綺麗な花に導かれて

黒い猫

プロローグ


 いつも思い出すのはあいつの笑った顔。


 あいつは俺の事を「友達」と言ってくれたが、話したのはたった一度だけ。でも、その一回が本当に楽しくて。


 だから「また来る」なんて約束を柄にもなくした。本当にもっと色んな事を話したかったから。


 俺の好きな事もあいつの好きな事も興味のある事だってもっと聞きたかったし、聞けると思っていた。それでもっとお互いの事を知ってそれから……。


 そう考えていた。だって「普通」はそうだから。


 でも、それは「普通」で「当たり前の事」ではなかったとその瞬間になってようやく気が付いた。


 その日。夕方の日が傾いてその光に目を細めながら横断歩道を歩いていた。


 そして、突然大きなクラクションが聞こえ、顔を向けた頃にはトラックとの距離はさほどなかった。


 その後。俺は自分がどうなったのかを知らない。


 ただ、一言だけ言いたいのは「俺だって本当は『明日またここに来るな』と言った約束を守りたかった」という事だけ。


 それに、俺はキチンと青信号を確認した上で横断歩道を渡っていた。だから悪いのは確実に運転手の方だ。


 しかし、トラックと人間では当然人間の方が弱く、どうする事も出来なかった俺の脳裏に流れたのは走馬灯なんかではなく……あいつの顔だった。


 それと同時に「ああ、これはダメだ」と悟って約束を破ってしまうのは確定。出来そうにない……そう思った時にはもうすでに遅くて……。


 次に気が付いた時には俺は全く別の場所にいた。そこで俺は分かったんだ。


 ――ああ俺。死んだんだって。

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