第54話 未来を紡ぐ絆
今日は年の終わりを告げる大晦日。冷えた空気が息を白く染め、古都の街並みは静寂に包まれている。どこからともなく聞こえる除夜の鐘の音が、京都の街に息づく歴史を感じさせる。その深く伸びやかな音色は、僕の心にも届いた。
「この音色、まるで六角堂はんからの贈り物やわ。この音を聞かんと一年が終わった気がせえへん。いくど聞いても心に響くええ音色や。これでまた新しい年を迎えられるやろ」
彼女は自ら除夜の鐘を撞くことを好んでいた。すずさんは、あかねが幼少の頃、運命の糸を引き寄せるために、十九年に一度巡ってくる満月の大晦日に六角堂へと連れて行ったのだった。
百八回の音色を鳴らす中で、あかねと彼女の母親は一回分の鐘をついた。すずさんは鐘の音色にあかねの幸せを込めて、新年を祝った。その記憶は、母と娘の深い絆を象徴していた。
僕の生まれ育った東京では、除夜の鐘が苦情の種になっているが、京都ではその習わしが今でも生きている。そんなことも、1200年の歴史を持つ京都を愛する理由のひとつだ。
僕はあかねとの出会いから今日までの一年を鐘の音色に重ねて振り返る。それは、これからもずっと聴き続けたい音色だ。
一方で、回り灯籠の光に照らされた影絵のように、様々なビジョンが浮かんでは消えていく。彼女の笑顔は僕の心を和ませ、その涙は僕の胸を締め付ける。舞妓としての姿は目を引き、普段の姿は孤独を癒やしてくれる。
これまで僕はいくども夢や希望をあかねに語り、約束した。一流のカメラマンになって成功した暁には、京都で結婚しようと。そして、すずさんや近所の方々、あかねが世話になった人々にも祝福されたい。いずれは一緒に日本中の言葉にできない絶景を見て回りたい。
僕たちはテレビの前で、励まし合い、笑い合い、時には喧嘩もした。テレビでは、各地の除夜の鐘や花火、新年を迎えるカウントダウンが映し出されていた。
六角堂からの鐘の音色が続く中、テレビでカウントダウンが始まり、あかねと手を繋いで数え始めた。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……新年がやって来た。「あけましておめでとう」と言って抱き合った。そして、熱いキスを交わした。
「春になったら高校を卒業するやろう。どないな未来待ってるのか楽しみや……。悠斗はどや?」
あかねはそう呟いて笑った。
「僕も同じだよ。専門学校が終われば、いよいよ一本立ちだ。あかね、舞妓の修行はどうするの?」
「うん、それが悩みどころなんや。どないしたらええ思う?」
「難しいね。あかねが好きなようにすればいい。応援するから」
僕たちは、年越しそばをすすりながら、過ぎ去った一年を振り返った。あかねは、舞妓としての仕事や勉強について話したが、まだ心残りがあるようだ。僕は、カメラマンとしての仕事や夢を口にした。
「今年はどんな年になるのかな?」
年越しそばを食べた後、新年のことを話し合った。あかねは舞妓としての技量を磨き、踊りの舞台に立ちたいと願っていた。僕はコンクールで受賞し、カメラマンとして一本立ちすることを約束した。
僕たちはもっと幸せになることを誓い、すずさんが一刻も早く健康を取り戻し、笑顔で家に帰ってくることを切望していた。彼女にもあかねと同じように幸せになってほしいと心から願っていた。
夜が深まり、僕たちは知らないうちに初日の出を逃したまま眠りについていた。静寂が部屋を包む中、突然あかねの携帯が鳴り、そのメロディーと神秘的な歌詞が狭いアパートに響き渡った。
それは、下弦の月が海面に映る姿を描き、「こよなく愛する人に逢いたい!」という女性の切ない願いを情感たっぷりに歌い上げるものであった。月の光が優雅に揺れる海面は、彼女の心の波を映し出し、その切ない想いが静かに、しかし力強く広がっていく。
携帯電話が絶えず鳴り続ける。あかねを起こそうと「スマホが鳴っているよ」と声をかけたが、彼女はぐっすり眠っていた。どうすべきか考えながら時計を見ると、午前七時を示していた。
今日は一年で最ものんびりすることが許される元旦だ。こんな早い時間に誰からだろうと不信感を抱いた。あかねのスマホを手に取り、寝ぼけまなこをこすりながら通話に応答した。
「はい、野々村ですが……」
ところが、先方の言葉は僕たちの状況を一変させるものだった。もうこれ以上ゆっくり休んでいるわけにはいかなかった。突然、電話口から伝わる慌てた雰囲気に胸が締めつけられ、目の前が暗闇に覆われたような気がした。
「すずさんの容態が急変したので、病院に来ていただけますか……」
その声は、彼女が治療を続けている病院の看護師からのものだった。すずさんが夜中に再び発作を起こしたという知らせに驚いた。僕は急いであかねを起こし、タクシーに飛び乗って病院へと向かった。
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