私が恋した王子様
さくらとろん
一話
「
耳元で声が聞こえる。まだ眠かったが、仕方なく目を開けた。ゆっくりと起き上がる。
「おはようございます。綾音様」
キリッとしたスーツを着て、
「おはようございます。真一さん」
「今日は、とてもいいお天気ですよ」
言いながら、真一がカーテンを開いた。眩しい朝日が部屋の中を照らす。
「お散歩など、どうです?」
「いいですね。特にやることはないし」
カレンダーに目を向ける。土曜日だ。腕を伸ばし、今日は何をしようかなと簡単に計画を立てた。
「それにしても、眠い……。昨日、本に夢中になって二時まで起きてたから」
「寝不足はよくないですよ。早寝早起きをしないと」
「そうなんですよね」
ふわあ……とあくびをする。だが、いけないとすぐに自分に言い聞かせた。母から「そんなに大きく口を開けてあくびをするんじゃない」と注意されたことがあった。
「椎名って、可愛いけど彼女にはできないよな」
「うん。何ていっても、大金持ちだろ?」
「もし泣かしたりしたら、絶対に警察に捕まるよ。こえー」
もちろん、そんなことは起きない。きっと両親は、暖かく迎え入れるはずだ。大事な一人娘が選んだ人なら、きっと喜んで恋人にさせるだろう。
上原真一は、二十七歳の青年。綾音の身の回りの世話を全てやってくれる。とても優しくて紳士で真面目な性格。スリムで端正な顔立ち。綾音が四歳の頃に、椎名家へやってきた。まだ幼い綾音を「綾音様」と呼び、礼儀正しい。ミスをしたことは一度もない。何でもやってくれるが、綾音は頼ってばかりいてはだめだと、なるべくできることは自分でやるようにしている。
「綾音様。それは
「真一さんにお願いばっかりしてちゃいけませんよ。それに真一さん、疲れてるでしょ」
「気を遣わないでください。綾音様をお世話するのが、私の仕事なのですから」
「いいんです。疲れてる真一さんなんか見たくないですよ」
にっこりと笑う。現在は、どうしても起きられない朝や、勉強を手伝ってもらうだけにしている。真一は、執事というより、一緒に住んでいる家庭教師というイメージだ。始めは真一を年の離れた兄だと勘違いしていたため、「お兄ちゃん」と呼んでいた。しかし、もし兄だったら妹を「綾音様」と呼んだり、敬語で話したりはしないと気がついた。
「ねえ、お兄ちゃん。私とお兄ちゃんは、兄妹じゃないの?」
「はい。私と綾音様は、血の繋がりはありません」
「そうなの。私、一人っ子なんだ」
悲しみが胸に溢れた。その時から、「真一さん」と呼び方も変えた。
とはいえ、別に離れ離れになるわけではないし、一緒に住んでいるからいつでも会うことができる。おしゃべりだってできる。涙はこぼれなかった。
眠い目をこすり、ダイニングに移動した。母の
「パパ、ママ。おはよう」
「あら、おはよう」
「よく眠れたか?」
「うん。ぐっすり」
「よかった。早く朝ごはん食べなさい。冷めたら、おいしくなくなっちゃう」
「はい。いただきます」
椅子に座り、手を合わせて朝食を食べた。
ちなみに、学校に持って行く弁当は、綾音が作っている。雪音が用意してくれたが、断った。
「女の子なのに、料理ができなかったらかっこ悪いでしょ」
「それはそうだけど」
「自分でできることは、ちゃんとやりたいの。子供じゃないんだから」
すると、徹也が綾音の頭を撫でた。
「よしよし。その考えは素晴らしい。雪音は、少し過保護すぎるな。自立させないといけないだろ?」
「自立ね。わかった。それじゃ、できることは自分で。困ったらママに言いなさいね」
「うん。ありがとう」
大きく頷いた。
家事だけではなく、恋愛も同じだった。運命の人に巡りあうため、また巡りあった時のために、おしゃれも気をつけている。髪も綺麗にし、メイクも少しだけしている。あまり派手すぎると逆に嫌われそうなので、ほどほどだ。
甘いものを食べすぎて太ってしまったら、ダイエットして体重を落とす。運動は苦手なので、軽いストレッチや食事制限のみだ。その時も、真一が手伝ってくれる。効果的なストレッチ。無理のないストレッチ。綾音のために、いろんな情報を教えてくれる。一人でストレッチをするのは空しいので、そばで見ていてくれる。
「綾音様。あと十回です」
「十回も……。つ、辛い……」
「綾音様にはできますよ。最後まで頑張ってください」
「はい……」
応援され、何とか終わると真一は微笑んで抱きしめた。
「お疲れ様でした。綾音様はすごいですね。苦しくてもやり遂げる。さすがです。これからも二人で続けましょう」
「わかりました……」
もうやりたくないという思いがあっても、仕方なく答えた。
そのおかげで、現在は好きな服が着れる体型になった。辛いことの後には、楽しいことが待っているのは本当だった。
「ねえねえ、綾音。このワンピース、着てみない?」
雪音は服を買うのが大好きで、綾音に似合いそうだと思うとすぐに購入する性格だ。試しに着てみると、大喜びした。
「やっぱり、可愛い」
「そ、そうかな? 嬉しい」
照れて頬が熱くなる。徹也はあまり感想は言わないが、ふっと優しく笑うので、それが「可愛い」という言葉なのだろうと綾音は考えている。
両親に褒められるのも嬉しいが、真一に「美しい」と言われる方がどきどきした。
「お姫様みたいですよ」
「お姫様?」
「はい。次はドレスも着てみませんか? 私が用意しますので」
「ドレス……。私に似合うのかな?」
「もっと大人になれば、さらに美しくなります」
「そうですか。早く大人になりたいです」
そして、その時に王子様がとなりにいてくれたら。その願いは叶うのだろうか。
「真一さんは、好きな女の人いないんですか?」
聞いてみた。真一は即答した。
「いません。私は仕事が恋人ですからね」
「仕事が……。でも、いつかは結婚したいんじゃないんですか?」
「まあ、愛しい女性がいたら……」
なぜか諦めたような口調だった。そんな暇も余裕もないという気持ちが、声に混ざっていた。
「私は、真一さんが幸せそうな顔してるところ、見てみたいです」
「え?」
「大好きな人と愛し合ってる。とっても仕事頑張ってる真一さんに、ごほうびって感じで」
「ありがとうございます。ごほうびですか。いいですね」
きっと神様が見ているはず。真一にも綾音にも、運命の人を与えてくれる。そう夢見て生きている。
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