第2話 丸の内ダンジョン
稲星本部を出て徒歩数分のところにある丸の内仲通りに足を運んだ八雲は、街路樹が立ち並ぶ通り沿いの景観を崩さないよう手の入っているダンジョンの祠を見て眉を上げた。
(平日昼過ぎなのにここもめちゃくちゃ混んでる。やっぱ東京は違うな~。受付のあるダンジョンなんて千葉じゃ指折りだぞ)
丸の内にある稲星本部に行くまでの間に東京駅近辺のダンジョンをいくつか見て回ったが、どのダンジョンも並びがない場所はなかった。それに野心溢れる若者やおっさんが少なく女子供まで並んでいるところからして、どこも二次元迷宮であることは明白である。
「お一人様ですか?」
「はい」
「かしこまりました。では顔写真付きの身分証明書と……」
丸の内ダンジョンに潜る大抵の者たちはPTを組んでいるようで、ソロはほとんど見受けられない。そして八雲が手続きを終えて祠の奥に入ると、教会にあるような長椅子がいくつも並びPTを組んでいる者たちがお喋りしながら座っていた。
必ずしもそこに座らなければいけないルールでもないようだったので、八雲は仲良しPTに挟まれるのは敵わんと隅に立ってやり過ごした。
「それでは皆様、良い旅を!」
そして人数が揃ったところでアトラクションの案内人のような者が前に出てきて声を掛けると、座っていた者たちはすうっと消えていき続いて八雲と同様に立っていた数人も消え去った。
祠から転移した八雲が目を開けると先ほどとは一転して薄白い空間が広がり、彼の前にはその全身を映して余りある鏡が一面に広がっていた。その斜め上にはまさにゲームキャラクターのクリエイトを行うようなメニューが浮かんでいる。
(おー、てんこ盛り。……これ全部目を通す奴いるのか? でもあいつらは凝ってた気もする)
アバター変更、命の保険、マジックバッグ、武器補正、エイムアシスト、痛覚無効、自動配信から虫モンスターの見た目変換まで。二次元迷宮は踏破されていくにつれて人が不快に思うようなことを取り除く設定が追加でき、人類にとってはまさに夢のような場所だ。
もはや設定項目がありすぎて読む気も失せた八雲は、こちらから変えられない命保険などの設定以外を一括OFFにして手早く済ませた。すると前面の鏡が割れて目に優しい温かな光が漏れ、空間が変容していく。
キャラクリの0階層から出されて八雲が立たされた1階層は、周囲を赤い海で囲まれた丸い島の砂浜だった。彼の周囲にあった白い空間がなくなっていき、波が押し引きする穏やかな音が響く。
(あれ、配信OFFにしてなかったっけ。……任せっきりだったからわからん)
そんな自然環境に似つかわしくないドローンカメラが浮いていることに八雲は今更ながら気付いたが、普段彼が潜る三次元迷宮にはこのような物体が浮いていることはないし、そもそも電波も届かず配信出来ない。
それに二次元迷宮に潜る時は配信が好きな元PTメンバーに設定を任せていたので、八雲は慣れないドローンを弄ってみたもののよくわからず配信を切るのを諦めた。
八雲の手から解放されたオラクルと呼ばれているドローンカメラは耳障りな音を放つこともなく無音で漂い、彼の姿を収めて配信を続けている。身分証明書を提示したことでアカウントが自動的に作成され、今は匿名のゲストとして配信枠は取られていた。
(取り敢えず二階層まで行くか)
丸の内ダンジョンは既に完全踏破されているので、その全容も明らかとなっている。一階層はこの無人島にも似た場所であり、二階層に行くには中心部にある山頂の遺跡に入る必要がある。
なので八雲は人影もない砂浜を早歩きで抜け、靴に入り込んだ砂を払ってから丸島の中心に向けて本格的に走り出した。それにダンジョン配信の映像を届けているオラクルも驚異的なスピードで追従する。
八雲が二次元迷宮で当てはめられるジョブはシーフ。ジョブの特性としてはダンジョンの罠を見抜き、姿を消しての不意打ちやモンスターの弱点を突くことに特化している。
『ビュイイ!!』
『ギュッ、ギュツ』
そのジョブ特性も相まった八雲は風のように移動していたが、そんな彼の進む方向でモンスターが縄張り争いをしていた。よちよち歩きのペンギンみたいなモンスターと、青いぷよぷよとしたスライムの集団。
そのどちらもデフォルメ化された外見をしており、そこらのケーキ屋さんに置いてありそうな雰囲気でほんわかと張り合っている。そんな数体相手に回り込むのも面倒だった八雲は腰に引っ提げていた戦棒に魔力を纏わせ、数体を殴り飛ばした。
『ギュイィィィ!?』
『シュウゥゥ……』
発泡スチロールでも殴ったような感触と共に、そのモンスターたちが吹き飛んで戦闘不能を知らせるように目をぐるぐると回す。するとそれらは徐々に透明となって消えていき、僅かに残った光の粒子が八雲を追いかけ微量の経験値として還元された。
三次元迷宮であればその手応えも思わず顔を顰めてしまうようなものが残るが、女子供でも潜れる丸の内ダンジョンならばその心配もない。二次元迷宮はある種VRゲームに近い。だからこそ誰でも潜れる敷居の低さがあり、ダンジョン配信者も人気を博している。
「けてぇー……」
そんな二次元迷宮で助けを求める声がする事例など、皆無と言っていいだろう。少なくとも八雲が千葉の二次元迷宮に入った時には聞いたこともない。モンスターに攻撃されてもちょっとした衝撃程度であり、対人トラブルにはセーフティマンが駆け付け暴力行為を行った者は拘束される。
「たすけてぇー!!」
であるにもかかわらず八雲の耳は遠くから助けを求める微かな声を捉えていた。続いて地震警報のような警告音と共に配信ドローンが赤く光り、彼は思わずギョッとして肩を跳ねさせる。
『三次元濃度の上昇を確認しました。プレイヤーは速やかに退避して下さい。繰り返します――』
(……下の階層からリアルなモンスターでも出てきたか? 丸の内ダンジョンは完全踏破済みのはずだが……)
完全踏破され二次元化が完了した丸の内ダンジョンにおいては、そんなことは有り得ない。ただ三次元濃度の上昇はまだ完全踏破が為されていないダンジョンであれば起こり得ることなので、彼は助けを求める声を上げる方向へと走った。
(ガーゴイルか。武器無しならどうにでもなるか)
森の中で接敵したのは石像に擬態する翼の生えた悪魔のガーゴイル。人を鷲掴みに出来るほどの大きさに、石のように角張った細い体は刃も通さぬ頑丈さを持つ。
一言にガーゴイルといっても火を吹いたり武器を持つ特徴を持つ個体も存在するが、八雲の前で中学生くらいの男子を雑巾のように捻り殺した個体は近接型だろう。スプラッターに殺された男子であるがその身体は内臓をぶちまけることもなく粒子化し、命保険によって祠に返されていく。
「おっ、おにいさん!! たすけてぇぇ!!」
恐らく既に一人、二人と殺され、最後に残されたであろう眼鏡をかけた中学生くらいの女子。ただガーゴイルも無傷といった様子でもなく、火系の魔法スキルによる火傷がいくつか見られる。それが背中側と翼に集中しているのを看破し、女子の手に持つ杖を一瞥した八雲はため息をつく。
「……変に手を出したな。自業自得か」
石像に擬態するガーゴイルは特定の場所を守護する性質があるため、近づかなければ害はない。だが中学生PTは三次元化の警告が為されているにもかかわらず不意打ちを仕掛け、藪蛇をつついて出したのだろう。
「9:1で手を貸すが、どうする?」
「きゅっ、きゅうたい? ……えっ! お金の話ですか!? こんな状況で!?」
「報酬配分は大事なことだ。後で揉めるのも困る」
彼女の背後にも浮かんでいるファンシーな外見をしたオラクルを見やった八雲は、新手の出現で様子を窺っているガーゴイルに視線を戻す。膠着状態の場に置かれた女子は少し落ち着きを取り戻したのか、八雲に媚びた上目遣いを向ける。
「……8:2になりませんか?」
「なら君が殺された後に狩るだけだ」
「あの、配信されてますけど? 私、か弱い女の子なんですけど?」
「か弱い女の子は三次元化したガーゴイルの背中に魔法をぶっ放したりしない。ダンジョン配信を見てる視聴者も自業自得だと納得してくれるんじゃないか?」
そう言って女子の背後にあるオラクルに視線を向けると、視聴者を代弁するようにうんうん頷いてきた。彼女のオラクルは課金で手に入れた豪華仕様だからか、視聴者コメントの総意を代弁する機能も付いている。
「あーもうわかった!! 別にいいよそれで!」
「…………」
わけもわからず三次元迷宮に入って奥へ奥へと進んでしまい、最後には道中で引き連れてしまっていたゴブリンに集団リンチされ、虫の足をもぐように髪、耳、目を引き千切られた。そんな過去の自分とは大違いな中学生を前に、八雲はげんなりした顔で両手に戦棒に持ち魔力を纏わせた。
戦棒に魔力刃を帯びさせ形作ることでそれは双剣にもなれば、一つに繋げて槍にもなる。更に銃刀法違反にも引っかからないため持ち運びも手軽。八雲お気に入り暗器の一つである。
「しっ!」
瞬発的な速さでガーゴイルに肉薄した八雲は、両手に持つ双剣でその目を抉った。突然視界を奪われ狂乱し暴れる悪魔から距離を取った彼は、二つの戦棒を繋げて持ち手を長くし槍とした。
その槍で喉を狙って一突きにして捻ると、ガーゴイルの青い血がおびただしいほど流れ落ちる。そして暴れる力も次第に弱まり力尽きた悪魔に対し、八雲は残心を崩さないままゆっくりと近寄る。
「……よし」
ガーゴイルの死亡を確認した八雲は早速解体に取り掛かり、まずは頭の角を血が付かない範囲で切り取った。
「そっちの取り分。そこまで貴重なもんでもないが、多少の足しにはなるだろう。これから本格的に解体するから、苦手なら離れておいた方がいいぞ」
「…………」
あれだけ魔法を叩き込んでもビクともしなかったガーゴイルを瞬殺した八雲を前に、角を持たされた女子は逃げるように去っていった。彼女のオラクルはとても名残惜しそうに八雲とガーゴイルの死体を見ていたが、放送主には逆らえず追従していった。
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