第6話 剣道場
「よーし、着いたっと」
階段を上りきったところで無造作に下ろされる。コンクリートで腰を打った。痛い。腰を擦りながら刀哉を見上げると、コイツはやけに引き締まった顔つきで剣道場の扉を睨みつけていた。目線に釣られる。
さすが運動に力を入れている高校なだけあって、剣道場も立派だった。重々しい緑の鉄扉。その上に木の板が張り付けられている。書かれている言葉は『剣道場』。尻もちをついて見上げる形になっているせいか、やけに大きく見える。
ごくり、と生唾を飲み込んだ。一方、刀哉は獲物を前にした肉食獣のように瞳を輝かせている。僕を見ている時よりも目力が増している気がした。
「知ってるか? ここの剣道部の部長さん……
「個人で? そりゃすごいな……」
リアクションを取ってしまったことが間違いだった。
刀哉はにやり、といやらしい笑みを浮かべながら僕を見下ろし。
「だろ? 気になるだろ? んじゃ行くぞ剣道部」
「待て。それとこれとは話が別──っふぐぁ」
再びのヘッドロック。ギブアップのつもりで刀哉の腕を叩いていると。
「ぜぁああああああ!」
と、鉄の扉をも震わせかねない男の裂帛の声が奥から聞こえてきた。
それに少し遅れて、ドン、ドドン、パン、パシン、と何か重たいものが床にぶつかるような音と、乾いた木と木が激しくぶつかるような音が聞こえてくる。
音の正体はすぐに分かった。剣道の音……踏み込みと、竹刀が炸裂し合う音だ。
竹刀同士がぶつかり合っているということで、少なくとも一人ではない。
その様子を刀哉にも伝わったようで、
「お、やってるやってる! いいねぇ、テンション上がるねぇ!」
刀哉が「頼もォう!」と扉を開けて中に入っていく。ここで踵を返して一目散に逃げるべきだろうが、そうすれば刀哉は絶対追いかけてくる。地の果てまで追ってくる。足の速さで僕に分があったのは中学までだ。今はどうか分からない。観念するしかなさそうだ。
まぁいいや。見るだけ見て、入部しなきゃいい。それだけの話だ。
はぁ、とため息を漏らして刀哉の後に続く。
その間に刀哉は道場への一礼──道場に入った時の礼儀──を済ませていた。好戦的であっても礼儀は欠かさない。刀哉のこういうキチンとした一面も強さの要因だろう。
僕もおじぎをし、中の稽古を見る。二十人近くの剣道部員が防具を着けたまま試合場を囲むようにして着座していた。全員の呼吸が荒れている。相当激しい稽古をしていたに違いない。
そして、部員たちが見つめるのは、試合場で剣を交わす二人の人物。
一人は背が高い……というか、ゴツイ。身長一八〇センチメートルくらいだが、全身を覆っている筋肉の厚みが、これまでに熟してきた鍛錬の密度を物語っている。
すごい、あの体は余計な脂肪なんて一切ない、まさに剣道に特化した肉体だ。
腕の太さ、首の太さ、胴回りの筋肉の付き具合……長年、道着と防具を身に付けている人を見てきた。直接体を見ずとも、その人がどのような肉付きをしているかはすぐ分かる。その中でもあの人はズバ抜けて体が完成している。
そしてもう一人はやたらと背が低い……間違いなく一六〇センチメートルに届いていない。下手したら一五〇センチメートルもないんじゃないか。それに華奢だ。あのような体格では、ガタイの大きい相手の人に軽く弾き飛ばされてしまうだろう。
体格、リーチ、圧倒的な差がある。力も速度も相手にならないのではないか。
そう思った。
そう思ったのに、何故だ。
ガタイの大きい人よりも、小さい人の構えに目が吸い寄せられるのは。
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