04.まぁ……嫌いではない

 雷神がフェルナンドの家に来て、一年が経とうとしていた。

 アシニアースと呼ばれるこの日、雷神が遺跡から戻ってくると、家の扉を開けた瞬間クラッカーに見舞われた。


「ハッピーアシニアース!!」


 アシニアースとは、多くの国にとっては聖夜と呼ばれる特別な日だ。


「……ああ、今日はアシニアースか」


 一同の盛り上がりとは真逆に、雷神は冷めた口調で言った。が、この家族にはそんなこと関係ない。変わらぬ高いテンションのまま、雷神はテーブル席へと誘われてしまう。


「あら、今日は大荷物なのね、ロクロウ!」

「ああ、どこも店が閉まっていたからな。お宝を売るのは明日だ」

「今日はアシニアースだもの、どこも店仕舞いが早いの」

「そうか。俺の国にはアシニアースなんてものはなかったからな。今はどうか知らんが」


 アリシアは興味深げに雷神の持ってきたお宝を覗き込んでいる。いつもはすべて売っぱらってから帰ってくるので、珍しいのだろう。

 アリシアが手に取りたそうにしているので、荷物を広げて見せてやった。


「へぇ……色々あるのね。これはなんなの?」

「古代人の装飾品だ。売れば十万の物だな」

「これは?」

「それは『習得の書』。まぁまぁのレア物だ」


 この世には、魔法や異能の『書』がある。

 魔法は火・水・風・雷・土・氷・光・闇の書があり、異能の方は様々だ。

 かくいう雷神も、自身の素早さが上がる『俊足の書』の上級版、『神足の書』を手に入れて習得している。


 書を習得するには二通りの方法がある。

 その本を読み込んで学習し、少しずつ身につける方法。

 もう一つは『習得の書』を習得した習得師と呼ばれる者が、半強制的に身につけさせる方法だ。

 もちろん、魔法や異能の相性というものがあるので、全員に身につけさせられるというわけではないのだが。


 そんな風に身についた書は、体の中に溶けて消える。しかしなくなるわけではなく、『習得師』に取り出してもらうか、死ぬかすればまた本が現れる、という仕組みだ。取り出されると、覚えた魔法や異能は消えてしまうが。


 全世界に散らばるこの書は、今はいなくなってしまった古代人の秘術である。現代技術では到底作り出せない高レベルの秘術だ。

 雷神はこの秘術を解き明かすため……そして高い技術を持った古代人が、多くの遺跡を残して滅びてしまった理由を知るためにトレジャーハンターとなり、古代遺跡をまわって研究している。古代人の秘術を手に入れるために。

 今のところ……上手くいっていないのだが。


「この剣は……」


 アリシアは次に雷神の荷物から剣を取り出した。


「デュランダルと言ってな。ジュワユース、オートクレール、ミュルグレスと肩を並べる伝説の武器だ。本日最高額のお宝だな。使いたいなら持っていっていいぞ」

「いいえ、いらないわ。私には小振りな剣だもの。売って孤児院の子たちへのプレゼントを買ってあげて」

「ああ、そうするか」


 アリシアは雷神の言葉を無視するかのように、次々とお宝に目を走らせている。そして彼女はまたも一冊の本に手を止めた。


「ロクロウ、これは?」

「あ? ああ、持って帰ってしまっていたか」

「なんの書? 初めて見たわ」

「別に珍しい物じゃない。『救済の書』と言ってな。需要がほぼゼロだから、どこの店も買い取ってくれないんだ」

「需要がない? どんな能力なの?」


 雷神はその書の効果を話して聞かせた。この救済の書は、宿主の守りたいと思っている者が、不当な暴力や戦闘により死んでしまうという時に、それに間に合うよう予言してくれるものだということを。どんな風に知らせてくれるのかは習得したことがないからわからない、と正直に告げた。

 習得したことがないというより、雷神には適性がなかったのだ。試しに習得してみようと思ったら、できなかっただけである。


「いい書じゃないの! どうして需要がないのか、理解できないわね」

「まぁ、わざわざ危険を冒して他人を助けに行くなんて奴は、いないってことだ」

「この本、もらっていいかしら!?」

「え? ああ。どうせ捨てる物だから構わないが……」

「ありがとう! ロクロウからのアシニアースプレゼントね!」


 そう言ってアリシアは嬉しそうに笑っている。

 インテリアとして飾っておくのだろうか。まさか習得しはしないだろう。適性があるかどうかも疑問であるし、このことに関して雷神は深く考えなかった。


「私もなにかロクロウにプレゼントしたかったのよね。でもロクロウってお金持ってて、身に付けるものはすべて高級品だから、なにも思い浮かばなかったわ」

「別になにもいらない」

「ねぇ、なにか欲しいものないの? あ、もちろん私ができる範囲でね!」


 じゃあその唇、と言いそうになって思い留まった。そんなことを言ったらフェルナンドにぶっ飛ばされそうだ。


「……ない」

「えー? じゃあプレゼントできないじゃないの」

「バカね、アリシア。そういう時は、わ、た、し、をプレゼントするわ! って言えばいいのよ!」

「あー、なるほどぉ! さっすが母さんだわ!」

「わっはっは! さっすが母さん………ってアリシア!?」

「ささ、邪魔者は退散するわよ、フェルナンド!」

「ええ!? ターシャ、二人っきりにさせるのか!? この状況で!?」

「ほら、早く!」

「ああ……俺のアリシア……くそぅ……」


 フェルナンドは半泣きになりながら、ターシャに手を引かれて別室に行ってしまった。

 アリシアに目を向けると、彼女は目を輝かせるように見開きながら、ニマニマ笑っている。


(なんだかおかしなことになったな。このアリシアの顔、どう受け止めればいい?)


 当のアリシアは自身ありげにその大きな胸を張り、


「ロクロウ! わ、た、し! をあげるわ!」


 ばばーんと言ってのけた。どうせ言うならしなを作って言ってもらえないだろうか。男らし過ぎる。


「いや……いらん」


 スパッと一刀両断すると、ビックリするくらいアリシアの顔が歪んだ。


「……どうして?」

「後が怖い」

「父さんのこと?」

「それもあるな」


 そしてミュートの顔が脳裏に浮かぶ。どうあっても彼女のことが、頭から離れてくれない。

 目を逸らす雷神に、アリシアはおもむろに近づいてきてた。


「おい……」

「なにかしら?」

「近い」


 吐息が掛かるほどの位置に彼女の顔があって、雷神は眉を寄せた。


「そんな顔されると、傷ついちゃうわよ!?」

「なにする気だ」

「こうするの!」

「ちょっ!」


 チュ、と音を立てて、アリシアの唇が雷神の頬に当たった。アリシアとどうなる気もなかった雷神は、大いに焦る。


「な、なにするんだ!」

「あら、嫌だった? アシニアースプレゼントよ!」

「こういうことは、好きな男にしろ! 好きな男に!」


 生まれつき嗅覚の優れている雷神は、アリシアにキスされた部分を袖で拭った。早くこの服も洗わなければ。彼女の香りが漂ってきて、気がおかしくなるかもしれない。


(一体なに考えてるんだ、この娘は)


 雷神が大きく溜め息を吐くと、すぐさまアリシアに指摘される。


「あ、溜息」

「まったく、うるさいな」

「そんなに私とのキス、嫌だったのかしら?」

「俺の育った国では、そういう文化はないからな」


 色んな国を渡り歩いてきた雷神だが、やはり故郷の影響というものは大きいらしい。家に上がる時に靴を脱ぐ習慣もしかり、初対面の人間とチークキスしたり抱擁したりというのはどうにも居心地が悪い。キスにしても、ベッドの中でするだけで十分だ。


「へぇ、そうなの。じゃあロクロウの国では愛情表現はどうやってするの?」

「さあな」


 愛情表現、なんて言葉を聞くだけで気持ちが悪い。よく照れもせずそんな言葉を言えるものだと雷神はあきれる。


「ロクロウ、あなたは誰にも愛情表現をしたことがないのね」

「……」


 またもミュートの顔が浮かんだ。彼女だけじゃない。今まで、態度でも言葉でも、そんな表現をしたことはなかった。

 ヤりたいためだけにベッドの上で適当言うのは、やはり愛情表現とは言わないだろう。心が伴っていないのならば。


「ロクロウ。私も父さんも母さんも、みんなロクロウのことが好きよ」

「……っは」

「本当よ。父さんは頭をガシガシ撫でて、母さんはおやすみのキスをくれるでしょう? それが二人の愛情表現なのよ」


 それなら、雷神がここに住み始めたかなり初期の頃からやってくれていた。最初は違和感しかなかったが、慣れると不思議と心地良いものに変わってきている。


「ロクロウは私たちのこと、好き?」


 こうストレートに聞かれると、どうしても照れる。フェルナンドとターシャは見るたび愛してると囁き合っているので、少し慣れた気になっていたが。自分が言わされる方の立場になると、どうにも好きとかいう言葉が出てこない。


「まぁ……嫌いではない」

「もうっ、素直じゃないわねぇ!」


 そう言いながら、アリシアはカラカラ笑った。


「感謝は……している」


 ボソリと呟くように言うと、アリシアの目は大きく広げられる。そして次に、その目が無くなるくらいにニッコリと微笑んだ。


「ロクロウ、明るくなったものね!」

「む……そうか?」

「ええ! 腐った魚の目をしていたのが、死んだ直後の魚のような目になったわ!」

「おい、褒めてないだろ」

「大進歩よ? 一年前のロクロウに比べると!」


 いつものように笑うアリシアを見て、雷神も少し目を細め、口元を緩めた。ごく、自然に。


「今、きっと天使様が見てくれてたわ」


 笑えていたのか、雷神自身にはわからない。しかし、心底嬉しそうなアリシアを見ると、なぜか雷神も嬉しくなった。


「いつか、あなたなりの愛情表現をしてちょうだい。私たち、待ってるから」


 そう言いながらアリシアは、再び雷神の頬に唇を当てた。これが彼女の愛情表現なのだろう。大切な家族に対しての。

 そのキスを頬に受けて、雷神は言いようのない幸福感に包まれた。


(慈愛、というやつだな……見返りを期待しない……)


 またもミュートの顔を思い出した。

 雷神は、彼女を利用して捨てたと思っていた。けれど今思えば、彼女は利用されるのがわかった上で、許してくれていたように思う。

 そんな風に考えるのは、勝手な解釈に過ぎないだろうか。


「料理が冷めちゃったわね、温め直しましょうか」

「そうだな。フェルナンドとターシャも呼んでこよう。腹が空いているはずだ」

「あ、今は止めた方がいいわ。きっと、母さんは父さんを慰めてると思うから」

「……な。そ、そうか」


 それ以上なにも言えなくなり、二人は料理を温め直してお腹に詰め込んだ。

 その日の終わりに三度みたびアリシアから頬におやすみのキスを受ける。そして雷神は、天使様に見つめられるような感覚を受けながら、ぐっすりと眠った。

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