ep.8 飯田奈美と佐藤優子と黒瀬瑛子
昭和のいつか。どこかにある高校。季節は初夏。
今日は放課後にバンドメンバーで打ち合わせ。
ボーカル兼ギターの福田。
リードギターの田崎。
ベースの澤井。
キーボードの武井。紅一点。
ドラムが俺。
「担当は化学の山田が引き受けてくれたよ」
「曲はこれにまとめた」
「うお、これ追加?ギターが難しすぎる……」
「大丈夫、大丈夫。今から練習すれば」
そんな感じで演奏曲も決まり、練習日程の打ち合わせだ。楽器屋のスタジオ、ピアノ教室を借りる、夏休み中は学校で。
「すまん、県の大会出るんで何回かは出られない」
「幽霊部員やめたんだ?」
「そう。裁判まで開かれたぜ」
「裁判はひどいなぁ」
加藤弥生がやって来た。
「じゃ、◯◯君借りるねー」
「あぁ加藤が俺を攫っていく〜。あ〜れ〜」
「はいはい。ふざけてないで行くよ?」
「よっ!お二人さん!」
福田がアホな掛け声。俺は連行されてるんだよ。
教室のすぐ外で飯田とすれ違う。
「奈美ちゃん、彼氏借りてくねー」
「彼氏じゃねえし」
小さく手を振る飯田奈美。
「そお?仲良いじゃん」
「また近所のおばちゃんになってるぞ、加藤」
「またー?ひどーい」
飯田の顔が心なしか紅い。動揺しすぎだろう。
グランドに差し掛かった時、加藤が変なことを言う。
「奈美ちゃんが◯◯君に気があるって皆知ってるんだけどなぁ」
「はぁ〜?そんなの俺は聞いたことないし。本人が言ったのか?」
「言うわけないよ。見てたらわかるから」
「それがおばちゃんの決めつけだっての」
「またおばちゃんって言った!」
本当に女子はこの手の話題が好きだ。
「そんなことにしか興味ないんか、君らは」
「そうでもないけど。二人は付き合ってないの?」
「どこをどう見てそう思う?」
「うーん、春頃から二人の態度が変わったから?」
そりゃ変わるだろうさ!あんなこと言えないけどな!俺の態度は何も変えてないけど。
「奈美ちゃんが◯◯君を、◯◯君が奈美ちゃんを見る時の感じが何ていうか優しくなったっていうか」
「ほぉほぉ。それ勘違いだと思うぞー」
と言いつつ、内心では女子の観察眼に恐怖していた。
「小学校の時にさ、あったでしょ?覚えてる?気取ってたあいつが奈美に『俺に惚れる?』って言ったの」
ハンサム君自爆テロ事件か。加藤もハンサム君がお気に召さないようだ。
「隣に座ってたから、一番近くの目撃者だよ、俺」
「あの時ね、奈美ちゃんがあいつに返事した後、◯◯君の方をチラッと見て、その後一日中、君の方を何回も見てたんだ。じっと見つめてることもあったよ」
全然知らなかった。
「あの時からじゃない?二人の相合傘の落書きが書かれるようになったの」
「言われてみれば……そうかな?」
覚えてねぇよ。お前の記憶力が怖いわ。
「女はねー、そういうの敏感よ?」
「さよか」
「あー!照れてるー!」
「照れてない。そもそもだな、俺のアイドルは鈴木くんだから」
「またそれ?本気なの?相手は二つ年上だよ」
「知らなかったのか?俺は昔から年上のお姉さんが好きだ。幼稚園の頃からな!」
「そうなんですか?◯◯先輩」
後ろから登場するやつ多すぎないか?瑛子。
「おれは前から公言してる。えっへん」
「……年下は嫌いなんです?」
「そうではない。年上が好きってだけだ……って何言わされてるんだ、俺は?」
「まぁまぁ◯◯君が部活に出るようになって黒瀬さんも嬉しいんだよ。ね?」
「はい。先輩は更生してくれました」
俺は少年院帰りかよ?!
「包囲網をやめろー。加藤と黒瀬だからKK包囲網だー。我が国はピンチ!」
「またわけわかんないことを……」
「日本が何故第二次大戦に突入したのか、少しは勉強しとけよー。ABCD包囲網とかな。中学の社会科なんかさらっとしか触れてないからなー」
「はいはい。行くよ。黒瀬さんも手伝って」
「はい」
俺の手を引っ張る女子ども。
「あ〜れ〜助けて〜攫われる〜」
「おーおー◯◯ー!ええご身分だなー」
サッカー部の酒巻が冷かしてくる。
「酒巻ー代わってくれー。コアラの力は強いんだー。木の上で生活するからなー」
「うははははは」
「またもう!ひどい。ほら、酒巻君も笑ってないで真面目に練習してね!」
ほら見ろ、サッカー部だけじゃなく、テニス部にも笑われてるぞ。よし。これからも加藤弥生にコアラの称号を与えてやる。
練習も終わり、自転車置き場へ向かう。腕と肩がだるい。そこに立ってる佐藤優子。
「真面目に部活してるのね」
「へぇ仕方なく。内申書のためでございます、姫」
そう言った時、僅かばかり空気が変わった。佐藤優子は表情を変えないものの、少し雰囲気が変わる。
「何か気に障ったか?」
「ううん。何でもないのよ。姫だったこともあるだけ」
「な、何だと……」
あれか?殿様の娘とかそんなのか?
「遠い昔のお話ね。あら、あの子が来たわよ」
黒瀬瑛子が無表情なまま近づいてくる。
「いつまでお兄ちゃんに纏わりつくの?血吸い女」
「◯◯君の血はね、この上なく美味しいから今後ともお世話になる予定よ」
マジか。
「色目も使って!」
「変なこと言う子ね?」
「二人とも落ち着いてくれー」
「お兄ちゃん、この女の味方するの?」
「味方とかじゃなくて、争いはやめよう、ここ学校だし」
佐藤は笑いながら俺たちを見てるだけだ。
「◯◯君、可愛い妹さんが来たから、要件だけ伝えるね」
「OK。それで?」
「あのね、先月、駅前を歩いていたらね、妙なのがいたの」
「妙なの?」
「血の匂いがおかしいのがいたわ」
「……血の匂い……」
「かなり変な匂いがしたのよね」
「それってどういう……」
「私も長いこと生きてるから、あちこちに住んで、色んな血の匂いを感じてきた。近いのは長く患っている病人ね。飢饉や戰で世が荒れた時にそこかしこで死にかけてた病人の匂い」
「人間なんだよな?」
「人間には違いないわ。だからあなたも気をつけて」
「言われなくてもお兄ちゃんは私が守るから」
「あら頼もしい妹さんね。じゃあね」
そう言って姿を消す。
「瑛子はそういうの感じるか?神様的な何かで」
「ううん、わからない。私は魂の有り様が視えて分かるだけだから」
そういうものか。しかし気になるな。
「お兄ちゃん、一緒に帰ろう?」
「それは却下だ」
「どうして?」
「あのな、男女一緒に下校なんて付き合ってるやつら以外にないんだぞ?どんな噂が立つか……。すまないけど、俺は一人で帰る」
そんな悲しそうな顔するなよ、瑛子。
「何か埋め合わせするから、な?」
と瑛子の頭を撫でて俺は自転車に乗る。
夜。少し蒸し暑いのでいつものようにビールの自販機へ。ラッパ飲みしながら近所を自転車で彷徨う。
「ぷはぁ!この一杯で生き返るぅ〜」
などとテレビや映画で見た大人の真似をしながら。東公園まで走り、ベンチで座って夜空を見上げるがあいにくと曇りだ。星は見えない。
「◯◯君」
「どわぁ!」
俺を驚かすコンテストでもしてるのか?君たちは。
「飯田……びっくりさせるなよ……」
「ごめん。そんなつもりじゃ……」
「どうした?この前の続き?」
「あ、違うの。あのね、この前ね、バスケの試合で他校に行ったんだけど」
「ほうほう」
「おかしな人がいたんだ」
これぞ既視感。
「どんなの?」
「私、いや私たちはね、人が発するどんな匂いでも感知するの。例えば……ある人がある人に恋をしたら、そういう匂いがする。嫌いな食べ物を食べたら、そういう匂いがするの」
「それ前に言ってたことだね」
「うん。私達は洞窟で暮らしていたから、音と匂いで何でもわかる。その代わり目はあまり良くないけど。でね、その人というのは相手高の選手なんだけど、変なんだ」
「どんな風に?」
「バスケしてるから、点差が開いたら悔しいとか思ってることがわかるんだけど、その人は全然違うってわかるの」
「ふむ」
「チームが勝ってても負けてても、その人がミスをしてもずっと何かを探すような匂いだけ。行動と発する匂いがチグハグなの」
「心ここに在らずって感じか」
「うん、それに近い」
「あのさ、佐藤優子がさ、変な血の匂いがする奴がいたって放課後に言ってきたんだ」
「佐藤さんが……」
「知ってるだろう?あの人吸血鬼」
「え?」
「え?」
「どういうこと?」
「知らなかったのか。てっきり分かってるかなと」
しまったと思ったがもう遅い。
「あの人からも◯◯君の匂いがすることがあって、二人で何してるのかって不思議に思ってたけど」
「あーもう隠しても仕方ないな。彼女はさ、何百年も生きてる吸血鬼だよ。ちょっとした偶然で血を吸われてる。俺のが美味しいんだって」
「そう……なんだ。だから佐藤さんの匂いが……」
「佐藤も飯田の血の匂いが変だって言ってたよ」
「え……」
「昔から人と少し違う血の匂いがする存在はいたってさ。彼女は血の匂いだけな。血によっては吸ったら命を落とすというのもあるらしいから」
「そうなんだ」
「先月と今週、全く未知の血の匂いがする人物がいたらしい。だから気をつけろって。それってお前が変だと感じた奴ってことじゃないか?」
「見てみないとわからないよ」
「それもそうだな」
「黒瀬って子の匂いも◯◯君からするよ」
そうだった。飯田に隠しごとは一切出来ないんだった。
「あ〜あの子はなぁ」
「私のことをまつろわぬ者って」
「あー、要は俺たち人間とは違うって意味で使ったんだろう。元々は大和朝廷に従わない東北の民を指す言葉だよ」
「そう……」
「変な匂いするか?」
「ううん。全く普通の人間よ」
「だろうなー。肉体はそうだろうな。うん。あの子のことは気にするな」
「でも……」
「そんなやましい関係じゃないから。小さい頃に近所に住んでて、遊んだ仲だ」
くうぅ。やばい。飯田が愛おしくなってきたぞ。好意を向けられると平常心を保つのが難しい。ビールのせいか?俺の理性よ頼む!
「少し嘘ついてる……あと、私のこと……」
「わーっ!テレパスと変わらんじゃないか!心を読むなぁ」
泣きそうになる。
「とにかく!ただ者じゃないのがいるってこと。俺さ、飯田、佐藤、黒瀬と人間と違う存在に次々出会ったけど、別に危険てこともなかった。それはありがたい。けどそうじゃない存在もいるかもな」
「佐藤さんは?」
「映画とかで俺も勝手なイメージ持ってたけど、ただ人の血を吸って長生きするだけだよ、彼女は。何か悪いことするわけじゃないし、波風を立てないよう静かに生きてる」
「私たちと同じ?」
「そうだろう。飯田の妹は迂闊だけどな」
彼女はあっさり自分の正体を明かした。俺にどう口止めする気だったのか。
「あ、あの夜、妹は親にものすごく叱られて罰を受けて、ずっと変化を解くことが出来なくなる薬を飲むようになったの」
「親御さんからすりゃ当たり前だわな」
あんな簡単に正体見せてみろ、見つかったら一巻の終わり。解剖やら実験やらでどうなるか想像つく。人権なんか決して認められないだろうし。
「次やったら幽閉されるから、妹はもう何もしないと思う」
「動機はどうあれ……な」
姉の恋、いや種族のためってのもあるか、その気持ちを抑えられなかったんだな。
「俺さ、人間てたまたま数が増えてこうやって繁栄してるけどさ、この地球の頂点とは思ってないんだ。人類が滅びた後は昆虫がこの地球の覇者になるかもしれんし、別の生き物かもしれない」
「え、う、うん」
「だから飯田達に思うところは特にないよ。他にもいるかもだぜ?海の底とか」
「……そうかもね」
飯田に対する良からぬ衝動を抑えるために、ええかっこする俺。やばい。理性よ!働け!
気がつくと飯田が俺の胸に顔を埋めてる。おおい!
「ごめん……ちょっとだけこうさせて……」
俺は動けない。女の香りに俺は理性を持っていかれそうになる。こらえろ。こらえろ。
「ご、ごめんなさい。おやすみなさい!」
顔を上げると素早く身体を離し、走り去って行った。危なかった。フロイト先生!俺リビドーに勝ちましたよ!
「若いっていいわね」
またお前か!佐藤!
「覗き見とは感心しないぞ」
「私のことを飯田さんに言ったからおあいこ」
「ぐ……それはすまなかった」
「いいよ。あの子も黙ってるでしょ。お互い様だし」
「それはそうだが……でっきり感知してるもんだと思ってたんだ」
「飯田さんの能力も大したものね」
「ああ。テレパシー使えるのと変わらないぞ、あれは」
「彼女も気付いたってわけね」
「何者なんだろうな、その変な奴の正体……。安直なとこだと宇宙人とかなっちゃうけど、それが一番可能性低いんだ。この宇宙には莫大な数の星があって、その中には知的生命体はいるだろうさ。それこそたくさんの。けど生命がその星に誕生して滅亡するまでの期間、例えば数百万年あったとして、それでも互いの文明を知って行き来するには絶望的に時間が足りない……。光速の壁がある限り、異星文明同士が出会うなんて可能性はゼロに近いんだ……。しかも地球は銀河系の端っこ。ど田舎だし」
「すっごい早口」
「からかわないでくれ。中学の時さ、クラスメイトとこの話で盛り上がって俺も色々宇宙のこととか調べて、高校に入ってさっきの結論に至ったんだ。宇宙人はロマンだと。いるのは確定だけど、決して会えない」
「男の子だね、君も。男はそういうこと考えるの好きなんだから。昔も今も」
「重みがありすぎます、佐藤先生」
「何よ先生って」
「歴史の生き証人ですし」
「おばあちゃんって言いたいの?」
「いや、そうではなくて」
「ふふっ。冗談よ」
「SFの読みすぎかもしれないけど、良からぬ存在だったら困るな」
「どんなの?」
「人の姿をコピーして、その人物になり変わりどんどん増えていく植物生命体とか、突然町中の女性が妊娠、生まれた子どもは精神操作をする能力を持ってて大人を次々と殺していくとか」
「何それ、怖い……」
「あんた吸血鬼……」
「私達はひっそりと生きていくだけよ。人間を滅ぼしたら、私達も滅びるわ」
「分かってるよ、冗談。共生関係だろ」
「それに人間を怒らせたらどこまでもいつまでも追いかけてくるし」
「バンパイアハンターとか?」
「それも架空の話でしょう?退魔師って連中よ」
「いつかゆっくり聞きたいです、先生」
「はいはい。それじゃあね」
姿を消す佐藤優子。
よく考えなくてもあれって便利だよな!俺ならギリギリまで寝られる。
ああ彼女が欲しい。
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