第16話 争奪戦 その3

「というのは冗談で……」

「そうか……。冗談か……。よかった……のかどうなのかはわからないが、とにかく安心した」

「会話劇はもう始まっておりますよ」

「ふー、ふー」


 精神にダメージを負いながらも、なんとか立て直す。いまはイメクラ……もとい、会話劇で澪をなだめて慰めて喜ばせるのが先だと、心の中で拳を握る。そんな俺に、澪が流れる様にセリフを続けてきた。


「晴斗さま、おかえりなさいませ。ごはんにしますか? お風呂ですか? それとも……私♡になさいますか?」


 嬉しそうに微笑む澪に、俺は努めて冷静に返す。


「そうだな。お風呂にしようか。疲れたので汗を流したい」

「はい。湯舟にお湯は張っております。よい湯加減かと思います」


『晴斗は脱衣所で全てを脱ぎ捨てる。澪を喜ばせるために鍛え上げた筋肉質のカラダを露わにして、澪を全身で感じるように澪の張ったお湯につかり、ふぅと一息つくのであった。このあと澪との夜の営みがまっている。それを思うと、今日一日の疲れが吹き飛んで、ココロとカラダに力がみなぎってくる』


「なに、それ?」

「ナレーションです。会話劇には必要でしょう?」

「それは……そうかもしれないが……」


 なにやら主観的な描写の入ったナレーション。煮え切らない俺にかまわず、澪は後に続けてきた。


『と、『ぎぃ』と浴室の扉が開き、澪が裸で入ってきた。一糸まとわない、淫靡な裸体。赤く染まった頬、呼吸に従って上下している大きな胸、そして下の付け根の部分が妖しく晴斗を誘っている。晴斗が目を離せないでいる間に、澪が覆いかぶさるように湯舟に入ってきた。晴斗は我慢が限界に達し、澪に襲いかかる』


「ああ……。晴斗さま……」

「ちょっと待て! なんでそうなるんだ!」

「初々しい新婚夫婦の話ですが?」


 澪は、きょとんとして、一遍の疑問もないという表情。なにがおかしいのでしょうか? と俺に顔を向けて、目をぱちくりさせている。


「さあ。晴斗さまも、私の後に続けてください。『澪! お前は俺のものだ、澪!』と」

「ヘンな小説の読み過ぎだ! それはもう……」


 会話劇じゃなくて、何かのお店の有料サービスだろ? と、澪に疑問をたたきつける。そんなことはありません通常のなに変わりない新婚夫婦の日常ですと、澪も譲らない。


 五分ばかり二人であーだこーだ言い合ったあと、澪はしょぼんと下を向いた。しばらく、二人黙って座っている時間が続いていたが……。やがて澪が、ポツリポツリと話し始めた。


「会話劇ですが、私は結婚自体にはこだわりがなく、シングルマザーの方に魅力を感じているのにかわりはありません」

「確かに、最初からそう言っていたな」

「はい。ですが、晴斗さまがナナミさんに独占されるのをただ指をくわえて見ているのは……焦れるように口惜しく……。ナナミさんに当て付けるつもりで演技してみたのです」

「なる……ほど……」


 澪の話は納得できた。重苦しい顔をして下を向いている澪。俺は男で、女性の気持ちはわからないというのが本当のところなんだが、それでも澪の気持ちは十分察せられる。と、澪が顔を上げて俺を見つめてきた。


「晴斗さま。晴斗さまが選ぶことで、私には何一つ強要できないのですが、私がほんとうに妊娠するまででよいので、お付き合いお願いできないでしょうか? 小さいころからの夢だったのです。愛する殿方との愛し子のシングルマザーになることが」


 澪は、うるうると瞳をうるませて、俺にすがってきた。


 ナナミとの約束というか、義務は果たすべきだと思っている。一方で、この俺の最初の相手、澪に対する愛情愛着も捨てがたいものがあった。加えて、二股とか三股という倫理観に関しては、この世界の価値観にも後押しされてクリアしている。


 この女の子を不幸にするわけにはいかない。澪の涙を見て、そう思った。少なくとも俺が相手を断ったら、この子は心底哀しむだろう。だから俺は、澪に短くわかりやすく端的に返答した。


「……わかった」

「晴斗……さま♡」


 涙にぬれていた澪の顔が、ぱあっと輝く。


「多くの女の子の相手は大変だが、俺が頑張ればいいだけの話だ。頑張れ、俺! それで、ナナミも澪も沙夜ちゃんもみんな浮かばれる」

「晴斗さま!」


 澪が抱きついてきた。嬉しくてたまらないという顔、涙にぬれた頬を俺に擦りつけてきた。そして、二人で見つめ合う。


 澪は、さきほどの会話劇のように、ひょうきんで愉快な面も持ち合わせているのだが、そもそもは外見も内面も別格の美少女だ。行為のときには、この清楚で美しい少女が乱れる。その可憐で綺麗で美麗な顔が快楽で歪み、淫らに声を上げる。澪を愛おしいと思う気持ちと同時に、欲望にも火がついた。情欲がむくむくと鎌首をもたげてきて、理性が飲み込まれていく。


「澪……」

「晴斗さま」


 俺は澪と唇を重ね、もつれあいながらベッドに沈んでいくのであった。

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