第43話 女王陛下 その2
女王は、俺に抱きついたまま離れない。五分たったところで、さすがにどうしたのかと心配になり……。俺は、おずおずと声をかけた。
「あ、あの……。女王様……」
「二人きりのときは、美咲とお呼びください、晴斗さま」
女王様……美咲が、俺の胸に顔をうずめたまま、つげてきた。その美咲は、俺にぴったりと密着したまま、離れようともしない。
「え? 美咲……? だってそんな名前なら、目とか髪とか……」
「目はカラーコンタクトで、髪は染めているのです。本物の私は、黒目に黒髪なのです」
「ほんとうに?」
「はい。今は亡き父母は、当初は小さなNPO法人だったこの組織の設立者になりますが、私個人はそれを継いだだけの、普通にどこにでもいる少女なのです」
俺の胸に顔をうずめながら説明してきた美咲。このまま抱き合っているわけにもいかない。俺は、その美咲に声をかけた。
「このままではなんですので……。立派なソファもあることですし……」
「そう……ですね。私としたことが、我を忘れてしまいました。ソファに座りましょう」
その美咲の言葉にしたがって、俺たちはソファに座った。隣の美咲は、俺にぴったりとよりそって、肩をあずけてくる。
「謁見は申し訳ありませんでした。周りの目がありますので、私が上、晴斗さまが下という形をとらせていただきました。ですが、晴斗さまを対等な立場として夫に迎え入れることに変わりはありません」
「俺、ほんとうに美咲さんの夫になるってこと?」
「はい。そのとおりです。本当なら、すぐにでも晴斗さまをお迎えしたかったのですが、組織内の同意を得るのに時間がかかってしまったのです。一ヵ月後に婚姻の儀がありますが、最後には最高幹部たちの意志を無視して私の一存を貫きました。晴斗さまやその晴斗さまを夫に選んだ私に対する不満もくすぶっておりますが……。無視いたします」
きっぱりといいきった美咲の髪がはらりと揺れて、俺の手をくすぐった。
「別の場所での定例会があるので、明日の朝にはここを立たねばなりません。ですが、今宵は晴斗さまと二人きりです」
美咲はいいながら俺の手をとって、それを自分の顔に当て、愛おしいという様子でほおずりをする。それから美咲は、身体を倒して、俺の膝の上に横になってきた。ちょうど、俺が美咲を膝枕する体勢になる。
「いいのか? 女王様がこんなことをやっていて」
俺がたすねると、美咲はふふっと子供っぽく笑って、ゆっくりと目を閉じた。
「いいのです。女王という役目は疲れます。いま、晴斗さまといるときだけは、こうして癒していただけると……」
美咲は最後までいいきらずに、すうすうと寝息を立て始めた。風の噂に、この女王美咲は過密スケジュールで、同じ場所に三日といない。一日の睡眠時間は四時間だと聞いたことがある。
俺は、その、子供の顔で寝息を立てている美咲の銀髪をなでる。髪は染めて、目もコンタクトだという。
俺は意図をもって、この組織に乗り込んできた。その俺に、お慕い申し上げてますと言ってきた女王美咲。俺は、この少女の気持ちがわからなかった。
初対面なのに、俺の事が好きだという。ホワイトリリーの女王が、いっかいの学園生をだます意味や価値は、なにもない。だからおそらく、この少女が見せている気持ちはほんものなのだとも思う。
ならばなぜこの少女は俺の事を……。そこまで考えてから、美咲の寝顔に目をやった。素直であどけない少女に見えた。この少女は、ほんとうに普通の女の子で、表では組織のために頑張っているのかもしれない。俺は意図をもってここにもぐりこんできて、お世辞にもこの組織を好意的には思えないが、それとは関係なくこの少女に酷いことをしないで済めばいい。そんなことをふと思ってしまった、応接室のひとときなのであった。
◇◇◇◇◇◇
それから、夜には二人で晩餐を囲んだ。豪華で瀟洒なフレンチのコースで、美咲はそれほどたくさん食べなかったのだが、俺はお腹がすいていたのでたらふく食べてしまった。
「今晩の為にも、晴斗さまには精力をつけていただかないと。私も、睡眠はさきほどの応接室で十分補給いたしました」
大勢の前では威厳のある女王陛下である美咲が、少女のように嬉しそうに表情をほころばせたのが、とても印象的だった。
◇◇◇◇◇◇
それから、俺と美咲は別々に、湯あみで身体を清めた。大浴場に男は俺だけ。その周りを女性の侍従たちに囲まれ、身体のすみずみまで丁寧にじっくりと洗われてしまった。もちろん、前も後ろも、俺自身の部分まで隙間なく。
「女王陛下とのお勤めに、粗相があってはなりません。晴斗さまの身が汚れていたら、私どもの責任問題になります」
俺をピカピカに磨き上げた女性たちが、一同に並んで礼をして、俺を浴室から見送ってくれた。それから、脱衣所で真っ白な洗い立てのローブをまとわされた。一見、身を清めているようにみえて、ボディチェックの意味あいもかねているようにも思えた。
ここまで、常に侍従たちにみはられて、刃物などを仕込む隙はまったくなかった。持っていたとしても、ハダカにひんむかれた時点でバレてるだろう。もちろん俺には、美咲を傷つけるつもりもないし、その意味もない。そして、みはられる――導かれるようにして、寝室にまでたどり着いたのだった。
広い室内のど真ん中に、天幕張りのベッドが置かれていて、その上で一人で待つように言われて三十分。部屋の扉がギィと開いて、侍従に守られるようにして美咲が入ってきた。
「では。お勤め、どうかお力強くお励みくださいますようお願い申し上げます」
侍従は深々と礼をしてから去っていき、美咲は一人、残される。
その美咲を見た。透明なシルクのネグリジェをはおっていて、その下には何も身につけていない。大きくはないが柔らかそうな二つの膨らみに、誰も侵してはいないだろう綺麗な股間部。その蠱惑的な姿のまま、美咲は火照った表情でベッドにしずしずと乗ってきたのだった。
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