第13話 幼馴染ナナミ その3

「晴れて、三河晴斗と若狭ナナミは結婚いたしました! 今日から、三河ナナミです!」


 場所は文芸部の部室で、澪やサリー、沙夜ちゃんたち部員はみんなそろっている。ここに、私も文芸部に入ったからとナナミがやってきて、プリントアウトした紙を「これが目に入らぬか!」と印籠のように見せつけながら言い放ったのが、今しがただった。


「婚姻届けのオンライン申請、しといたから。晴斗が前に、部屋のベッド♡でファイルにサインしてくれたやつ」

「あれが……そうなのか! 確かになんやらの書面にはサインしたが……。だが婚姻手続きって紙で提出しないと……」

「なに言ってるの? そんなのずっと前からオンライン手続きになってるでしょ」


 俺は、ナナミの言葉に二の句が継げない。コンサートチケットかなにかだろうと、確認もせずに電子署名した自分も自分なのだが、まさか婚姻届けだったとは。この世界ではオンラインで届けが出せるのを知らなかったのも、うかつだったと思いつつ。


「ナナミ……さん。その手続き、取り消していただけるとありがたい……」

「もう遅い。受理されちゃったから、取り消すなら離婚届出さないと。そうすると、晴斗はバツイチだね」


 にひひと、ナナミはチャーミングな顔で悪戯っぽく微笑む。そのナナミのセリフに、立ちつくしていた澪が口を挟んできた。勝ち誇っているナナミに、正面から立ち向かうという視線だ。


「形ばかりのもので、倫理的にも道徳的にも形骸化している制度です。法的拘束力もありません」

「まあそういわないで。私、これからは『三河』ナナミだから。ほんとに」

「わざわざ苗字を変えたのですか⁉」

「そりゃあ、晴斗の妻で恋人で幼馴染でカラダとココロの関係の私だから、名前くらいはかえなくちゃ」

「…………」


 ナナミが、届の用紙を、ほらほらと澪に見せつける。澪は、そんなナナミをにらみつける。ぎりぎりとくやしそうに歯を噛みしめながら。


「あらあら。シングルマザーの座につこうという澪さんは、うらやましいのかしら? でも、シングルマザーと正妻の両取りはさすがに欲張りが過ぎるんじゃない?」

「それは……。私はシングルマザーに憧れているので……。ぜんぜん微塵も欠片もこれっぽちも羨ましくはありません!」

「新居も予定してるんだけど探している最中だから、とえあえず晴斗の部屋に同居ということで」


 いきなり、ナナミが聞いてないことを言い放ってきたので、俺は狼狽した。澪とサリーが同時に、異を唱える。


「義妹の沙夜さんはやむを得ませんが、ナナミさんが晴斗さまと同棲は許しません!」

「ちょっとそれはやりすぎっしょ。晴斗センパイを一人占めとか、ちょっとユルサレザルってやつ、じゃん」

「ナナミ。結婚は俺のミスで受理済みだから文句はいわないが、同居はさすがに勘弁してほしい」


 俺たちの抗議にも、ナナミはどこ吹く風。


「夫婦が一緒に住むのは当然の当たり前。形骸化していようがなんだろうが、そういう制度が実在するのは事実で、晴斗との結婚は役所が認めたことなんだから。無駄な抵抗はやめて、私と晴斗の門出を祝福してちょうだい」

「承諾しかねます」

「ひとりじめはないっしょ」

「マジで……夫婦になったのか……」


 俺はいまだに実感がわかない。しかし、ナナミがもっている「婚姻届け受理証明書」は疑いようがない。沙夜ちゃんだけがニコニコと微笑ましく見守る中、角突き合わせている四人に、ナナミがさらに追い討ちをかけてきた。


「晴斗の妻として伴侶として嫁として、ここに宣言いたします。晴斗の浮気は認めません。これから晴斗は私とだけ、食事やお風呂や夜の行為をともにするのです」

「勝手至極ないいようですね。法的拘束力はありません」

「いつのジダイの話してるん? そんなこと気にするヤツ、いないっしょ」


 と、ナナミが俺に向き直ってきた。俺に向けて、たずねてくる。


「晴斗は本意じゃなかったかもだけど、私と夫婦になったのは事実だよね。認めるよね?」

「ああ……。まあ、そうだな」

「ならさ。夫婦の務めというか、義務は果たしてくれるよね。夫として」

「俺に、なにを要求してくるん……だ?」

「別に難しいことじゃないよ。私とちゃんと夫婦生活をして、という話。夫の務めを果たして、ちゃんと私を満足させてというだけの話」

「それは……」


 戸惑いながら口ごもる俺に、ナナミは畳みかけてきた。


「私のこと、妻にしたんだから、幸せにしてくれるよね?」

「それは……」

「私、遊びや冗談で晴斗の妻になったんじゃないんだよ」


 ナナミの言葉の圧力に、抗しきれない。


「確かに……責任は果たさないと……いけないな」

「うん! 夫婦円満で幸せが一番!」


 にっこりと微笑んだのち、ナナミは不服で不満で不快で到底納得いかないという顔の澪たちに向き直って、言い放った。


「聞いての通りです。晴斗は私との夫婦生活が忙しすぎて、澪さんたちに構っている暇はありません。澪さんたちは、指をくわえて羨ましそうに見ててください。ああ……」


 ナナミは今気づいたという様子でわざとらしく手を打つ。


「澪さんたちにも結婚祝いの返礼をしないと。おかず用に、私と晴斗の、くんずほぐれつビデオレターくらいは送ってあげます。胸でとか後ろでとか、それはもう澪さんやサリーさんがしたことのないような色々なプレイをしますので、見るのだけは楽しめると思いますよ」


 ナナミが、ぐっと拳を握って勝利のポーズ。こいつ……。澪やサリーに先を越され、あまつさえ裏サイトで自慢されたのがよほど悔しかったのだとみえる。


「承諾しかねます! 離婚届を出してください!」

「晴斗センパイのひとりじめ、ないっしょ!」


 異議をとなえる澪たちの前で、これからどうなってしまうのだろうと途方に暮れる俺なのであった。

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