人生を君に
Rin
プロローグ: 蓮の花
蓮司、という名前には蓮(ハス)が入っている。蓮の花は水の上で美しく、清く、華麗に、咲いている。しかしその水は汚れた水でないと美しく咲けないのだという。綺麗な水では、蓮は美しく大きな花を咲かせないという。
さてさて、それは本当かどうか、花には何の興味も知識もない俺には分からないが、俺は名前の通り、汚れきった場所でないと美しく咲けないらしい。
「どうして勝手にイったの?」
「うっ…ふぅっ…、ごめんなさい…、笹野さん…」
「ふふ、我慢ってのを覚えないといけないね、蓮司。…さ、これ、飲んで。もっと、気持ちが良くなるから。ね?」
何度も何度も快楽に流されて、頭はぼうっとしていた。何も考えられず、何もしたくなかった。口元に寄せられたシロップのような液体はもう飲みたくなどなかった。でも笹野さんの命令は絶対で、無意味な抵抗だって事は分かってはいたけれど、反射的に要らないと顔を背けてしまう。笹野さんは一瞬眉間に皺を寄せ、俺の頬を鷲掴んだ。無理矢理に口を開けさせられ、それを飲まされる。
「…っ…ん、…」
唇の端から少しだけ溢れた一滴を、笹野さんは舌で掬い上げ、楽しそうに目を細めて俺を見下ろした。
「美味しいね」
「……っ」
心臓が煩い。目の前がグラグラする。呼吸が荒くなり、体が異常なくらい熱い。笹野さんに触れられた場所は、酷く熱くて、敏感で、泣きたくもないのに涙が溢れた。
「どんどん気持ちが良くなるね? 私にどうしてほしい? 言ってごらん」
「…ひどく、して……笹野さん、」
目の前の快楽に縋って、どろどろで、何もかもがどうでも良くなる。男はそんな俺を見て、いつも楽しそうだった。微笑みながら俺の首に手をかけ、力を加えた。首が絞まり息が徐々に苦しくなり、涙目になる俺の姿をいつも愛おしそうに見下ろしていた。
部屋に充満した強すぎる甘い香り、飲まされた透明な液体、まぐわう前に飲んだ一粒のタブレット、全てが媚薬で、頭は何も考えられないほど快楽に支配されていた。
ベッドは軋み、俺は興奮の中で必死にもがき、喘ぎ、ジタバタとその快楽を飲み込む。男はいつも目を細め、口角をゆるりと上げ、甘く微笑みながら俺の瞳をじっと見つめた。その優しい笑顔の仮面を外せば、残忍な男の顔が現れる事を俺は知っていた。
俺は、いつかこの男に殺されるのかもしれない。
逃げることはできないのだと、分かっていた。だから俺はきっと、ずっと、この人の檻の中。最期は呆気なく訪れるのだろうと想像しては、ゾっとした。薬漬けで頭がおかしくなって廃人となり、壊れたオモチャのように簡単に捨てられるのか。はたまた、この人の怒りに触れて殴り殺されるのか。
まだ、俺は若い。人生これからの年だ。ついこの前、成人を迎えたばかりなのに、こんな男に捕まったせいで死を考えなければならないのだ。こんな汚れきった世界に足を踏み入れた俺への罰、なんだろうか。
汚れた場所なら綺麗に咲ける蓮の花。
自分の名前の花は、とっても清い。
けれど俺は清い心なんて、一万年経っても得ることはできないだろう。俺に清らかな愛なんてものはなくて、ただあるのは、欲望の中にぐるぐると存在し続ける醜い快楽だけ。愛なんてこの世にはないのである。あるのは滑稽な欲望のみ。俺が綺麗に咲けるのも、汚れた欲望があるからなのである。
そして蓮の花の花言葉には、離れゆく愛、なんてあるらしい。笹野さんの与える激しすぎるほどの快楽に溺れ、逃げることもできず、愛する人には振り向かれもしない。クソみたいな人生の中、俺は死ぬのかな。
………いや、そんなの嫌だ。
死にたくない。
殺されたくない。
…逃げよう。
逃げよう。逃げよう。逃げよう。
この人を、殺してでも、逃げよう……
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