06.知らなかったのか!?

 フェルナンドに、アリシアとどうこうなるつもりはないと伝えてから、七ヶ月が過ぎて夏がきた。

 雷神は、相も変わらずフェルナンドの家の世話になっている。

 が、この生活も半年もせずに終わりを迎えるだろう。近辺の遺跡は粗方調べ終わった。後は見落としがないか、もう一度見て回るくらいだ。


 この日も雷神は遺跡から帰って、お宝の幾つかを売りさばいていた時だった。


「火事だ!!」


 外がにわかに騒ぎ出し、店の主人が「どこだ!?」と野次馬根性でていこうとする。


「おい、火事は遠い。ここまで火の粉が飛んで来るわけじゃないんだから、さっさと鑑定して買い取ってくれ」


 きな臭い匂いはまだまだ遠い。方向的にもフェルナンドの家ではない。火事などどうでもいい雷神は、店の主人を急かした。しかし野次馬な主人は、「ちょっとだけだ」と出ていってしまう。

 イライラしながら待っていると、外で情報を仕入れた主人が戻ってきた。雷神は溜め息を吐きそうになり、いつもの癖で飲み下す。


「どうやら、第八幼年学校で火事らしいぞ。なんてこった」

「いいから、早く買い取ってくれ」

「ああ、すまんすまん」


 そう言って、店の主人を急かした雷神だったのだが。


「第八……幼年……学校?」


 その出火場所に眉を顰めた。きな臭い匂いは、すでによく効く雷神の鼻に届き、炎の勢いが増していることがわかる。


「幼年学校が燃えているのか!?」

「ああ、大惨事になるぞ」

「くそっ!!」


 雷神は荷物を放ったまま、店を飛び出した。雷神の脳裏に、あの小生意気な少年の顔が浮かぶ。彼はこの春、第八幼年学校の二年になったばかりだ。


(無事でいてくれよ、ジャン!!)


 雷神は、人の目に映らないのではないかというほどの速さで駆け抜け、あっという間に学校に辿り着く。

 しかし目の前の学校は、地獄と化していた。

 炎から逃げるように上の階に逃れ、建物の窓から泣き叫び助けを求める子どもたち。

 校庭では保護者が窓を見上げて手を広げ、何事かを叫んでいる。

 そして熱さに耐えきれなくなった子どもが、窓から飛び降りる。

 地面には、重力に逆らえなかった子どもたちの頭が、トマトの如く潰れていた。


(ジャンはどこだ!?)


 雷神は校庭を見回す。孤児院の老院長の姿を見つけ、すぐさま駆け寄った。


「院長じいさん! ジャンはどこだ!!」


 院長は幼年学校に通う院の子どもたちを抱きしめている。その中にはやはり、ジャンの姿はない。


「ジャンは教室に短剣を忘れてたと言って、あの中へ……」

「あんの、馬鹿野郎!!!!」


 雷神は、消化活動をしている人から桶を奪って自分に水を引っ掛けた。そしてそのまま躊躇することなく炎の中に突入していく。


(くそ、ガラじゃないな!!)


 迫りくる炎を掻い潜り、ジャンの姿を探す。が、視覚はほとんど使えない。嗅覚も同様だ。この炎の中ではジャンの匂いを嗅ぎ分けることはできない。

 だが幸いなことに、雷神は第六感ともいうべき力が備わっていた。お宝の在り処がわかるという力が。

 雷神は、ジャンが持っているであろう古代コムリコッツの短剣を探すべく、全神経を集中させる。そして『なんとなくこっちにある』という己の勘を信じ、そこに急いだ。


「ジャン!! ジャーーン!! っぐ、ごほっ」


 火も煙も酷い。長居しては危険だ。ジャンを見つけ次第、すぐに外に出なければ。


「ジャン……ッ!」

「ロク……ロウ……?」


 雷神の問いかけに、応答があった。しかし少年の声ではなく、女性の声で。

 雷神はその声に導かれるように足を進め、そして現れた姿を見て目を見張った。


「ターシャ!?」

「ロクロウ、ちょうどよかったわ! この子を連れて、早く外に!」


 ターシャの腕の中には、意識を失ったジャンの姿があった。その手には、コムリコッツの短剣が握られている。雷神は素早くジャンを受け取った。


「ジャン! おい、ジャン!!」

「大丈夫よ。早く出なさい」

「ターシャ、あんたは!」


 背を向けようとするターシャを見て、雷神は慌てて声を掛けた。


「まだ子どもたちがいるの! 早く助けに行かないと……」

「もう無理だ! 諦めろ!!」

「そういうわけにはいかないわ! その子をよろしくね、ロクロウ!」

「ターシャ!! 待て、ターシャ!!!!」


 雷神が止めるのも聞かず、ターシャは出口とは真逆に走っていってしまった。

 なぜターシャがこんなところにいたのか。そして彼女が炎の中に突っ込んでいったことに混乱を覚えながらも、雷神はジャンを連れて外に出ることを選択した。

 迫りくる火をどうにか避けながら、持ち前の素早さで外に出ると、そこには同じように子どもを救ったであろうフェルナンドの姿があった。


「ロクロウ、来てたのか! 大丈夫か!?」

「げほっ、げっは! はぁ、はぁ……俺は大丈夫だが、ターシャが……」

「……ターシャ?」


 フェルナンドの顔が、訝しげな物に変わり、そして険しくなる。


「ターシャが、来てるのか!?」

「……知らなかったのか!?」


 フェルナンドは、燃え盛る学校を見上げる。どこか、悲しげな瞳で。


「おい、フェルナンド……まさか……」

「ターシャは、まだ中なんだな?」

「馬鹿、やめろ……この炎だ、もう助からん!! 諦めろ!!」


 雷神は、縋るように頼んだ。そんな姿を見たフェルナンドは、雷神の頭をガシガシと撫でつけてくる。


「わっはっは!! 心配するな!!」

「行くな!! フェルナンド!! ターシャはもう、おそらく……」

「大丈夫だ、ターシャには幸せの神様がついている!」


 そう言いながらフェルナンドは頭から水を被る。雷神は愕然とした。こんな時にまで幸せの神様がどうこういうフェルナンドに。

 そして彼は、笑いながら雷神に言った。


「後は、頼んだぞ」


 なにを、と聞く前に、フェルナンドは走り出していた。今にも崩れ落ちそうな、校舎の中へと。


「フェルナンド!! 行くな!! 行くなーーーーッ!!」


 雷神の声が虚しく響く。フェルナンドは、炎の中へと消えていった。生きる者すべてを拒む、その炎の中へと。

 炎は轟々と燃え続け、収まる気配がない。あれだけ泣き叫んでいた子どもたちの声は消え、やがて大人の嗚咽しか聞こえなくなった。

 雷神は、見送るしかできなかった、フェルナンドとターシャの背中をいつまでも探す。


「っく……フェルナンド……馬鹿野郎……」

「……ロク……ロウ……?」


 手の中の少年が目を覚ましていた。ジャンは、雷神の目からこぼれ落ちる涙を見て、驚いたように声を上げる。


「あ……れ……俺、確か女の人に……」


 雷神は不思議そうに見上げるジャンを、グッと抱きしめた。


「お前を救った人は、ターシャだ……よく、覚えておけ……」

「……ターシャ……」


 少年の呟きを聞きながら、もう二度と戻れぬ二人の顔を思い返し、雷神は泣いた。


 幼年学校を取り囲む炎は、そのまま校舎が崩れ落ちるまで、火の粉を散らし続けたのだった。

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