声――

  


 宮迫は少し落ち着いた孝子をブロック塀に寄りかからせる。


 彼女は苦しそうに目を閉じていた。

 まだゆっくりと霊が抜けている途中なのだろう。


 霊本体はもう消えていた。


 斉藤怜奈の呼び出しには失敗したか、と溜息をもらす。


 しかし、結局どういうことなのか。


 前回の一連の猟奇殺人事件の犯人は児嶋都だけではなかった。


 では、今回の事件の犯人が、あのとき特定し損ねたもう一人の犯人かと言うと、そうではないような気もする。


 今回の被害者の死因は交通事故で、犯人は死体を此処に運んで殴打し、一連の事件と同じように見せかけただけだからだ。


『死んでいたのに殴られた』という梨湖がした辻占の結果のひとつが確かだったことがこれで証明された。


 そして、もうひとつの結果――


 かどうかはわからないが、斉藤零児。


 斉藤零児と前回の事件の被害者の間には、警察も知らなかった関係があった。


 被害者のひとり、斉藤怜奈と斉藤零児はかつて姉弟だったのだ。


 ところが、実際には取り違えられていた他人の子であった零児は、その事実を公けにしないまま、そっと元の家に返されていた。


 彼の元の名は『加藤健太』。


 もっとも、頻繁に父親が変わっていたので、『加藤』という名字も、そのとき、たまたまそうだったというだけなのだが。


 彼の後、健太を継いだ元々の『斉藤零児』はバイク事故で死亡し、それが切っ掛けで、それぞれの家族は離散した。


 表向きには、接触を持っていなかったとしても、零児が元の家族とこっそり会っていた可能性はある。


 そうでなくとも、姉の死を知り、零児が事件に関わろうとした可能性も――。


 だとするなら、やはり、辻に死体を置いたのは零児なのか?


 たまたま交通事故で死亡していた。或いは自分が死亡させていた女を此処に連れてきて、再び、連続殺人犯が復活したように見せかけた。


 縮小しかけていた捜査本部とすべてを忘れかけていたマスコミを揺り動かすために。


 しかし、それでは、前回の事件の児島都以外の犯人は誰なんだ?


 それに――


 まあ、偶然だろうが、何故、二人の名は『斉藤零児』と『斉藤怜奈』なのか?


 同じ名字だったからこそ、そんな事実を知る前から、ふたりを結びつけて考えてみたりもしていたのだ。


 そう思ったとき、ふいに、ノイズのようなものが聞こえた。


 耳のすぐ側。


 誰ガ


 誰ガ イイカト 聞カレタカラ。


 アノ人ガイイト 言ッタノ


 ダッテ 名前ガ素敵ダカラ――。


 ノイズに混じって聞こえる女の声。


 ふっと見たこともない店のカウンターが浮かぶ。


 派手だが美しい女がカウンター越しに微笑みかけてきた。


『どの人がいいと思う? 怜奈』


 どうやら困ったことに、この母親は、娘に次の結婚相手を選ばせているようだった。


 自分では決めかねているらしい。


 血の繋がりはないはずだし、受ける印象も違うのに、やはり、何処かが零児と似て見えた。


 長年共に暮らしてきた『家族』だったからだろう。


『私、斉藤さんがいいわ』


 あら、そうお? と母親は意外そうな顔をする。


 ダッテ 名前ガ 素敵ダカラ――。



 斉藤怜奈。


 君は……。



 アイツガ来ル――。


「えっ?」


 ふいに声だけしか感じられない怜奈の気配が変わった。


 キライ キライ

 アイツ キライ。


「あいつって……」


 そのとき、研ぎ澄ませていた神経が、強い白い光を捉えた。


 小型の車がついて、そこから、梨湖と矢島と噂の世賀谷徹が現れた。


「いやー、すまんすまん。免許証忘れてたから、歩いて迎えにいったんだが、途中でこの車とすれ違ってな」


 矢島が大きな声で言い訳しながらやってくる。


 宮迫は三人の姿を見ながら思った。


 誰なのだろう。

 今、怜奈が嫌がったのは。


 矢島? 世賀谷徹?


 それとも梨湖か――。


 或いは、児島都。


 さっきの辻に居た女は、恐らく背後から跳ね飛ばされ、魂として殴られているという意識はあっても、犯人の顔は見ていない。


 だが、怜奈は自分を殺した犯人の顔は見ているのではないか?


 では、怜奈が嫌っているのは、自分を殺した児島都なのか。


 しかし、手を下したのは、あくまでも、板倉のはずだが。


「斉藤さん、斉藤怜奈さん」


 誰も居ない空間に向かって呼びかける宮迫に、矢島が誤魔化すために浮かべていた作り笑いを引きつらせる。


「……まーた、始まったよ」





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