核ミサイル

 あれからレジスト国の暴政は悪化し、サムは核ミサイルの実験に手を出し始めた。ミサイルはまだ試験段階であり、実際に国土となる土地には着弾していないが、それでも地球国に警戒されるには十分である。あの平和に麻痺した大衆でさえ、貿易に制約を設けることを望み始めた。結果、地球国は、レジスト国に対する金属と半導体の輸出を停止することになった。


 無論、表向きで貿易が止まっただけでは、根本的な解決にはなっていない。一部の国民は、当然の不安を口にする。

「誰かが資源を横流しにしている可能性もありそうですよね」

「密輸業者とかが、サム・エドウィンから大金を受け取って、金属や半導体を明け渡している可能性も……」

「あの国を放っておいたら、どうなるかわかったものではありませんね」

 それはあまりにも遅すぎたものの、人々は紛れもなく危機感を覚え始めていた。



 この件を受け、弓狩ゆかりも頭を抱えている。

「物騒な世の中になってきましたね。それに、貿易が続いている以上、レジスト国に金は流れるのでしょう?」

 そう――サムが金を手にすれば、それだけでレジスト国は密輸業者と癒着できるのだ。無論、それは地球国に対する売国行為ではあるが、秘密裏に行われていることまでは監視の目が行き届かない。


 一方で、玲威れいには相変わらずと言っていいほど危機感がない。

「案ずるな。あの小さな国に、楽園を潰せるだけの力はない。向こうがこちらに牙を剥くなら、こちらは核だって落とせる。分裂国家が生まれるのは経済的に好都合かも知れないが、弱い国であればいくらでも替えは利くんだ」

 確かに、純粋な軍事力だけで言えば、地球国はかなり強いはずだ。レジスト国以外のおおよそ全ての土地は、地球国が領有している。もっとも、それが裏目に出る可能性も、決してあり得なくはないだろう。

「し、しかし……大国に住んでいることに甘んじ、我が国民は慢心しているはずです。レジスト国が暴走しているという社会問題にすら興味を持たない国民が大半でしょう」

 先ほど不安を口にしていた者たちは、あくまでも国民のごく一部だ。庶民の大半は、社会情勢にアンテナを張らず、平穏な日常を謳歌していることであろう。ゆえに彼らには、警戒心がほとんどない。彼らの願うことが法となり、彼らが安全圏を確保し続けている世界では、彼らの危機管理能力が培われないのだ。


 それらの事実を踏まえても、玲威の考えは変わらない。

「大衆がそうであれば、それが正解だろう。下手に動けば、かえって余裕の無さが伝わることになる。悠然と構え、有事には圧倒的な武力を行使する。我々の楽園には、それが出来るのだから」

 楽園主義に傾倒している彼には、そんな考え方しかできなかった。彼の無責任な言動に、弓狩の堪忍袋の緒が切れる。

「福祉を破壊しなければ成り立たない財政を抱えていて、よくもそんなことが言えますね……」

 そう呟いた彼女の声色には、底知れぬ怒りがこもっていた。実際、今の地球国の財政には、ほとんど余裕がない。絶え間なく値上げするベーシックインカムにより、他の形での福祉が削られているのが現状だ。その上、その現状さえも、玲威の心を動かしはしないのだ。

「忘れたのか? 物事はやがてあるべき姿に収束する――それが私の哲学だ」

 彼の目に、迷いは一切なかった。そこには、ためらいの色さえ存在しない。ここまでの事態を招いてもなお、彼は己の正義を妄信し続けているのだ。

「……一体、貴方の何が、貴方を楽園主義に縛り付けているのですか?」

 弓狩は訊ねた。眼前の男の抱く執着には、必ず何かしらの理由がある――彼女はそう確信したのだ。


 しかし玲威は、何も打ち明けない。

「君には関係のない話だ」

 そんな返答をした彼の横顔は、妙な哀愁を漂わせていた。

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