第21話 決着
『見苦しいですねぇ……もう、勝負は決していると思いますが?』
『魔貴族』の言葉を無視し、ユランは『魔貴族』に近付いていく。
「……お前は倒す……絶対に……村の人の……ミュンの仇を討つ……」
既に、ユランの目には『魔貴族』の姿しか映っていない。
朦朧とする意識の中で、回帰前の記憶が混同し、目の前の対象を『復讐相手』と認識している。
足は止まらない。
このままでは、ユランは『魔貴族』に惨殺されるだろう。
今のユランは自分を顧みない。
既に、戦う力が残っていない事を気にも留めない。
『興醒めです。さっさと死になさい』
『魔貴族』はそう言うと、右手を前に翳した。
地面から伸びる影が、細い形状に変化し、槍の様に尖った形になる。
そして、その影の槍が、うねる様に動き、ユランに向けて放たれた。
「……仇を……ミュンの……仇を……」
譫言の様に呟きながら前進するユランに、影の槍が迫る。
ユランはソレを避ける素振りも見せない。
影の槍が、まさにユランの心臓を貫こうとした瞬間──
「ユランくん!!」
そう叫んだ誰かが、ユランの身体を押す。
抵抗する事なく、身体を押されたユランは、地面に倒れる。
その後も、影の槍の勢いは止まらず、
「キャ!」
グサッと鈍い音を立てて、影の槍は乱入した人物の右肩を掠めた。
幸いにも影の槍はその人物の肩を掠っただけだ。
出血はあるものの、大事には至っていない様子だった。
その人物は、槍が掠めた右肩を押さえながら、ユランの元へと歩いてくる。
その人物とは、
「……ミュン? 君は死んだはずじゃ?」
ミュンだ。
小屋の陰に隠れていたはずのミュンが、いつの間にかユランの元まで走ってきていた。
ユランの無謀な前進を確認してから走ってきたのだろうが、小屋からの距離はそれなりにある為、ミュンの脚力も子供離れしたものの様だ。
ユランは未だに意識が混同していたが、ミュンの姿を確認した後、直ぐにハッと正気に戻る。
「ミュン、何故ここに来たんだ! それにケガも……」
ユランは咄嗟に『リペア』を唱えるが、神聖力不足のため発動しない。
仕方なく、自分の服の袖を破り、それで応急処置をしようとするが──
『邪魔が入りましたね……』
『魔貴族』の驚くほど冷たい声が、ユランを刺す。
ユランがそちらに視線を向けると、『魔貴族』が心底、つまらなそうにユランたちを見ていた。
『いい加減、飽きてきたので……そろそろ終わらせようと思います』
『魔貴族』は天に向かって両手を挙げる。
『魔貴族』の足元にあった影が、大きく広がり、三つの塊になって分離した。
分離した影は、それぞれ、
広場に集まった子供たちの下
ユランとミュンの下
そして、大人たちが集まっている小屋の下
それぞれの下で、全てを包み込む様に大きく広がる。
そして、その影が怪物の口の様に左右から迫り上がってくる。
『魔貴族』は全てを一度に終わらせようとしていた。
ソレを確認したユランは、静かに立ち上がる。
片足が負傷しており、ふらついたが、何とか立ち上がる事が出来た。
「……ユランくん」
ミュンがユランの服の裾を掴み、不安そうな顔で見ていた。
ユランは優しく微笑み、「大丈夫」と短く言って、ミュンの手を解く。
『さあ、これで終わりです。それとも、最後の抵抗をしてみますか?』
ユランは覚悟を決め、構えをとる。
サブウェポンを左手に持ち、右手で聖剣の柄を握る。
『抜剣術』の構えだ。
ユランの聖剣は『下級聖剣』で、使用できるのは『抜剣レベル1』のみだ。
はっきり言って、ソレでは勝負にならないだろう。
ユランは目を閉じて集中する。
回帰後に使う初めての『抜剣術』だ。
「聖剣が神に与えられた『神剣』だと言うなら……俺の想いに答えろ」
ユランは、閉じた両目をゆっくり開ける。
「大切なものを護るために……村の人たちを……リネアを……そして、ミュンを護るために力を貸せ!」
聖剣を握る右手に力を込める。
『抜剣レベル1を発動──使用可能時間は1分です──』
1分……。
レベル1の発動としては短すぎる時間だ。
今のユランではこれが限界。
全力で『魔貴族』に挑み、敵わないまでも一矢報いる。
そう言う覚悟で、ユランは、抜剣を発動させた。
『──カウント開始──発動──』
グォォォォォン!
発動と同時に、ユランの聖剣の刃が一割ほど露出する。
聖剣が唸り声の様な轟音を上げる。
まるで、曇天に轟く雷鳴の様だった。
ユランの身体能力が大幅に強化される。
それは、『アクセル』や『隠剣術』を使用した時とは比べ物にならない程に強力だった。
「行くぞっ!」
ユランが声を上げ、深く腰を落とす。
左足の負傷は『抜剣』の身体強化の恩恵により、動けるまでに回復していた。
低く構えたユランの様子は、まるで限界まで引き絞った弓矢の様だった。
力を溜め、解き放たれるときを待っている。
『なっ、何ですか、この気配は……』
ユランの雰囲気に異様なものを感じ、『魔貴族』は両手を下ろし、防御の体制をとる。
閉じかけていた怪物の口が、動きを止めた。
「ふっ!」
溜めていた力を解放し、ユランが大地を蹴った──
それは、まるで閃光の様だった。
雷の様だった。
眩い光を放ち、雷鳴の様な轟音を轟かせ、ユランの身体は、大地を駆けた。
何者にも捉えられない。
何者にも阻まれない。
圧倒的な速さ。
『ソレ』を護る影の盾など到底、追い付けない。
絶対的で
圧倒的
*
『なっ!?』
ユランの一撃を受け、『魔貴族』は声にならない叫びをあげる。
見えないどころの話ではない。
やられた事にすら気付かなかった。
ゴトリと音を立てて、『魔貴族』の首が地面に落ちる。
ユランが放った、たった一振りの斬撃で、『魔貴族』の首から下が、跡形もなく吹き飛んでいた。
影を使って防御するも、その全てを容易く打ち砕く力。
『下級聖剣』であるはずがない。
ユランも、自身の聖剣が放った『抜剣術』の威力が信じられず、目を白黒させていた。
『そ、そんなバカな! この私が……『魔貴族』たるこの私が、こんなガキに! 何なんだお前は! なんで、わたしが、こんなめに……』
首だけになった魔貴族は叫ぶが、直ぐにその目から光が失われていき、完全に動かなくなった。
「どうなってるんだ……あの威力は明らかに『下級』じゃない。『貴級』……もしかしたら、それ以上かも」
ユランが困惑していると、聖剣から無機質な声が響く。
『カウント0──抜剣を解除します──』
抜剣が解除されると同時に、ユランの身体を、
目眩、頭痛、吐き気、倦怠感、
などの、あらゆる不調が襲う。
「これは、まずい……」
グラついた身体を、右足を出して踏ん張ろうとするが、足に力が入らず、そのまま勢いよく倒れてしまう。
顔面に痛みを感じたが、それよりも体調不良が激しすぎて、痛みを気にしている余裕はない。
ユランはそのまま立ち上がる事が出来なかった。
薄れゆく意識の中で、ユランは走り寄ってくるミュンやリネアの気配を感じていた。
(身体はガタガタだが、私は過去を変える事が出来たのだ)
喜びの感情を表に出す前に、ユランの意識は闇に沈んだ。
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