サブスク連打でバズらせてきた財閥お嬢様は下心満々らしい

dy冷凍

第1話 運命?の出会い

 1945年。GHQにより日本の財閥は解体されたが、象徴的な三大財閥だけは残されていた。江戸から血筋が続く歴史ある財閥である北の紅焔こうえん、京の藍渦らんか。そして明治に設立された稲星財閥。


 電力を扱う稲星財閥は初めこそ力を持たなかったものの、近代化が進むにつれて電気は火、水と並んで人の生活になくてはならないものになっていった。そして2030年の今となっては財閥の中でも規模はトップとなり、それに連なる委員会や関連会社も増えた。



「どうぞ」

「失礼します」



 そんな稲星財閥の傘下の中で、御三家の次に序列の高い稲星本部の採用を決める突発的な面接が今日行われていた。三人の面接官に促されて入室し頭を下げた少年は、稲星本部にとって異例の人物である。


 まだ高校を卒業もしていない18歳の青年。それに高校の制服こそしっかりと着こなしているが、その頭には黄色のメッシュがいくつも入っていた。そんなはっちゃけた髪色の割に目付きは真面目そのものであり、何処か陰のある印象だった。


 面接官の中にも稲星のカラーである黄色のネクタイを締めている者はいるが、それを髪色にまで取り入れるのは余程の変わり者である。だがそれでも面接官たちは彼の姿を見て驚いた様子はなかった。



八雲迅やくもじんです。本日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします。ではお掛けになって」

「失礼します」



 緊張しているからか何処か動きの硬い八雲に対し、面接官の中心にいる30半ばの男性は朗らかな表情を浮かべて空気を和らげるように語りかける。



「千葉ダンジョン制覇の功績はこちらの耳にも届いているよ。それも最年少での突破となれば、他からも引く手あまただろう?」

(気遣いが沁みるぜ。こっちのやる気ないのが申し訳なくなってきた)



 自分が入りたい芸能事務所に親からの推薦という建前で応募するなんてことはよく聞く話だが、八雲は本当に母親から勝手に稲星本部へ応募書類が送られて今この場に座る羽目になっていた。


 紅焔財閥に殺されたといってもいい父の仇を取れと躍起になっていた母の教育の甲斐もあってか、八雲は稲星本部に一目置かれるほどの影響力を手に入れていた。千葉ダンジョンを制覇し二次元迷宮化の取っ掛かりを作ったことが大きな功績として知られ、その他の厄介な三次元迷宮もいくつか制覇して二次元化に成功している。



(けどダンジョンに籠りきりなんてもう御免だ。お金もそこそこ貯まったし大学デビューで一人暮らしして、友達とか呼んでウェイウェイするんだ俺は。それに彼女だって欲しいし)



 八雲としても母の復讐に協力するのは構わないし、稲星に好意を示す建前として髪を一部染めてみるのも悪くない気分だった。だが中学高校と同じダンジョン生活なんてのはもう御免だったので、この面接に落とされて財閥への就職は大学まで先延ばしにする気でいた。



「……八雲さん?」

「え? あー……。確かにそうですね。でもあまり関東から離れたくないんで、そうなると稲星が安定かなと」

「なるほど」

「あ、それと間接的ではありますが、稲星には六年前に入院していた祖母を助けて頂いた恩もありますね」

「……それは、迷宮大震災の時かな?」

「はい」



 2024年.世界各地で同時発生した迷宮大震災により日本も壊滅的な被害を被った。その際一時的に人工呼吸器が必要な状態であった八雲の祖母は、その震災により命の危機に陥った。


 病院には非常電源があるためすぐに人工呼吸器が止まることこそなかったが、そこは断線した電力の早期復旧が見込めない被災地だった。


 ただその近くにたまたまいた稲星第三令嬢の活躍により、祖母を含む患者たちは息を繋ぐことが出来た。稲星財閥の血縁者は自身の髪、爪、血などを媒体にすることで電気を生み出すことが可能であるため、その特異能力によって多くの命が救われたことは後にTV報道された。



稲星華苑いなぼしかえん様がランド好きで本当に助かりました。おかげで祖母は今も元気に畑仕事に勤しんでおります」

「おぉ、それはお元気そうで何よりだね」

「舞浜には足を向けて寝られませんね。ハハッ」



 そんな八雲の冗談に面接官たちも愛想笑いを張り付けて書類を捲り、次々と質問を続ける。


 やはり千葉ダンジョンを制覇した開拓者という強みがあるからか、八雲はその話題には事欠かなかった。若くして三次元迷宮に好き好んで入る開拓者は珍しい部類なので、個人でダンジョン配信はしないのか尋ねられたりもした。


 それと時たまダンジョン配信をしている稲星華苑のことも八雲は見知っていたので、面接落ちを狙って少々熱が入りすぎな言動も入れておいた。そのお嬢様も来るような稲星本部にファンボーイは置いておきたくないだろう。



「それでは、最後に質問はありますか?」

「ではお一つお尋ねしたいんですが、稲星本部の迷宮支部は今、どのダンジョンを制覇したいんですか? 最近は品川ダンジョンの二次元化を進めている姿を配信でお見受けしましたが、どうも本命には見えなかったのでお聞きしたいです」



 八雲からの質問に左右の面接官が顔を見合わせている間に、その中心にいる男性は彼を真っすぐと見返して答えた。



「今は江東区こうとうくが中心だね。あそこは稲星財閥が手をかけて再開発していた地域だから、三次元迷宮を放置するわけにはいかない」

「うわ、あそこですか。流石に東京で今まで残っているだけあって、動画で見ただけでも厳しい状況なのは窺えましたねー」

「……そうですか。それでは以上で面接を終了させて頂きます。合否は追ってご連絡します」

「ありがとうございましたー。では失礼します」



 そうして八雲は稲星本部での面接を終え、席を立って退室した。それからまだ高校生とはいえ彼の不遜な態度に面接官があれこれと話している中、その部屋の外で八雲が立ち去っていく姿を見送った金髪の女性は期待に胸を打ち震わせていた。



「八雲迅、私のこと好きすぎじゃん……? なら稲星悲願の江東ダンジョン二次元化も夢じゃない……?」



 たまたま稲星本部へ打ち合わせに来ていた稲星財閥の第三令嬢である華苑は、面接前の八雲を発見した後に部屋内の会話を盗み聞きしていた。そして思わぬ情報と今後転がり込んできそうな期待を前に、はっと気づいたようにその手で口元を覆っていた。

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