第19話 VS シエルとゼン

 「だ、誰!?」


 突然の声に驚き、シエルが声を上げる。

 ゼンも驚きを隠せない様子だった。


 「どこに行くか聞いてるんです」


 二人が声のした方に視線を向けると、麻のローブに身を包んだユランが立っていた。

 その隣には、二人を睨みつける様に鋭い視線を送るリネアも立っている。


 「ミュン!」


 ユランは、彼の声に気付かずに、小屋の陰を出て行こうとするミュンに呼びかける。


 「え……?」


 自分を呼ぶ幼馴染の声に、最初は幻聴かと思ったミュン。

 しかし、振り向いた先にいた幼馴染の姿に、

 

 「あ…………ユ、ユランくん!」


本物だと気付き、走り寄る。

 

 ミュンは、走り寄った勢いのまま、ユランに抱き付くと、その無事を確かめる様に、ユランの全身を撫で回す。

 そして、


 「無事で……良かった」


感極まった様に、その両目から涙を流しながら、再びユランに抱き付いた。


 ユランはされるがまま、ミュンに抱き付かせていたが、隣に立っているリネアは複雑そうな顔をしていた。


 「驚かさないでよ……劣等生のユランじゃない。『魔貴族』かと思ったわ」


 シエルはもはや、ユランたちの前でも取り繕うのを止めた様だ。

 学校の先生としての彼女からは、考えられない様な口汚い言葉を吐く。


 「演技は止めたんですね」


 抱き付いていたミュンを優しく引き離し、軽口を叩く。

 シエルとゼンを見据えるユランの目は、二人を射殺さんばかりの鋭いもので、口調の軽さとは裏腹に、二人に相当なプレッシャーを与えていた。


 「ああ、あれって疲れるのよね。特に、大っ嫌いなクソガキの前で良い子ぶるのは苦痛で仕方ないの」


 相手を威圧する視線を向けているとしても、ユランは所詮、10歳の少年だ。

 シエルはユランの視線など意に介さず、小馬鹿にした様に見下している。


 「それにしても、リネアだっけ? アンタは私の変わり様を気にしてないのね」


 リネアを見れば、確かに、驚きもしていない。

 単に興味がないだけかもしれないが、リネアは呆れた様にため息をつき、言った。


 「自分で言いますか、それ。私は単純に大人を信用してないだけです」


 リネアは物怖じしない。

 魔物との遭遇を経て、心が鍛えられ、強くなった様だ。


 「まったく、気に入らないガキどもだわ」


 やれやれと、ため息をつきながら、シエルが左腰に携えていたサブウェポンを、左逆手で引き抜く。

 右手は、右腰に携えた聖剣の柄を逆手で握る。

 左逆手に持っていたサブウェポンを、手首を回して、くるりと回転させて順手に持ち替えた。

 

 ゼンもそれに習い、同じ行動を取る。


 「……どういうつもりですか?」


 すっと、ユランの目が細められる。

 

 「アンタ、私たちに何処に行こうとしてるのか聞いたわよね? 私とゼン先生はここから逃げるつもりよ。あんな化け物ども相手にしてられないからね……でも、私たちが逃げた事をバラされるのは困るのよね」


 シエルがゼンに目配せすると、ゼンは無言で頷く。

 

 「私たちは一応、聖剣士だからね。敵前逃亡なんて許されないの。今度は地位を剥奪だけじゃ済まされないのよ」


 ゼンがユランの後方に回り込み、挟み撃ちの様な形になる。

 シエルとゼンは低く構え、すでに戦闘体制だ。

 

 挟み撃ちにされたユランを、リネアとミュンが心配そうに見つめる。

 ユランは、右手を出して二人に笑いかけ、「大丈夫」と短く言った。


 そんなユランを見て、二人は対照的な反応を見せた。

 

 ユランの強さを知っているリネアは、安堵した様に息を吐き、ユランに笑いかける。

 それに対し、ミュンは不安げな視線を崩さなかった。

 

 シエルとゼンは、ユランとの距離をジリジリと詰める。

 

 「アンタたちには死んでもらいたいの。放っておいても『魔貴族』に殺されるだろうけど、逃げ仰られても困るのよ」


 「シエル先生、素早く片付けましょう。そろそろ広場の騒ぎも片付きそうです。その前ににげ──ぷぎょ!」


 蛙が潰れた様な声を発し、突然、ゼンが地面に倒れる。

 腹部を抑え、のたうち回る。


 「ゼン先生! 何があったの!?」


 突然倒れたゼンに、シエルは声を上げるが、構えは崩さない。

 そこは流石に元聖剣士と言うべきか。


 ゼンが倒れた場所の近くには、いつのまにかユランが立っていた。

 ユランの右手にはゼンのサブウェポンが握られている。


 「アンタ! ゼン先生に何をしたの!?」


 焦りと混乱から、シエルの声が震える。

 

 「まさか、見えなかったんですか? 程度が低いにも程がありますよ」


 今度は、ユランが小馬鹿にした様に、シエルに言う。


 ユランは、ゼンから奪ったサブウェポンの刃をシエルに向ける。

 そして、顔だけをリネアの方に向けて言った。

 

 「リネアちゃん。言った通りでしょう? こいつらじゃ当てにならないって」


 ユランの言葉を聞き、シエルの中で、焦り、混乱、それらの感情が怒りによって塗り潰される。


 「アンタ……生かしては返さないわ」


 声を低くするシエルに、ユランは、


 「あなたは教師でも、ましてや聖剣士でもない。ただのズル賢いだけの小物だ。僕はそんな奴には負けませんよ」


涼しげな顔で言い放った。

 シエルの事など、毛筋ほども恐れていない様子だった。


 「クソガキが……実戦授業で、私にコテンパンにやられた事を忘れたの?」


 自信満々に語るシエルに、ユランは──


 ガラン


持っていたサブウェポンを投げ捨てた。

 

 「諦めたの? やっぱりガキね……謝ってももう遅いけど、私を怒らせた罪……死んで償いなさい」


 シエルが、聖剣の柄を握る右手に力を込める。

 『抜剣』を使用するためのプロセスに入った。


 しかし──


 ドゴォ!


 シエルが抜剣を発動させる前に、ユランの右拳の一撃が、シエルの腹部を貫いた。


 「サブウェポンを使うまでもないって、気づいてくださいよ」


 ユランは、まだ、シエルが意識を保っている内に、耳元で囁く様に言ったのだった。


         *


 ユランは、シエルとゼンを気絶させると、ローブを脱ぎ捨て、それを裂いて簡易的な紐を作り、二人を縛り上げ、拘束した。


 邪魔者が居なくなった事から、ユランは早速、小屋の陰から中央広場を確認する。


 広場に集められた子供は全部で30人ほどだ。

 間を隔てる障害物がない為、その事は遠目からでもハッキリと確認できた。

 その子供達の周りを囲んでいるのは、大型の魔物が6体。

 

 (これは、非常にまずい状況だ)


 ユランは、自分の考えが甘かった事に気付かされる。

 広場を囲む6体の魔物は二本足で立っている。

 

 その魔物は、全身黒い体毛で覆われたゴリラの様に見えるが、異様なのはその腕で、身体から左右合わせて6本の腕が生えていた。

 

 魔物は基本的に『魔貴族』や『魔王』の眷属として生み出される存在で、知性を持たない。

 しかし、魔物の中にも格付けは存在する。

 四足歩行よりも二足歩行、より人間に違い外見を持つ魔物の方が、強力になる傾向がある。

 そう言う観点から見ると、中央広場に集まった魔物たちは、少なくとも『中級』程度の強さはありそうだった。


 そして、その6体の魔物の中心にいるのが、『魔貴族』だ。


 身長は190センチメートルを超えるだろうか、黒いタキシードに似た服を着用している。

 耳まで裂けた口が、その『魔貴族』が人外である事の証明の様だった。

 それ以外は至って普通の成人男性に見える。


 「あ、あいつ……」


 リネアは怨嗟の視線を『魔貴族』に送る。

 アイツも両親の仇だ。

 リネアは叫び出しそうになるのを、グッと堪えた。

 

 ユランは考えていた。

 

 (森で戦った魔物は『初級』程度の強さだった。でも、広場の魔物は少なくとも『中級』くらいの強さはありそうだ。『隠剣術』では辛いか……それに)


 ユランは『魔貴族』に視線を向け、観察する。


 (『初級』の主なら、大した事ないだろうと高を括っていた。あの『魔貴族』が『中級』の主だとするなら、『抜剣』を使ったとしても、私の『下級聖剣』では太刀打ちできない)


 今の、子供の身体のユランでは、使用できる『抜剣』はレベル1が限界だろう。

 それ以上は発動すら出来ない可能性がある。


 (『抜剣』の訓練をする時間がなかったのが痛手だ)


 また、ユランにとって謎なのは、森で倒した『低級』の魔物だ。

 『中級』の魔物は全てにおいて、『低級』の魔物に勝る。

 魔力の強さ、攻撃力の高さ、俊敏性、全てにおいてだ。

 『中級』を生み出せるなら、わざわざ『初級』を従える意味はない。

 あの『魔貴族』は、敢えて、全てにおいて劣る眷属を連れ歩いていると言う事だ。


 ユランは、色々と考えを巡らすが、結局のところ、相手を全滅させなければ終わらない戦いだ。

 

 心を決めるしかない。


 「とりあえず、『抜剣』は温存して『中級を』全部倒すしかない……上手くいくかわからないが、アレを試すしかないか」

 

 ブツブツと呟いているユランを、リネアとミュンが心配そうに見ていた。


         *


 心配そうにユランを見守る二人に、「ここで待っていて。僕は、行ってくるよ……アイツらをやっつけてくるね」と、微笑みかけるユラン。

 心配する二人を安心させようと、向けた笑顔だったが、二人の反応は又もや対照的だった。

 

 リネアは、心配しつつも、ユランに何かを期待する様な眼差しを向けている。

 

 (ユランくんなら、お父さんとお母さんの仇を取ってくれる。私の『英雄』だもん)


 森の中で、最初こそ引き留める様な事を言ったリネアだったが、リネアの中で、これまでの経緯(魔物の撃破、シエルとゼンに勝利)から、ユランに対する絶対的な信頼が生まれていた。


 一方、ミュンは、ユランの事が心配で、引き留めようと手を伸ばす、が、


 伸ばした手が、途中で止まる。


 ミュン自身も理解していた。

 

 無力な自分は、ユランの命が危険に晒されるとしても、彼に頼るしかない。

 この場を解決できるのはユランしか居ないのだ。


 ミュンは、ユランを引き止める事もできず、伸ばした手を引っ込めた。


 (ユランくん……ごめんなさい。一緒に戦いたいのに……私には力がない。アナタに頼るしかない、無力な私を許してください。そして、どうか無事に帰ってきてください……)


 溢れる涙を止めようともせず、ミュンはユランを見送る。


 ユランは、左腰に携えていたサブウェポンを引き抜き、小屋の陰から飛び出す。

 

 未だに、こちらに気付いていない『魔貴族』や『魔物』に向け、疾走する。


 姿勢を極限まで低くし、滑る様に大地を駆けた。

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