第15話 カフェ
先日、無事にオーレリアへ謝罪をすることができたが、僕には謝らなければならない人物がもう一人いる。
「ノア、無理矢理髪を切らせて悪かった!」
そう言って、僕は目の前に立つノアに頭を下げた。
ここのところスキンケアグッズの商品化に関する会議や打ち合わせでノアは忙しく、この研究室で会うのは久し振りだ。
「殿下、頭を上げてください! 僕は髪を切ってよかったと思っているんですから!」
「だが、それは結果論だろう? ノアの事情も省みずに無理強いしたことに変わりはない」
僕が髪を切ろうと言い出した時、無理強いはよくないと言ってクライドが制止した。
その意見が正しかったのだと、今になってようやくわかったのだ。
「でも、殿下くらい強引じゃないと僕は変われなかったと思うんです!」
「…………」
その紅い瞳がじっと僕を見つめる。
「たしかに髪を切ってから奇異の目で見られることは増えました。だけど、それ以上に見目がよくなったと褒められることのほうが多くて……。それに、身だしなみにも気を遣うようになりましたし、少しだけど自分に自信を持てるようになったんです」
言われてみると、これまではシミが着いたよれよれの白衣だったのに、今では糊のかかった真っ白な白衣に靴だって綺麗に磨かれていた。
「だから、そんなふうに謝らないでください」
「……ああ、わかった」
僕の返事を聞いたノアは、ふわりと笑みを浮かべる。
その笑顔を見て、髪と眼鏡で顔を隠していた時よりも、表情がよく見える今のほうが彼の魅力が増したのは確かだろうと思えた。
「それで、その……実は殿下にお礼をしたいと思っておりまして……」
「お礼?」
もじもじしたノアの様子を不思議に思いながら聞き返す。
こちらがお詫びをする状況なのに、まさかお礼がしたいと言われるとは思わなかったからだ。
「殿下、甘いものはお好きですか?」
◇
ノアが連れてきてくれたのは、街にある人気のカフェだった。
焼き菓子の甘い匂いが漂う店内は、壁もテーブルも椅子も全てが白で統一されている。
窓際の席に案内された僕とノアは、テーブルを挟んで向かい合って座り、店員に渡されたメニューを開く。
ちなみに、買い物がしたいと言っていたクライドとは街に着いてから別行動中である。
「デザートだけでこんなにも種類があるのか!」
メニューに書かれた文字とイラストを目で追いながら、僕は思わず感嘆の声を上げる。
「好きなものを選んでくださいね」
そう言って、ノアはニコニコと微笑んでいる。
以前、ノアの髪を切りにこの街を訪れた際、物珍しそうにカフェを見つめていた僕の姿をノアは覚えていたらしい。
そこで、お礼としてこの店に僕を連れてくることを思いついたそうだ。
ずっと厳しい食事管理を強いられていた僕は、街のカフェどころか、王立学園内のカフェテリアにすら足を踏み入れたことはなかった。
食べたいものを自分で選ぶことができる。
しかも、それが長年禁止されていたものばかりなのだから、期待で胸が踊ってしまうのは仕方がないことだろう。
「じゃあ、イチゴとキャラメルのパンケーキにチーズタルトとワッフルのバニラアイスのせとプリンアラモードを頼む」
本当は全メニューを制覇したいところだが、今回はノアが支払いをしてくれるのだ。多少は遠慮するものだということくらい僕にだってわかっている。
すると、そんな僕を驚いた表情でノアが見つめていたが、店員に促されると慌ててメニューに視線を落としながら口を開いた。
「ええっと、僕は本日のケーキセットを……」
店員に注文を終えてしばらくすると、運ばれてきたデザートでテーブルの上がいっぱいになってしまった。
さっそく目の前のワッフルをナイフで切り分け、バニラアイスをのせて口へ運ぶ。
焼き立てのワッフルの温かさと、バニラアイスのひんやりとした冷たさが口の中で混ざり合う感覚に、僕は思わず目を見開いた。
「美味しい……!」
それからは、夢中になってデザートを次々と平らげていく。
パンケーキはふわふわで、キャラメルソースが染み込んだ部分は甘みが強いが、添えられたイチゴの酸味と合わせるとちょうどいい。
プリンはカラメルの苦みがいいアクセントになっているし、チーズタルトのサクサクとしたクッキー生地の食感は癖になり、もう一切れ注文したいくらいだった。
「殿下は甘いものが本当にお好きなんですね……」
全てのデザートを食べ終え、ようやく一息ついた僕に、呆気に取られたような表情のノアが口を開く。
「実は、カフェに入って好きなものを自分で注文したのは今日が初めてなんだ」
「ええっ!?」
「それで……つい、はしゃいでしまった……」
最初は全メニューを制覇などと思っていたが、実際に食べてみると四皿でお腹がいっぱいになってしまう。
それに、僕のようにたくさん注文をしている客が他に見当たらず、今さら恥ずかしい気持ちが湧き上がった。
「殿下が喜んでくれたなら嬉しいです! それにしても王族は大変なんですね……。あ! もしかして今日も毒見が必要でしたか?」
「いや、もう僕には必要ないから気にするな」
もちろん毒見役が存在するのは事実だが、僕の場合は事情が違う。
だが、わざわざそれを説明する必要はないだろう。
(まあ、今の僕に毒見が必要ないことは事実だしな)
王位継承権を剥奪され、王都を追放された僕を毒殺するメリットはないからだ。
「それより、ノアが食べていたシフォンケーキの感想を聞かせてくれ」
それからはノアと他愛もない会話を楽しんだ。
そして、クライドとの待ち合わせの時間が近づき、会計を済ませているノアの隣で何となしに周りを観察する。
(あ………!)
すると、持ち帰り用の菓子を購入する女性の姿を目にし、以前は自分用の菓子を買うつもりだったことを思い出す。
今やアイザックに食べさせてもらうことが当たり前で、すっかり忘れてしまっていた。
しかし、満腹だからなのか、自分用の菓子を買う気がなぜか起こらない。
それより、『甘いものが苦手な人にもおすすめ』と書かれたクッキーのポップに目を奪われてしまう。
(そういえば、甘いものが苦手だとか言っていたな……)
頭に浮かぶのはアイザックのこと。
それと同時に、オーレリアの謝罪の場に同席してくれたのに、何もお礼をしていないことにも気がついた。
「さあ、行きましょうか」
「……ちょっとだけ待っていてくれ」
僕は慌てて持ち帰り用のクッキーを購入する。
カフェを出て、クライドとの待ち合わせ場所へ向かっていると、ノアがチラチラと僕の持つクッキーが入った袋に目を遣る。
「殿下、先程買われたクッキーはご自分用ですか?」
「ああ、これはアイザックへの
本当はお礼の品でもあるのだが、オーレリアが領地を訪れたこと自体が機密であるため、土産だということにした。
「アイツは僕に毎日菓子を食べさせるくせに、自分は甘いものが苦手だと言うから」
「え……? 毎日? でも、殿下はカフェに来たのは初めてだと言っておられませんでしたか?」
「初めてだ」
「じゃあどちらで……?」
「ん? 僕の部屋で食べさせてもらっているぞ」
そう言った途端、ノアは目を見開いて足を止める。
「ま、毎日……殿下の部屋で? 二人きり?」
「ああ」
「ええっと、お菓子の受け渡しを……?」
「それが何度自分で食べると言っても、アイザックが手ずから食べさせてくるんだ」
「は?」
困った奴だろう?と言いながらノアを見ると、その顔面は蒼白になってしまっていた。
「どうしたノア?」
「あの、まさかアイザック様と殿下が恋人だとは露知らず……」
「恋人!?」
まさかの発言に僕は驚くが、そんな僕を見たノアもまた驚いた
「逆に恋人でないなら、一体どのような関係で……?」
「…………」
そう言われてしまうと、何と答えればいいのか僕もわからなくなってしまった。
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