第54話 シャーリー、暗躍する その2

 警察庁長官は執務室の革張りの椅子に深く腰掛け、いらだちを隠そうともせず身体を前後に揺らしていた。


「この俺を待たせるとは、一体何様のつもりだ……」


 独りごちながら、不快感が募る。だが、面会相手は国家公安委員会からの要請で訪れる人物だ。無視するわけにはいかない――それがどれほど腹立たしい状況であろうとも。


 そんな中、ドアを控えめにノックする音が響いた。続いて、扉が開くと同時に一人の人物が無造作に入室してきた。


「……何だ、これは?」


 長官の目に飛び込んできたのは、見慣れない奇妙な姿だった。ファンタジーゲームに登場するような、学校制服を模した衣装。そして脇には細身の剣を携えている。


「セキュリティは何をしているんだ!」


 長官は心の中で怒鳴りつける。こんな不審者を通すとは何事だ。だが、入室したその人物――金髪で端正な顔立ちの美女――の姿には、不思議と場違い感を超えた威厳すら漂っていた。


「初めまして」


 彼女は堂々とした態度で言葉を紡いだ。その声は妙に耳に残る響きを持っていた。


「ここに女性を呼んだ覚えは……」


 長官は動揺を隠せず、どう反応していいのか困惑した。この柔らかな微笑みを浮かべた金髪の美女が、本当に国家公安委員会が指定した面会相手なのだろうか?


 だが、一般人がこの警察庁の中枢までたどり着けるはずがない。正規の手続きを経た相手である可能性は高い。しかし、その見慣れない装いと、場違いなほどの存在感に、長官の頭の中は混乱を極めていた。


「失礼ですが、どちら様で――」


 言葉を紡ごうとした瞬間、その美女が柔らかい声で自己紹介を始めた。


「ホワイトリリー、十二騎士筆頭、シャーリー・ルイーズと申します」

「ホ、ホワイト……!」


 長官の顔が青ざめた。あの組織――の名前を聞いた瞬間、血の気が引いていくのがわかる。驚愕のあまり椅子を跳ね上げ、転げ落ちるように美女の前まで進み出ると、膝をついて深々と頭を垂れた。


「申し訳ございません!  知らぬこととはいえ、このような無礼を……!」


 その姿勢に、シャーリー・ルイーズは微笑みを絶やさず、優しい声で応じた。


「気にしないでください。この場には、あなたの粗相を責める者は誰もいません。どうぞ気を楽に」


 その言葉に安堵しつつも、長官の胸中ではさらなる緊張が広がっていく。この面会の目的が何であるにせよ、事態が尋常ではないことだけは明らかだった。


 長官は、無礼を犯さないよう細心の注意を払いながら言葉を選んでいた。自身の経歴が、実力ではなく金とコネで築き上げられたものであることを自覚しているからだ。


 ホワイトリリー――その名前について細部までの知識はない。しかし、与党や官僚、この国の中枢に深く浸透し、「絶対に逆らってはならない組織」であることだけは十分理解していた。


「用件なのですが」


 シャーリーが口を開く。その柔らかな声に、長官はかすかに身を強ばらせた。


「今月末、ホワイトリリー内で大規模な儀式が行われます」

「儀式……でございますか?」


 長官は問い返しながら、胸中に不穏な感覚が広がる。


「はい。儀式です。その前後、国内が少し『騒がしく』なるかもしれません。しかし、無視していただきたいのです」

「騒がしい……。無視……」


 シャーリーの言葉の真意を測りかねた長官は、額に冷たい汗を感じた。不法なデモか、あるいは何かの集会だろうか?  いや、そんな穏やかなものではないはずだ。公安委員会を通じてわざわざ自分にまでこの話が持ち込まれる以上、事態はもっと深刻だ。


「その話……防衛省の背広組や制服組には……」


 長官は慎重に言葉を選びながら尋ねる。


「話はしております」


 シャーリーの端的な答えに、長官は心の中で安堵とも緊張ともつかぬ感情を覚えた。


「そう……ですか……」


 ならば、自分の役割は明確だ――「無視」すること。ホワイトリリーがこの国に「巣食っている」組織だとしても、自分にとって重要なのは、地位と利益の保持であり、この国の未来に対する関心や意志は毛頭ない。


「各県警本部には、通達を出しておいてください」

「私に責任が降りかかるような事態にならないよう願いたいのですが……」


 淡々と告げるシャーリーに対し、長官の問いにはわずかな震えが混じる。


 それを見て取ったシャーリーは、穏やかな微笑を浮かべながら応じた。


「それはありません。むしろ、私たちの言う通りにしなければ、長官ご自身の身が危うくなるでしょう」


 その一言で、長官の決意は固まった。


「了解いたしました!」


 彼の声は上擦り、どこか必死さが滲んでいた。

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