血の広場
「情報統制やめろ!」
「情報統制やめろ!」
「情報統制やめろ!」
内心、その周囲の一般市民のうち何人かは、その声に賛同していたことだろう。しかし彼らには、声をあげる勇気などない。それもまた無理のないことだ。何しろレジスト国民は皆、サム・エドウィンのことを恐れているのだから。
一般市民の一人が、九龍の前に躍り出る。
「よせ! 将軍様に、なんてことを!」
もはやこの男にサムへの忠誠心があるか否かは、定かではなかった。仮に彼がサムに魂を売っていなかったとしても、デモ隊を止める理由はある。その場合、男はデモ隊の迎えうる結末を案じているということになる。しかし親友を不当に投獄されたこともあり、九龍は引き下がれない。
「どけ! 僕たちは、この独裁国家を変えなければならないんだ!」
そう叫んだ彼は、その目に底知れぬ使命感を灯していた。そんな彼を止めることは、サムの望むところだろう。まだ何も指示が下されていないにも関わらず、通行人たちは九龍たちを止めようとする。大なり小なり、そこにはサムに対する奴隷根性もこもっていたことであろう。
「将軍様に逆らうな!」
「ダメだ! なんとしても、情報統制をやめさせるんだ!」
「お前は、命が惜しくないのか!」
官邸前の広場は、まさに喧騒を極めていた。
この時、サムは官邸の食堂で贅沢な食事を楽しんでいた。七面鳥のオーブン焼きを中心に、食卓には様々な食品が並んでいる。無論、そんな至福のひと時だからこそ、騒音が余計に煩わしく感じられることであろう。
サムは側近に訊ねる。
「あの騒ぎはなんだ?」
元より、レジスト国は監視社会を築き上げている国家だ。当然のごとく、側近はデモ隊のリーダーの存在を把握している。
「彼らは情報統制に反対するデモ隊です。彼らを率いるのは
この国に住まう者が、プライバシーを守られるはずなどなかった。加えて、指導者は非常に傍若無人な男だ。
「ちっ……大人しくワシの養分になっていれば良いものを。反楽園主義者だけを重点的に集めても、結局は反乱分子が現れる。面倒だ!」
少なくとも、彼は側近に対しては本音を隠していなかった。一方で、側近も彼の性根に慣れているのか、まるで驚いた顔をしていない。
「いかがなさいますか、将軍様? 貴方の生活を豊かにするには、彼らの存在は邪魔になるでしょう」
「軍隊だ! 軍隊を向かわせろ!」
「承知しました」
サムに指示されたまま、側近はすぐに固定電話の受話器を手に取った。彼が番号を入力している最中にも、サムは指示内容を付け加える。
「九龍だけは生かしておけ! 奴には特別な刑罰を課す!」
何やら不穏な指示だ。もっとも、それは側近からしてみれば、恐れるに値しないものであった。
「承知しました……将軍様」
それから数分後、広場には軍隊が駆け付けた。彼らの多くはデモ隊に銃を向けるか、あるいは威嚇射撃をしている。半ば烏合の衆と化していた一般市民たちは、すぐにその場から離れていった。しかし九龍とその同志たちは、まるで怯える素振りを見せない。
「話し合いは、通じなそうだな」
リーダーである九龍がそう呟いた直後、デモ隊員たちは一斉に発砲し始めた。その動きを読んでいたかのように、軍隊も銃を乱射して応戦する。血飛沫が舞い、銃声に包まれる広場は、まさしく死屍累々を極めていた。
それからデモ隊が鎮圧されるまで、あっという間だった。広場の中央では、わき腹から流血している九龍が身柄を拘束されていた。
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