居たのだ。



「なんだいこれは」

 別宅に乗り込んできた暖斗を見て、出迎えた者は首を傾げた。


 それは暖斗から見て、はじめ塗り壁のようなものに見えた。白い巨大な壁がある。暖斗は酔った頭でそう考えた。

「俺の嫁だ」

 白い壁の向こうから義純が現れてそう言う。

「嫁? 義純、嫁に貰ったのはコレかえ? どうも男に見えるが」

「男だ」

「ふうん、それで来たのかい」

 白塗りの壁の中の細い目がチロリンと暖斗を一瞥する。


「暖斗、大姐御だ。ご挨拶をしろ」

 義純が暖斗の頭を押さえた。

「おおあねご?」

「あたしゃね、この義純の父だ」

 白塗りの巨大な壁が言った。

「ちち……?」

「そうだ、先代は自分の趣味の世界に行ったんだ。俺とは血の繋がった親子だし、趣味も似通うようだな」

 義純が塗り壁の後をついで言う。

(この塗り壁が義純のちち……。父親?)


 暖斗はまじまじとその塗り壁を見た。厚化粧をした相撲取りのようなオバハンに見えるが……。

「そういう訳だ大姐御。すぐに紹介できなかったが許してくんな」

 大姐御はもう一度チロリンと暖斗を横目に見て言う。

「でも、男だろう。稚児でいいじゃないの、義純」

 暖斗は(いや、離婚だ!)と拳を握った。しかし──。


「いや、色々あってこいつと式を挙げちまったんだ。先の事はわからねえが、それは男でも女でも同じこった。俺の所にはるが来たのも、何がしかの縁があるという事だろう」

 暖斗の握った拳がじっとりと汗ばんだ。

(離婚が……離婚で……リコン……)


「そういう時代になったのかねえ。あたしは世を忍んで、結婚式にもおいそれと出ることは出来ないと思っていたんだがねえ」

 塗り壁の大姐御は白い頬に手を当てて、遠くを見るようにホウッと溜め息を吐いた。

 それから、やおら暖斗のほうに向き直る。


「式を挙げてしまったのなら仕方がない。あたしからも義純の事をお願いするわ」

 そう言って義純の父はにっこり笑う。

「お、お、お願いされても……」

 暖人は義純の父親のぬりかべの顔を呆然と見る。

「義純にはちゃーんと、教えておいてあげたからね」

「そういう訳でよーく勉強をしたから、お前にもこれからは少しはいい目を見せてやれるぜ」

 義純は暖斗を引き寄せて言った。

 めでたし。めでたし。

 幕──。


「わー! めでたくないっ! 誰か助けてくれぇーーー!!!」

 暖斗は義純に引き摺られながら叫んだが、誰も引き止める者はいなかった。

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