時間稼ぎ
本部に戻り、冴木は丸山秋実に関する追跡調査をチェックしていた。
「あの、管理官。
確かに今、丸山は姿を消しているようですが、なんでまた、突然、丸山を?
それに板倉殺しは確かに現場は近いですけど、直接うちとは関係ないはずですが」
不思議そうに部下のひとりが訊く。
所轄がやっている板倉殺しに何故、首を突っ込むのかと言いたいようだった。
それに、秋実が今姿を消していることと、とっくの昔に別れた板倉と、果たして関係あるものかと疑っているようだった。
冴木は顔も上げずに、
「勘だ」
と言い切る。
溜息が聞こえたが、誰かが彼に近づく気配がした。
「まあまあ、管理官の勘はいつも当たるじゃないか。
今は丸山を探そう」
ちらと目を上げて確認する。
松田だった。
一連の事情は宮迫たちから聞いている。
何か言っておこうかと松田に対して口を開きかけたとき、携帯が震えた。
胸ポケットから取り出して見ると、児島家からだった。
また都の母親か? と舌打ちしながら出る。
所詮、都の母親であって、梨湖の親ではない。
自分には、梨湖のように、すぐに相手のいいとこを探し出すような芸当は出来ない。
最初の印象は拭えないままだ。
しかし、出てみると、相手は意外にも梨湖本人だった。
秋実のことがどうなったか訊いてきたようだった。
『厭な予感がするんだ。
火曜日零時を過ぎて夢に現れ、土下座してきた板倉に』
何故、板倉がそこまで追い詰められたのが、火曜日だったのか。
火曜日――。
前回の死体が見つかったのが火曜日だ。
あの事件が模倣犯の仕業なら、以前の犯行が常に木曜であったのになぞらえ、また火曜に死体を置こうとするかもしれない。
だけど、今度も実行犯であった板倉は、もう死んでいる。
しかし、この火曜日に、秋実が姿を消したことが妙に気になっていた。
『私、そっちに行きたいな』
ふいに梨湖はそんなことを言った。
「幾らなんでも本部は――」
そんなに気が急いているのかと問いかけようとしたとき、彼女は言った。
『ちょっと家で待ってるの不安なんだ』
「え?」
『言ったろう。
私、昨日、知らない間に、本棚の前に居たんだ。
都が目覚め始めているのかもしれない。
いきなり私の意識が都に飛ばされたら、どうしたらいいんだ』
自分のことではなく、都の処遇について戸惑っているようだった。
殺人鬼、児島都をこの先、どうしていったらいいのか。
『まあ――
私は此処追い出されたら、神護山の近くにでも居るよ。
あの山自体は神聖すぎて、私は入れないかもしれないけどな』
と冗談ともつかないことを言って笑う。
すべてが梨湖の滅多に吐かない弱音に思えて、冴木は気が焦ってきた。
電話を切ったあと立ち上がろうとしたとき、内線で呼び出しがかかる。
不機嫌に出ると、相手は富樫だった。
冴木が使用しているロッカーの異常を訴える。
「はあ? 飛び出した?」
あのニンギョウめ――!
今此処で術をかけなおすのは厄介なので、小声で富樫に言った。
「それは重要な証拠物件なんだ。
他に知れたらまずい。
前に言ったように、他の連中には黙っておけ。
ああ、山野と代われ」
山野にも同じ台詞を言う。
『前に言ったように、他の連中には黙っておけ』
前に言ったように、に力を込めた。
それは暗示を呼び出す一種の記号のようなものだ。
たいした力がなくても行える。
『……はい』
と山野が言った。
少しはこれで時間が稼げるはず。
完璧ではないので、誰かにニンギョウのことを訊かれたら、それが切っ掛けとなって、術が解け、しゃべってしまうかもしれない。
さっさとしまっておいてくれればいいんだが。
すぐに監察医務院に行くのは無理か、と腕時計をちらと見る。
秋実を追わなければいけないし、梨湖の様子も気になる。
しかし――
何故、ニンギョウは飛び出したんだ?
自分の力でか?
それとも……
目覚めたあいつが呼んでいるのか?
「都……お前にニンギョウは渡さん!」
冴木はギリッと音が出るほど受話器を握り締めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます