美名頃市警異世界署 ~不良お巡りさん捜査記録~

和扇

第一章

第一節

第1話 異世界お巡りさん

 通る者が無くなって久しい、町を結ぶ荒野の道。サボテンが久々の客人を出迎え、カラカラに乾いた植物の蔦で出来た球体が風に任せて転がっていく。そんな只中を、一台の馬車が疾走していた。


「ハッ!」


 年の頃六十近い黒のタキシードを着た御者が二頭立ての馬に鞭を入れる。白い口ひげを蓄えた白髪頭の彼は御者席から立ち上がっており、可能な限り馬車の速度を上げるために尽力していた。だがここは整備されなくなって久しい街道、回る車輪を阻害する砂礫は多い。その内の一つに乗り上げ、車体がひときわ大きくガタンと揺れた。


「きゃっ!?」

「お嬢様!」


 車内から二人の声が聞こえる。一つは十六程度の少女の声、もう一つは二十程度の男のものだ。悪路に揺さぶられる中で外に吹き飛ばされないように何とか耐えるが、それもいつまで持つのか分からない。


「俺達から逃げ切れると思ってんのかぁ?」

「とっとと諦めやがれ!」


 黒色の馬車を取り囲むように並走するのは、馬に跨る五人の男。簡素な革鎧を身に付けた彼らの手には剣と槍があり、追いかける者に危害を加えようとしているのは確実だ。


 二頭立てとはいえ車という荷を牽いている馬車馬では男達、すなわち馬賊を振り切るのは困難。それを十分に理解しながらも、御者である老年の男性は奇跡を願って馬を操る。


「とっとと仕事を終わらせてずらかるぞ」


 槍を持つ馬賊がそれを投擲する。狙う先は馬車の足、即ち車輪だ。


「きゃぁぁっ!」


 強制的に車輪の一つを止められた車。進もうとする力を無理やりに阻害され、その身のバランスを大きく崩す。正しい姿勢を保つ事が出来なくなった車体は傾斜し、そのまま横向きに倒れてしまった。


「ぐぁッ」


 御者席から投げ出された老紳士は身体を大地に強かに打ち付ける。砂礫の地面を数度転がった彼は傷だらけとなり、すぐには立ち上がる事が出来ない。


「ぐ……ッ、お、お嬢様……ッ!」


 どうにか馬車に近付こうと這いずろうとするが、腕を痛めたのか前進する事すら困難であった。


 なんの障害にもならない彼を一瞥して、馬賊たちは馬車へと近付く。


 その時。


「ん?なんだ、この音は」


 馬賊の一人が、聞き慣れない音を訝しむ。

 それはウゥウゥと形容しがたい響きであり、荒野というだだっ広い場所でありながら反響しているかのようだ。それは次第に大きくなっていく、近付いてきている。馬賊はその音の発生源が何処かと周囲を見回す。


 後ろだ。それを理解すると同時に、真っ赤な光がチラチラと目に入った。


「ぐッ、なんだこの光はっ」

「気を付けろ!何かの魔法かもしれん!」


 音と光。それは馬を遥かに超える猛スピードで接近してきていた。


「あー、あー」

「!?」


 妙に反響する声が馬賊の男達の耳に飛び込んでくる。


「そこの馬賊ー、そこの馬賊ー」

「拡声魔法……魔導士か!?」


 突然の声に驚き、男は手綱を握ったまま振り返った。


「な、なんだ、ありゃぁ!?!?」


 荒野の砂礫を巻き上げて。それでも速度を落とさずに走るそれに、牽く馬は無し。鉄の箱。それとしか表現できない謎の物体は上半分が白色に、下半分が黒色に塗られている。その頭には、回転している様に光を放つ赤の灯があった。


「聞こえてるのか~?さっさと停車……馬の場合はどう言やァ良いんだ?停馬?まあいい、馬車から離れろォ」


 どこか間延びしていて、何故かとぼけたような調子で。周囲に響く声は馬賊を止めようとしている。対する馬賊たちは見た事も無いソレに困惑しながらも声を無視して、素早く仕事を終えて撤収しようと馬車へと近付く。


「が……ッ!?」


 パァンと破裂音が一つ、くぐもった声が一つ。馬車の一番近くにいた馬賊の手に突然風穴が開き、男は握っていた剣を落とす。強烈な痛みを受けた男は落馬し、その場で蹲った。


「おらァ、退けェッ!そこにいると危ねェぞー」

「うおわっ!?」


 馬車と賊たちの間に入る形で、鉄の箱が猛スピードで突っ込んできた。ワゥワゥと鳴り響くサイレンに耳を、チカチカと照らしてくる赤色灯に目をやられ、賊が跨る馬たちが騒ぎ出す。落ち着かせようにも収まらず、騎乗し続ける事が出来なくなった男達は馬から飛び降りた。


 グルグルと回る赤色灯はそのままに、サイレンの音だけが消える。ガチャと側面の鉄扉が開き、中から一人の男が現れた。


 年の頃二十八、百九十センチ近い猫背がちな長身痩躯。荒波の様に逆立った髪は黒、三白眼の瞳もまた同じ色だ。上は薄青の半そでシャツに材質不明な厚みのある黒のベスト、下は紺の長ズボンに黒革靴を着用。腰には何かを収めたホルスターがあり、その手には持ち手が黒で他が鋼鉄の様に金属色に光る細い棍棒を持っている。


 肩を棍棒でトントンと叩きながら彼は、馬から降りた馬賊の前に立った。


「な、なんだ、テメェは!」

「あァン?見りゃ分かンだろが、お巡りさんだよ、オマワリサン」


 片腕を軽く広げて、男は少々面倒くさそうに言う。答えになっていない答えを返した事がかんに障ったのだろう、ならず者たちの額に青筋が立った。


「この野郎ッ、訳の分からねぇナリでふざけやがって!お前ら、畳んじまえ!」


 体格の良いリーダーの指示を受けた三人が、不思議な恰好の男を取り囲む。

 多勢に無勢、更に相手は無法者、絶体絶命の状況だ。


 しかし彼は一切動じず、それどころか口元に笑みを浮かべている。いや、笑みというには邪悪過ぎる程に凄絶な、よくぞその選択肢を選んでくれたとでも言いたげな表情だ。


「瑕疵無き市民に不当に傷を負わせ、制止する警官に敵対行動。全員まとめて逮捕だな」


 三人の馬賊が一斉に斬りかかる。


 青シャツの男はその内の一人に自ら突っ込んでいき、刃が振り下ろされるよりも先に相手に当て身を食らわした。予想外に重たい体当たりを受けた馬賊は吹っ飛ぶ。


 続いて素早く体勢を低くして二人目の足を勢いよく払った。対応が遅れた馬賊は両足を払い飛ばされ、空中に浮かんでドスンと落ちる。


 三人目、一対一の状況だ。立ち上がる勢いで相手の剣を回避し、細い棍棒の石突を馬賊の顎に打ち付ける。一撃を受けた馬賊は身体を大きく仰け反らせ、数歩後退った。


「おらァ!」

「ぐぶっ!?」


 横蹴り一発、鋭い蹴りが相手の胸に突き刺さる。衝撃で呼吸を阻害された馬賊は、蹴られた所を押さえたままその場に崩れ落ちた。


「だるァッ!」

「あばっ!?」


 スッ転んでいた馬賊に駆け寄り、相手が起き上がるよりも先にその頭を思いっきり蹴りつけた。子供が遊びで使う布玉ボールをそうするかのような一発は強烈で、脳を激しく揺さぶられた馬賊は大の字に転がった。


「く、クソっ!」

「クソはテメェだろうが、この犯罪者がッ!」

「おごっ、ばっ、だぐあっ!?」


 当て身から復帰した男の顔面を細い棍棒で右に一撃、左に一発、最後に下から上に打ち上げる。全て綺麗に食らった馬賊はヨロヨロと数歩後退った後に、そのままドザンと後ろへと倒れた。


「さァて、後はお前だけだ。得物を捨てて両手を上げろォ」

「ハッ、良い気になるなよ、クソ野郎」

「だぁ~から、市民の皆サマに迷惑かけるクソはテメェらだろうが」

「しみん?なに訳の分からねェ事を……。まあいい、フザけた野郎に武器なんぞ勿体ねぇ、この手でブチ殺してやる」


 馬賊のリーダーは抜いていた剣を腰の鞘に仕舞った。隆々とした筋肉に覆われた太い腕を回し、ボキボキと指を鳴らして男は構える。対する青シャツの男もまた細い棍棒を前に出す形で身構えた。


 馬賊のリーダーが先に仕掛ける。右の剛腕を引き、そして打つ。拳法などは習得してはいないが、そんな物は必要ない程の威力を持つ腕力による一撃だ。まともに食らえば人間を吹き飛ばせる、魔力を纏った拳打である。


「ふッ」


 速い。青シャツの男は身を軽く沈ませて素早くそれを躱すと同時に、懐に入り込む。馬賊のリーダーの腕を片手で掴み、足を素早く払った。巨漢の身体がいとも簡単に宙へと浮かぶ。一本背負いだ。


「なぁッ!?」


 まさか自分が投げられると思っていなかった男は驚く。だがしかし、投げ落とされた程度でどうこうなるような軟弱な身体ではない。それを思い出した馬賊のリーダーは僅かに笑い、倒れた後にすぐに攻撃に移れるように頭の中で行動をシミュレートする。


 が。


五六四ごひゃくろくじゅうよんの逮捕術が一つッ!」


 投げる勢いのまま、青シャツの男もまた宙へと身を投じた。空に掛かる虹の様に弧を描く両者、先に大地へと至るのは当然馬賊のリーダーである。しかしそれとほぼ同時に、投げた者の肘が落ちる。


「虹落としィッ!」

「あぐ……ゥッ!?」


 青シャツの男の肘は、馬賊のリーダーの鳩尾みぞおちに食い込んだ。投げの威力と全体重を乗せた急所への攻撃、どれだけ鍛えていたとしてもそれは痛打である。その証拠とばかりに馬賊のリーダーは仰向けに倒れた状態で呼吸困難、虫の息となった。


 立ち上がった青シャツは乗り物の中から手錠を取り出し、倒れている男達を後ろ手に拘束していく。手に風穴が開いた馬賊は逃げようとしていたが、全力疾走からの飛び蹴りを顔面にブチ込んで大人しくさせた。


 その場の悪人を全員成敗して拘束、無力化した青シャツ。彼らを乱暴に投げ飛ばしたり転がして一か所に集めて、額に生じたか生じていないかの汗を拭う仕草をする。


「ヨシ、制圧完了ォ」


 細い棍棒の鋼鉄部分を持ち手にカショッと収納し、彼は満足げに言った。


「……た、助かった、のでしょうか?」


 横倒しになった馬車の中から、お付きの兵士と思われる簡素な鎧を着た青年に引っ張り上げられた少女。彼女は馬車の上からその場を見回して、見慣れぬ格好の男を見ながらポツリと一言、口に出す。


「お、無事でしたかァ」


 不真面目そうに頭を掻きながら、青シャツは彼女を見上げる。敵では無いようだが得体のしれない輩、兵士の青年が少女を守ろうと一歩前に出た。


「助力、感謝する。だが見た事も無い服装に乗り物……でいいのか?全てが理解できない、分からない。貴方は、何者だ。」


 青年の言葉を受けて青シャツは、指を揃えて広げた右の手のひらを斜め四十五度に傾けて額に付けた。そして彼は、二人に対して身分を告げる。


甲斐洛かいみやこサツト、警察官。善良なる市民の皆サマの味方だよ、俺はァ」


 彼はそう言って、凶悪と表現できる顔で笑った。

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