絶対に失敗できない高校&女装デビュー〜男女比1:1000万の世界で僕は男であることを隠して学校に通う〜

@wagashiya

第1話 プロローグ

 早起きは直接三文の徳にならずとも、確実に三文以上の価値はあると、僕はそう思っている。


 生活習慣の乱れは精神のバランスの乱れとなることを僕は身に染みて知っている。だから大勝負の日である今日も僕は、いつも通り5時50分には起きて、近所の白駒公園までランニングを行ってきたとこだ。オレンジ色に染まり始めた空を背に玄関を開けると瑠璃母さんが出迎えてくれる。


「おかえりー相変わらず早起きだなぁ」

「ただいま、シャワー浴びたら朝食作るよ」

「今日くらいあたしが作ろうか?」

「食材が無駄になるから絶対にやめて」

「なっ!?焼き肉のたれで肉焼くくらいならあたしにもできるぞ!エバラなめんな!」


 企業努力を自分のことのように威張らないでほしいし、多分無理だと思う。自分でステーキ肉を焼いて炭にしたのを忘れたのだろうか。せっかくいいお肉だったのに……。


「いいよ料理は趣味みたいなもんだし。シャワー浴びてくる」

「おう、いってらー」


 朝の爽やかなランニングでかいた汗を手早くシャワーで流して朝食作りに移行する。1年半前のあの日から家族の料理は全て僕が作ってきた。それまで包丁すら握ったことがなかったから最初こそたどたどしかったがもう慣れたものだ。今や凝りすぎて家の中の調理器具も調味料も倍以上に多くなっている。


「うん、こんなものかな」


 鰹節と昆布で出汁をとった味噌汁を味見していると何となくつけていたテレビからニュースが流れてくる。


「保護責任者遺棄の疑いで昨夜逮捕されたのは市内の百貨店に勤務する加藤佐奈容疑者25歳です。加藤容疑者は今月2日の朝から深夜までのおよそ15時間自宅に生後4か月の男の赤ちゃんを放置し、外出していた疑いが持たれています。加藤容疑者が帰宅したところ赤ちゃんは意識不明の重体で病院に運ばれましたがその後死亡しました。警察によりますと加藤容疑者は自分が男を産むとは思わず、現実逃避がしたくて――」


途中で途切れる。


「ったく、朝から気分悪くなるもの流しやがって。やっぱ朝ってのは明るく爽やかじゃなくっちゃな?」


 どうやら母さんがテレビを消してくれたみたいだ。


「そうだね、はいこれテーブルに並べて」

「おお!うまそうだな!」


 出来上がった朝食を母さんが二人分並べる。妹の分は冷めないようにラップをしておこう。僕は新聞を広げゆっくりと食事をしている母を尻目に朝食を手早く済ませると一旦自分の部屋へと戻りメイク道具を机に広げる。あと一時間後には家を出なければならない。


 まずは洗顔剤と化粧水でベースを作り、ファンデーションを塗る。目元は自然な女性らしさを出すために目立たないオレンジと茶色のアイシャドウでグラデーションを作り、アイラインは少しだけ長めに引いていく。フェイスパウダーでベースメイクの補強を行ったら1年以上伸ばした髪にカールをかけ耳より若干低い位置でツインテールにする。幼くなりすぎずしかし確実に女の子らしさがでる髪型だ。着慣れない制服に袖を通せば鏡に映っているのは初々しい女子高生だ。


 準備を整えて部屋を出た僕は中学二年生となる妹の部屋へと向かう。渚は朝が弱いから誰かが起こさないと起きてこない。起こしたって起きてこない。部屋に入りベットを確認すると渚は毛布を抱き枕代わりに涎を垂らしてスヤスヤと眠っている。どんな夢を見ているのか、非常に幸せそうで可愛らしい寝顔だが、この世は無常だ。起きてもらおう。


「起きろ寝坊助!」


 抱き枕代わりにしている毛布を思いっきりひったくる。


「んあ?澪……?おやすみ」


 渚は一瞬寝ぼけ眼を開けると再び夢の世界へと旅立とうとする。が、そんなことは想定内だ。この朝の攻防戦を何年繰り広げてきたと思ってるんだ。第二フェーズに移行する、僕はその体を奥に手前にぶんぶんと転がす。どうだ!?調子のいいときはこれで起きるのだが。


「……」


 だめか。まるで揺りかごに揺られているが如く穏やかな表情で寝息を立てている。仕方ない第三フェーズだ。僕は自身の部屋へと戻り、渚を起こすための武器を手に取る。その銃口を渚の顔面に合わせ、3、2、1、ファイヤ!


「うわっ!」


 霧吹きで水をかけられた渚が悲鳴を上げる。我が家の眠り姫も寝耳にどころか寝顔に水をかけたら起きるようだ。渚からの抗議の視線を無視してタオルを投げてやる。


「さっさと起きないからだ。朝食用意してるから降りてこい」


「無理!動けない!負ぶっていって!」


 こいつマジか。


「自分で降りなよ」


「ん!」


 両の手を前に突き出し無言の圧をかけてくる。なかなか起きない姫がひとたび意識が覚醒すれば邪智暴虐の王になるなんて、我が妹ながらなんて厄介なんだ。仕方ない、僕はため息をつき膝を曲げて背中を向けてやる。首にするっと腕が巻き付き体重がかかる。背中に体温を感じながら慎重に階段を降りてリビングの椅子におろす。瑠璃母さんはいつの間にか居なくなっていた。おそらく仕事に戻ったのだろう。


「ありがと、褒めて遣わす」


 腕を組んでのたまう渚、あくまで上かららしい。僕は邪智暴虐の渚様のために冷めた朝食を温めなおして出してやる。


「じゃあ、僕は行くからね?朝食食べたらちゃんと着替えて学校行くんだよ?」

「わかってるよー、いってらっしゃーい」


 本当に心配だ。僕は後ろ髪引かれながら玄関へと向かう。靴を履いていると後ろからタッタッタと駆けてくる音が聞こえてくる。


「澪!言い忘れてた、今日もかわいいよ!私の次にね!」


 振り返ると渚がサムズアップしながら立っていた。


「当たり前だろ?なんなら渚より可愛いくらいだ」

「それはない」


 いい笑顔で食い気味に否定された。


 渚がリビングへと帰っていく音を聞きながら玄関を開ける。この姿で外へ出るのは毎回緊張するが渚のおかげで今日は緊張が解けてしまった。もうすっかり空へと上がった太陽ですら僕のことを応援してくれてる気がする。


 今日は僕にとって一世一代の勝負の日だ。


 僕は今日から性別を偽って学校へ通う。

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