第百九十九話 落ちたら上がるだけ

 キケルはひとしきり涙を流したあとでポツリと言った。


「やっとわかった」


「んっ? なにがわかったんだ」


「ワシが精霊と契約できなかった理由だ。ワシは愚かだった」


 キケルはポツリポツリと話し始めた。


 ドワーフに産まれて自分には鍛冶師のスキルがあると知った時には嬉しかった。


 師匠に弟子入して先輩や同僚たちと腕を磨き合い知識を蓄える日々は幸せだった。


 そして先輩たちはそれぞれが土の精霊や火の精霊たちと契約して、さらに腕を磨いていった。


 精霊たちが契約する条件は明らかにされていない。


 気がついたらそばにいたとか、毎日寝ても覚めても心のなかで願い続けたとか、聞く人によって教えてくれる理由は一つではなかった。


 精霊たちと契約したいと必死に願ったし、眠りから覚めたら精霊が枕元にいてくれる夢も何度もみた。


 だが、精霊たちはキケルの元にはおとずれなかった。


あせることはない」と師匠は言った。


「黙々と鍛冶師の修行を続けていれば、精霊たちと出会える」と先輩たちは言った。


「ただひたすら願えば精霊たちはやってくる」とキケルよりもあとに修行を始めたのに精霊と契約できた後輩がなぐさめてくれた。


 精霊と出会える森があると聞いて、自分の造った大きなハンマーを手に森に入った。


 襲ってくる魔獣をハンマーを振るって狩りながら森の中をさまよい、精霊を呼んだが出会えることはできなかった。


 いつしか、鍛冶場で鎚を振るうよりも森の中でハンマーを振るって魔獣を狩るのが好きなことに気がついた。


 師匠や先輩たちは止めたが、冒険者になることを決めた。


「どこかに精霊たちと出会える森があるはずだ。そこで精霊と契約できれば、鍛冶師として成長できるはずだ」


 キケルはそう言って鍛冶場を去った。


 だが、どれほど森をさまよっても、どれほど強い魔獣を狩っても、精霊たちと出会えることはなかった。


「ワシは愚かだった。間違っていた」


「こうして、精霊たちに手助けしてもらえる力を得て、やっとわかった。ワシは精霊たちと契約してワシに従えさせてやろう、精霊たちをワシの意のままに使ってやろうと思っていたのだ」


「精霊たちはワシの心のなかにあるみにくい支配心をわかっていたのだ。だから契約はしてもらえなかった。姿を見せることさえ嫌ったのだ」


「マークの契約している精霊たちとつながったから、それがわかる。マークは精霊たちを共に歩む仲間として尊重している。精霊たちの自由を認めている」


「ワシにはその気持ちが無かった。自分の思うとおりに使役してやろう、ワシの鍛冶師としての腕が上達するために使ってやろうとしか思っていなかった」


「そうか、それがわかってよかったな」


「ああ、マークのおかげで長いあいだ見ていた悪い夢から覚めたような気分だ」


「キケル、お前が右手が治って『熊のねぐら』を訪ねてきたときのことを覚えているか?」


「ああ、あのときはすまんかった」


「いや、あやまってくれというのじゃないんだ。あのときオレが言ったことを覚えているか」


「マークが言ったこと?」


「オレはキケルが右手が治った理由はドワーフの銘酒『神殺し』を飲んだからだと言った。別名ドワーフ殺しを飲んでキケルは死んだ。そして生まれ変わったと言ったんだ」


「生まれ変わる前のキケルは右手をつぶされ鍛冶師は続けられず、長年に渡り心のなかにあったモヤモヤに押しつぶされ酒浸りになっていた」


「つまりは、もうこれ以上は落ちるところはないと言えるほどに落ち込んだ生活をしていた」


「だがな、底辺まで身も心も落ち込んだら、あとはい上がるだけだろう?」


「身体は元通りになった、精霊たちも手助けしてくれるから這い上がるには心強い味方を得た。そうじゃないか?」


「落ちたら上がるだけさ」


「キケルはあとどれだけ寿命があるかは知らないが、これから楽しみながら鍛冶師の腕を磨いていけばいい。そうだろう?」


 キケルはウンウンとうなずいている。


「落ちたら上がるだけか……、そうだな。そういうことだな」


「キケルは一人じゃない。精霊たちが手助けしてくれるんだ」


「そうだな。一人じゃないな」


「精霊たちには名前がある。その名前を呼んで、手助けしてもらえばいい。だが精霊たちは自由だ。気まぐれと言ってもいい。キケルの都合だけで精霊たちに手助けしてもらうのではなく、ちゃんと頼むことを忘れるなよ」


「うむ、それは心に刻んで忘れないでおく」


 オレは火の精霊:フレアと土の精霊:ノルムに風の精霊:エアーの名前をキケルに教えた。


「手助けしてほしいときは、名前を呼んで頼むんだな」


「わかった」


 オレとキケルは鍛冶場に戻った。


 ミスリルと魔鉄鋼を置いていった箱が目に入った。


 少し減ってるな、足しておくか。


 箱に近づいて空間収納してあるミスリルと魔鉄鋼を箱に足していった。


 どんどん積み上げていくと、キケルが言った。


「おいおい、そんなにいらないよ」


「んー? これから鍛冶師の腕を磨くのに素材はあって困るものではないだろう?」


「そんなにもらっても、返せない……」


「気にするな。ノルムが掘ってオレにくれたもので、まだたくさんあるんだ」


 ノルムがふわっと寄ってきて教えてくれた。


 もっとたくさん掘ったし、アダマンタイトも見つけたよ、だってさ。


「アダマンタイト?」と思わず口に出すとキケルが目を大きく見開いた。


「アダマンタイト! 今アダマンタイトと言ったのか!」


「ああ、ノルムが掘り当てたそうだ」


「アダマンタイトは鍛冶師なら一度は鍛えてみたいものなんだ」


「そうか、今のキケルには無理なのか?」


「残念だが無理だ」


「じゃあ、アダマンタイトを鍛えることができる腕前になるのを目標にすればいいだろう。そのうち持ってきてやるよ」


「えっ! いいのか!」


「ノルム、いいだろう?」


 ノルムはウンウンとうなずいている。


 キケルにもそれは見える。


 キケルはノルムに深々と頭を下げた。


「ありがとうノルム。いつかはアダマンタイトを鍛えられるように腕を磨くから助けてくれ。フレアもエアーもよろしく頼む」


 エアーとフレアにノルムはキケルのまわりをまわった。


「そうか、力を貸してくれるのか。ありがとう」とキケルは言った。


 ふんふん、精霊が見えるようになっただけでなく、精霊たちの考えていることがわかるようになってきたのか、それはいいことだね。鍛冶師の仕事を手助けしてもらうのもスムーズにいくだろうね。


 キケルがエアーたちに鍛冶場の案内をして、作業のやり方を説明しているのを見ていたが、鍛冶場の作業机の上にミスリルの棒やナイフが数本置いてあるので手にとってみた。


 ナイフはオレが頼んだ短剣や槍の穂先のように片刃で峰が分厚い。


 持ち手が太いミスリルの棒は先端が細くなっていて杖とも言えそうだ。


 試しに水の刃をミスリルの棒にまとわせてみると、短剣よりも長くて硬い水の刃が作れた。


 しかも、ミスリルの棒のほうが魔力の通りが早いな。


 エアーたちに鍛冶場の案内をしたキケルが戻ってきて言った。


「それは鍛冶師の仕事を再開する練習で鍛えた素材だ。出来のいいヤツを短剣と槍の素材にしたが、気に入ったならどれでも持っていってくれ」


「いいのか?」


「マークが追加してくれたミスリルと魔鉄鋼の分にしても足らんが、ワシが今マークに返せるものはそれしか無い」


「そうか、じゃあ棒とナイフをもらっていくよ」


 オレは握り具合がいいミスリルの棒とナイフを一本ずつ選んで空間収納した。


「じゃあ、もう行くよ。あまり根を詰めずにゆるゆるとやっていくんだな」


「ああ、そうするよ。精霊たちに『この鍛冶場の炉ではダメだ』と言われたから炉や鍛冶場の中を整備することから始める。それもフレアとノルムが手伝ってくれるそうだ」


「そうか、それは楽しみだな」


 キケルは深々とオレに頭を下げた。


「マークには本当に世話になった。もう返せないほどの恩がある。またワシにできることがあったら何でも言ってくれ」


「わかった。じゃあ精霊たちと仲良くしてくれよ。それがオレの望みだ」


「もちろんだ」


 オレとキケルは握手をして別れた。


 キケルの店を出て歩きながらそっと右手にヒールをかけた。


 まったく、キケルのヤツは手加減というものを知らないのか……。右手に身体強化をかけていなかったら、握りつぶされていたよ。


 まぁ、ひとまずはキケルについては心配しなくても良さそうだな。


 さて、仕立て屋に寄って頼んでいた服が出来上がっているか確認してから北西門に向かいましょうかね。

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