小さな違和感
なんとか本部を抜けて出た冴木は都の部屋のドアをノックした。
返事がない?
廊下に誰も居ないのを確認し、
「梨湖様ー?」
と呼びかけ、ドアを開ける。
あの書棚の前に梨湖は立っていた。
顔だけをこちらに向けている。
肩から流れ落ちる黒い髪に白い小さな顔。
いつもと同じはずなのに、何か違和感を覚えた。
梨湖はその小さな口を開いて言う。
「貴方、今、なんて言ったの?」
身体ごと向き直り、自分を見た。
「貴方―― 冴木康介……?」
冴木は息を呑む。
彼女はゆっくりと自分の許へと歩いてきた。
「あの女に今まで私の身体を使わせてたのね」
冷めた眼で自分を見上げ、ふん、と鼻を鳴らす。
「どうせなら殺してくれりゃよかったのに。
あの女に勝手に身体を使われることの方が屈辱だわ」
「……児島、都?」
そうよ、と都は嗤う。
おいっ、と冴木はその両腕を強く掴んだ。
「梨湖様は何処だっ!?」
「知らないわよ! 離しなさいよっ!」
と都は強引にその手を振り解く。
邪気のない笑顔で自分を見上げていたのと同じ顔で、鬱陶しげに髪を払い、彼女は言った。
「だいたい、今更あの女捜してどうすんのよ。
どうせ、もうあの身体ボロボロじゃない。
今更、あれに戻したって、一瞬だって持ちゃしないわ!」
そんな都の言葉を無視して、冴木は背を向ける。
「ちょっと! 何処行くのよ!
此処にあったニンギョウ、返しなさいよ!」
「お前になど渡せるか」
「あんたが持ってたって仕方ないでしょう!?」
冴木はドアを開けたところで振り返り、言い捨てる。
「お前こそあの力を持っていたって仕方がないだろう。
もうお前に殺人を続ける理由なんてないんだからな」
「……あるわよ」
「なに?」
「あんた、あの女の魂を呼び戻す気ね?
もし、あいつが蘇るのなら、私はあいつを苦しめるためならなんだってやるわ。
桜井孝子だって、今度はちゃんと息の根を止めてみせる!」
高笑いする都の許に戻り、その腕を変色するほど掴んだが、都はそのまま見返してきた。
だが、こんなことをしている場合ではないと、怒りをぶつける前に、手を離す。
急がなければ!
早く梨湖様の魂を捉えなければ、神護山に吸い込まれたら、どうにもならなくなる!
梨湖は自分は穢れているので、あの山には呼ばれないと思っているようだが、そんなことはない。
梨湖の魂は長い間、山のいにしえの神とお互いが補い合い、融合してきた。
下手したら、恵美子以上に、山と一体化してしまうかもしれない。
「――そんなに急いで何処へ行くの?」
静かに、そう都が問うた。
「うるさいっ!」
とドアを閉めようとしたとき、彼女はもう一度問うてきた。
「そんなに急いで、何処へ行く気だ? 冴木」
冴木は振り返り、息を呑む。
「……梨湖様」
『都』は、いつものように腕を組み、少し顎を突き上げるようにして、こちらを見下ろしていた。
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