その2


「おう、芳原さんか」

 如月義純は暖斗の両親と姉が逃げたと聞いた時、すぐに子分を手配した。どうやらその夜のうちに探し出したらしい。低くて少し掠れたよく通る声で義純は電話に向かって話し始める。


「今日はよくも俺の顔に泥を塗ってくれたな」

(捕まっちゃったか。うちはそんなに金持ちじゃないもんな。逃げるような所なんてないよな)

 暖斗は義純の側に座らされてぼんやりと考えた。


「しかしよ、お前の息子は両親にも姉にも似ていなくて美人だよな」

(そうかな。姉ちゃんは父さんに似ていて丸顔で愛嬌があるけど、俺は母さん似の細面で……、って、美人って俺は男だぞ)


 暖斗は隣で電話を持って虚空を睨んで話している義純を上目遣いに見た。義純は暖斗にお構い無しに喋っている。

「俺はこいつが気に入った。有香の代わりに嫁に貰う事に決めた。異存はあるめえな」

 義純は電話に向かってどすを聞かせている。

 電話の向こうの沈黙が怖い……。


(父さん。母さん。姉ちゃん。な、なんか言ってくれーーー!!!)


「じゃあそういう事なんで、俺は今日からあんた達の息子だ。末永くよろしくな」

 そう言って義純は、電話の向こうに形ばかり頭を下げた。


(あああ、そこで切るな! 俺に話させてくれーーー!!)


 しかしガチャリと電話を切った義純にギロリと睨まれ、暖斗は射殺されてしまう。

(俺、今日、何回死んだっけ……)

 暖斗はぐったりと脱力しながらそう思った。


 しかし、暖斗はもう一回死ななければならなかった。そう、まだ後があったのだ。



「よっしゃ! 野郎ドモ。ナシはつけた。これから宴会だ」

 義純が振り返ってそう言うと、座敷の障子の向こうで待機していた子分さんたちが、わっと一斉に立ち上がる気配がする。

 脱力した暖斗は、義純に引き摺られて広間の方に連れて行かれた。


 暖斗の姿形といえば茶色っぽい髪は少し長めで、顔は色白の小顔、パッチリした二重の目とピンクの唇の非常に愛らしい少年であった。本人は凛々しくなりたいと思っているが。背丈もこの前やっと百六十七センチある姉の有香を追い抜いたところである。


 その暖斗が女物の着物を着せられて、百九十センチはありそうな義純と座敷の床の間を背に並んで座ると、とても男同士に見えなかった。

「若頭領、似合いの嫁さんを貰われておめでたい事です」

 子分さんたちは、暖斗が男であることを知っているのか知らぬのか、口々におめでとうございますと言う。


 皆の前でもう一度固めの杯を交わし、子分さんたちが入れ替わり立ち代り挨拶に来て酒を酌み交わした。

 暖斗は脱力したまま座り、言われるままに杯を重ねるしかなかった。

 そして、そんなに飲んだ事がない暖斗は当然のように酔っ払った。酔っ払うと陽気になって、もう矢でも鉄砲でも持って来いな性格であるとは……、はじめて知った。


「あんられー、おれおとこらろー。よめなんらさー」と呂律の回らない舌で喋って、わいわい騒いでげらげら笑って盛り上げている内に宴会は終わった。



「く、くるじー……」

 そして暖斗はやっぱり悪酔いして義純に介抱された。

「てめえは自分の酒量も知らんで飲むな」

「おれ、のんらころねー……」

 暖斗はぐったりして、言っている途中で夢の中に落ちていった。

「寝るな!」

 義純が暖斗の襟首を掴んで揺する。

「なんらよー……」

 半分寝かけで夢の中から暖斗は答えた。義純の厳ついが整った顔が近付いてきた。

「まだ寝るな。新妻の夜の務めが残っているぞ」

「おれ、おろこらろー……」

「心配要らん。ちゃんと心得はある。俺が気に入らなければお前はお払い箱だ」

(お払い箱になりたい!)

 酔った頭で暖斗はその言葉に縋った。



 義純がシュルルと暖斗の帯を解く。ぐったりと伸びた暖斗の体から着物を一枚一枚剥がしてゆく。

 暖斗は半分夢心地である。きつかった帯が解かれてゆくのが気持ちよかった。

「やっぱり男だな……」

 と、やや興ざめしたような声が腹の辺りから聞こえた。

(男だよ)


 暖斗はどうやらお払い箱になりそうな気配に内心ピースサインを出した。

 しかし、義純は止める様子はなく、暖斗の体をひっくり返してうつ伏せにして、お尻の辺りを揉み拉き始めた。こそばいような変な感覚に、暖斗はもじもじと身を捩った。

「ふむ」と義純の声。


 ごそごそと何かを取り出していたようだが、やがてピチュと音がしてお尻の奥に冷たい液体が塗り込められた。

(やっぱし、ヤラれんのか……)

 酔っ払って満足に体も動かせない暖斗は、さっさと諦めて、早く終わってお払い箱になることを願った。

 その暖斗の目の前で義純が着物を脱ぎ始める。隆とした引き締まった男らしい身体。背中にある模様は刺青だろうか。


 暖斗は刺青を見ようと少し顔を上げた。

 その目の前で義純は下帯をはらりと落とした。そこには天を衝く巨大な一物が、どーんとそびえていた。

(こ、殺される……! そんなモンでヤラれたら……)

 矢でも鉄砲でも持って来いな気分ではあったが、大砲を持って来るとは……。暖斗は目を剥いて満足に動かない身体で藻掻いた。

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