追憶の黎明
あじふらい
追憶の黎明
夜が明けた。
濃い群青にうっすらと紫が混じり、ベールのような茜色をまとった黄金の太陽がゆっくりと昇っていく。
希望の象徴のようなその光景を眺めながら、僕はため息をつく。
北のまだ青く暗い空に新雪を纏った
永遠に癒えることのない僕の心に突き刺さった心の棘のようなそれは、自らを主張するかのように薄い茜に輝いていた。
父はあの山のクレバスに飲まれた。
クレバスの縁で唯一見つかったカメラのみが納められた棺の軽さを思い出し、早朝の張り詰めた空気の中で身震いをする。
泣き続ける母は、日に日に老い、日に日に狂っていった。
絶叫する母に、父が生きていた頃より確実に弱々しくなったその手で首を絞められ、抵抗しようと精一杯の力で母を押し飛ばした瞬間、僕の決意は固まった。
その時まで、母に寄り添って生きようと思っていたが、このままではお互い、遠からず不幸な形で父の後を追う羽目になるという確信めいた予感があった。
そうして母から逃げるように故郷を離れ、衣食住が保障されるというだけの理由で国防を仕事にし、今ここにいる。
僕は防寒着のポケットを弄り、煙草に火を付ける。
寒さで白くなった息に煙草の煙が混ざり、夜明けの透き通った大気を白く汚す。
立ち上る紫煙の行方を探るように、空を見上げる。
すっかり明るくなった空に、渡り鳥の羽音が静かに響いていた。
彼らは、あの山々を越えてきたのだろうか。
僕はまだ、父が帰ってこなかったあの日に何かを置き去りにしたままだ。
彼らは、あのクレバスを見下ろしただろうか。
僕はまだ、そこに近寄れずにいる。
彼らは、この先どこへ向かうのだろうか。
僕はまだ、自らの行き先を決められずにいる。
父は冷たい雪氷の中で永遠の眠りについているのだろうか。
茜色のベールを脱ぎ、青空に白く輝いている山々を睨みつける。
父は最後に何を見、何を思ったのだろうか。
僕が迷った時に必ず差し伸べられたあの優しく大きな手が、僕が悩んだ時に語りかける低く掠れたやわらかな声が、とてつもなく恋しい。
「父さん、もう少し待っていてくれよ、必ず会いに行くから」
その時は、父の愛したあの険しい山々を美しいと思いたい。
その時は、母に優しく寄り添える息子でありたい。
誰も聞くことのないひとり言を、肩から下げた小銃に触れながら、青く透明な冴え冴えとした空気へ密やかに溶いた。
追憶の黎明 あじふらい @ajifu-katsuotataki
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