ep.9 七月
昭和のいつか。どこかにある高校。季節は夏。
放課後。部活へ出る前の貴重な読書タイム。
「よう◯◯、まーたそれ読んでるのか〜」
「ほっといてくれー」
からかってくる酒巻、雑誌を読む俺。大手出版社が刊行してるオカルト雑誌だ。俺としては古代文明とか未解決事件などの何とも怪しい記事を楽しんでる。
「本屋でその雑誌買ってるやつを見かけたことあるけど、暗くて怪しい雰囲気だったぜ」
「はいはい、俺も暗くて怪しいよ」
世の中にはこの手のヨタ話を真に受けてしまう人もいるらしいが、UFOは見間違いだし、宇宙人は地球に来られないし、超能力は……もしかするとソ連あたりの秘密基地にいるかもしれないが、いたとしても手品レベルだと思う。
「まぁ酒巻、こことか見てみろ」
「なになに……『世界各地で突然建物が崩落。世界崩壊の前触れか』……外国の話やんか」
だから俺は事実が書かれている部分だけに注目してるわけだ。例えばこの『世界各地で突然建物が崩落。世界崩壊の前触れか』という記事。
アメリカ、インド、ブラジル、フランスで工場、学校、ショッピングセンターなどの建物が崩落している事実。日本でも地下水の影響で地盤沈下が起きて建物が傾いたりしてるから、それの規模拡大版だろう。
「日本で起きても不思議じゃないってこと。うちの近くの住宅地、地盤沈下が起きて傾いてる家だらけで、住民が住宅メーカー相手に集団裁判起こしてるぞ」
「それとは違うんじゃねえの?」
「これにはそれ以上詳しく書いてないからわからんがな」
「◯◯君、部活行こー」
「へいへい。毎日連行しに来なくても逃亡しないぞ、加藤」
「◯◯の奥さん登場!」
「ちょっと!酒巻くん!」
「酒巻よ、俺にコアラ趣味はないぞ」
加藤弥生に背中を叩かれる。
「◯◯君!ひどい」
「すまんすまん。愛しい加藤があまりにも可愛いからつい、な」
恋心が一切ない女子には軽口が平気で言える。
「もう!ヤマサキで奢り!」
「へぇへぇ。奢らせていただきまーす」
「◯◯の奢りか!俺も頼むわ」
「酒巻、むしろ貴様が奢れ」
などと言いながら教室を出ようとした時、
一瞬の浮遊感、続いて落下する感覚。まるでエレベーターのような。
大きな揺れ。地震。
大きな音。まるで雷鳴。
暗くなる景色。
一瞬だけ見えたのは、地面が下から上へ、空を隠していく様子。
闇に包まれる教室。
「きゃああ!」
加藤弥生の悲鳴。
「うおおおーっ」
酒巻の叫び。
俺は声も出せなかった。落ちていく感覚は止まった。三人とも尻餅ついたまま立ち上がれない。
「何だ何だ!何が起こった?」
「酒巻、落ち着け」
見えないが声からすると多分半泣きだ。
「電気のスイッチ頼む」
酒巻に呼びかける。すると小さな炎が灯り、酒巻の顔が照らされる。ライター?
「あってよかったぜ」
「お前、学校スモーカーだったのかよ」
「たまに、な」
加藤弥生を見ると……気を失っている。
「酒巻、落ち着いたか」
「あ、ああ。まぁな」
「多分、学校が地下に沈んだ。ちょっと見てくる。一緒に来てくれ」
「お、おう」
廊下に出ると窓からは地層しか見えない。上の方から薄らと明かりが届いている。
渡り廊下がなくなっている。土壁だ。俺たちの学校は上から見るとアルファベットの『H』の形をしていて、左の縦棒にあたる棟に職員室や図書室、音楽室などがある。
俺たちがいるのは横棒、教室がある棟。つまりこっち側だけが沈下したみたいだ。
急に明るくなる。教室の天井にある蛍光灯が一斉に灯った。
「電気来てるのか……」
「おい◯◯、誰もいないぜ」
俺たちは二年生だから二階の教室、全部で十クラス。
「放課後だったからな、教室に残るやつなんていないだろ」
「◯◯みたいに怪しげな本を読むやつ以外はな」
「ぬかせ。先に上行くか?」
「三階か。OK」
階段を走る。ああ土臭いな。三階も無人だった。
「やっぱ三年の方が早く帰るよな」
「次一階な」
「お兄ちゃん!」
黒瀬瑛子がいた。思い切り酒巻に聞かれたよ。
「◯◯、どういうこと?」
「今は気にするな。緊急事態だ」
誤魔化せる気はしない。
「小さい頃、私とお兄ちゃんの家が隣同士で、すごく可愛がってもらったの」
お、瑛子ナイス。
「なんだとぅ。◯◯、なんで黙ってたんだよ」
「そんなのわざわざ言わねぇよ」
「酒巻先輩、お兄ちゃんを責めないでください」
「お、おう……」
「一階にいるのは瑛子だけ?」
「うん。誰もいない」
「少なすぎないか?」
「◯◯、俺たちどうなるんだよ」
「そりゃー、警察と消防が頑張るさ。難しいなら自衛隊も来る」
「そうだよな?助かるよな?」
「当たり前だ。これ、多分地盤沈下だろうし」
大きな重機が山を掘削する映像が頭に浮かぶ。そこまで難しくはないだろう。それより電気が通じているのが驚きだ。
「水の確認だ」
トイレへ行くと水道も普通に出る。屋上にタンクがあるからか?ウチの学校、屋上には行けないから確かめようがないが。ありがたいことに土の中はかなり涼しく、汗もかかなくてすむ、喉もそんなに乾かない。
「食べ物はどうするかだな」
「あ、それなら女子の机」
「瑛子、それどういうこと?」
「机の中、探してみて」
俺たちは片っ端から教室の机を漁ってみた。すると出てくる出てくるお菓子の類い。
「みんなお菓子を入れてるよ」
「校則……」
俺は女子のこと、何にも知らないんだと気がついた。
全ての教室をまわった結果、四人で一か月は食いつなげそうな量のお菓子やらカロリーバーやらパンが集まった。俺はついでに少女漫画雑誌とコミックも回収しておく。面白い作品もあるから女子に独占させるのはもったいない。
全校の女子生徒諸君!ありがとう。救出されたら倍にして返すから!
一時間が過ぎた。窓の外、つまり地上から漏れる日光が暗くなり外は闇となった。
加藤はまだ目を覚さない。
「暇だな」
「そうでもないぞ、これ面白ぇ。ひひひ」
俺は夢中になってアニメ化もされたギャグ漫画で笑う。
「◯◯は大物だよ」
「いやいや。焦ってジタバタしても何にもならんだろう?」
「まあな」
「のんびり待つしかないって。そのうち救助が来るさ」
「そこまで楽観的な◯◯が羨ましいわ」
「あっちの棟には図書館や美術室、化学教室があるからもっと暇つぶしがバラエティになったんだが」
さらに二時間。
「寝るか」
「瑛子、俺と酒巻は隣の教室で寝るから、加藤を頼む」
「お兄ちゃんと……」
「アホ言うな。よろしく」
さっさと移動するに限る。
「おい◯◯、黒瀬はお前にメロメロじゃねえか」
「そうでもない。床に敷くもの……体操服」
「ん?そうか、置きっ放しのやつもいるな」
酒巻は女子の体操服ばかりを敷き詰めご満悦だ。
「お前のそういうところ、いつも感心するわ」
「野郎の体操服より百倍快適だぜ?あ、これ佐藤優子のだ」
あの吸血鬼姉さんどうしてるかね?あなたの体操服が好色一代男に蹂躙されてますよー。
「俺は電気消す派だが、酒巻は?」
「点けたままにしよう」
「わかった。怖いか」
「お前は怖くねえのかよ」
「キャンプと思えば」
翌朝。時計を見る。七時だ。案外早起きしたな。トイレへ向かう。
いきなり口を塞がれ耳元で「静かに、ね?」甘い声、甘い香り。
「佐藤さん、どこにいたの」
小声で問う。
「あら、影があればどこにでも」
なんというか、人間離れし過ぎな。人間じゃないけど。
「なら外に行ける?」
「行けない。ここ少し変よ」
佐藤も閉じ込められた?
「以前にね、妖の作った空間に入ったことあるけど、それに似てる」
だてに長生きしてないな。何その不思議体験。
「これ、妖怪の仕業?」
「似てるけど違うと思う。気をつけてね」
「気をつけようがないと思うけど……わかった」
喉に唇が触れる感触。今?今なのか!?
「ごめんね、ちょっと力を使うかもしれないから。ご馳走様」
へいへい。
教室へ戻る。酒巻は爆睡中。ロッカーを物色する。竹刀があった。少し頼りない。
三階へ。武器になりそうなものはない。
「◯◯君」
びっくり!土の壁から飯田奈美の上半身が生えてきた!制服でなく体操服姿。土で汚れまくってる。
「あの、私ね、身体の形を変えるからこっちの方がいいの」
自由に変えられるんだったな。その立派な胸が地中を進むのに邪魔なのは理解できる。
有名な地中特化ロボが頭に浮かぶ。手がドリル……ロマン。
「地上はどうなってる?」
小声で問う。
「それがね、出られないの。私、校舎が揺れ出した時に体育館にいて。◯◯君がいるから助けなきゃって校舎と一緒に土の中へ飛び込んだんだけど……」
おおーい、無茶するなー。
「いくら上へ掘り進んでも外へ出られない。変だよ」
「佐藤優子も同じこと言ってた。彼女も出られないって」
「あ、うん。匂いするから……」
そっと飯田の頭を撫でる。
「いいか。佐藤の話だと多分変なやつが関わってる。妖怪とかそれに近いやつ。だから無理はするなよ。飯田には脱出する方法探しを頼みたい」
「うん、いいよ。私もそこそこ戦える……普通の女子よりは強いから……」
「物理攻撃が効く相手なら手助け頼む。俺も武器を探す」
「◯◯君も無理しないでね?」
「あいよ。やばそうなら逃げるさ」
土の壁に吸い込まれるように姿を消した飯田奈美。
一階の教室からも竹刀。俺と酒巻で使えるか。瑛子が来た。
「おはよう。早いな」
「お兄ちゃん何してるの?」
「佐藤と飯田もいるぞ」
「知ってる。気配は感じてた」
「でな、二人とも地上へ出られない」
「そうなんだ」
「何か仕掛けられると思ってた方がいい。そのための武器だ。瑛子を守るためにな」
「お兄ちゃん……。私の身体は人のそれだけど権能はある程度使えるよ?」
「何?前に大して使えないって言ってたろ?」
「えっと。この学校を中心に信仰が集まってるの。だから」
「偶像崇拝パワーすごいな……」
「だから危ないことは私に任せて」
「そうはいかん。俺を見くびってもらっては困るな。バッティングセンターで百二十キロの球は全部当てるぞー」
これは本当だ。前に酒巻たちと賭けて勝負したら、俺の総取りになった。野球はほぼしたことないから俺も驚いたけどな。『うちの高校に野球部あったら、◯◯は四番打者だぜ』と言われたが、あっても入らないよ。
「お兄ちゃん……お願い」
切ない表情。俺の手を握る瑛子にこんな顔されたら断れない。卑怯だ。
「わかったよ。前向きに検討する」
酒巻も起きてきたところで朝食タイム。
「竹刀なんか集めてどうしたんだ?」
「いいか酒巻。こんな時こそ鍛錬が必要だ。精神も弛んでくるし。俺が竹刀の使い方を教えてやる」
中学の時二ヶ月だけ剣道部にいたんだ。
「お前、昨日と言ってることが違う」
「昨日は昨日の、今日は今日の風が吹くもんだ」
昼まで竹刀の握り方、構え方と二人で素振りしておしまい。
「どうだ?面白いだろう?」
「面白くねぇよ!でもまぁ身体を動かすっていうのは悪くねぇな」
「だろう?思ったより救助は時間がかかるかもしれんから、これは必要なことだ」
「どういうことだよ?」
「重機が地面を掘る音が聞こえないことに気づいてるか?もう昼だ。いくらなんでも遅いと思う」
「そんなものか」
「学生たちが生き埋めになってるのに、そんな悠長なことせんよ。救助出来ない事情があると思っていい」
先に現実を知ってもらう。おそらくここ、学校があった場所ですらない可能性が高い。
「お兄ちゃん、加藤先輩が!」
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