第12話 幼馴染ナナミ その2
「お茶をお持ちしました、というところだったのですが……。混乱しているようですね」
沙夜ちゃんが入ってきて、慣れた仕草で持ってきた紅茶をテーブルに置く。その後、ナナミに慈しむような目を注ぎ、洗い立てのシーツの様に優しい言葉をかけた。
「ナナミさんはお義兄さまのこと、本気でいらしたんですね。自覚がなかっただけで。同じ男性を愛している女として、その悔しさ、わかります」
「なにがわかるってのよ!」
ナナミが叫んだ。
「あんただって、晴斗としたんでしょ! 私なんて晴斗とキスもできないで、独り自分のベッドで慰めるだけなのに! そんなあんたに、何がわかるってのよ!」
「わかります」
沙夜ちゃんが、ピシャリと言い切ってきた。泣いていたナナミと俺は、同時に沙夜ちゃんを見つめる。
「男性を一途にお慕いする気持ち、それがどれほど辛く切なく愛しく尊いものかは、同じ女の私にもわかります。一人だけを愛するという考えはとうの昔に古臭い時代遅れの価値観になってしまいましたが……。ナナミさんにはそれを大切にして欲しいと思っております」
と、ナナミがその言葉を聞いて俺を見つめてきた。じっと、じっと、俺の心の底までのぞきこむように、まなこを注いでくる。
「晴斗は……。私のこと、好き?」
「それは、好きじゃなかったら幼馴染やってない」
「そうじゃなくて、女として異性として、私のこと、好き? 性欲を除いても、女の子として私のこと、好き?」
「それは……」
俺は、いきなり問いかけられて即答できなかった。ナナミのことは嫌いじゃない。それは確実に事実で、間違いない。だが、じゃあ今の俺が純粋に幼馴染というより女の子としてナナミのことが好きかと問われたら……どうなんだろうと、自問自答してしまう。
ナナミが、さらに問いかけてきた。
「澪さんは好きだから抱いて、サリーさんや沙夜ちゃんも好きだから抱いて……。私のことは女の子としては好きじゃないから、てーださないの?」
「それは……」
「晴斗は私のこと、好きじゃないのかなぁ? てーださないくらいに、好きじゃないのかなぁ?」
哀しそうに微笑むナナミに、なんと答えていいか迷った。迷った後、自分の気持ちを見つめて確認しなおして、自分自身で確かめるように言葉をつむぎだした。
「ナナミのことは好きだ」
そのセリフにナナミの表情が一瞬止まった。思ってなかった返答に驚いたという様子で、目を大きく見開く。
「ナナミのことは、間違いなく女の子として好きだ。ただ同時に、ナナミだけじゃなくて澪やサリーや沙夜ちゃんのことも好きで、だから澪たちを抱いたし、そこをナナミに遠慮するつもりはない」
「私は!?」
「というと……?」
「男の子だから不特定多数の女の子たちみんなとするのは当たり前なんだけど……。晴斗、魅力あるからみんなが欲しがるのは当然なんだけど……。私のことが女の子として好きなら、抱きたいって思う?」
「思う。抱きたい。澪たちを抱いてナナミを抱いてないのは、ただそういうタイミングだったってだけ」
「なら!? 晴斗、私のことが女の子として好きなんだったら……。その……。あの……」
さっきまで泣いていたナナミが、顔を染めて恥ずかしそうに下を向く。黙って見守ってくれていた沙夜ちゃんが、背中を押すようにうながしてくる。
「お義兄さま。お慕いしている女性を抱くのは、男性の務め、義務です。私は邪魔なので、ここでお暇いたしますが……。ナナミさんを優しく、そして激しく愛してあげてください」
そう言って微笑んでから、沙夜ちゃんは部屋を後にした。そして残されたナナミと、見つめ合う。
「私、これから晴斗と……するんだね……」
「ああ、そうだ」
「そうなんだけど、こういう気持ちでするってのは想像してなかった」
「こういう気持ち?」
その俺の問いかけに答えないで、顔を近づけてくるナナミ。互いに見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねる。そして、ベッドにナナミを連れていき、ブラウスをはだけて柔らかそうな胸を露わにした。そこに手を載せると、ナナミが嬉しそうにつぶやいてきた。
「ねえ、晴斗。他の子にしてるより激しくして。私に夢中になって、私に溺れて、してるときだけは私のことだけを考えて」
「わかった。俺ももう、ナナミのことが愛しくて、我慢できそうにないから……」
ぐっとナナミの胸を握ると、「うんっ!」とナナミの背が反り返る。俺はその胸に唇をつけ、ナナミとの行為に没頭していくのであった。
◇◇◇◇◇◇
俺は、ナナミと一緒にベッドの上で休んでいた。行為の終わった後で、二人して全身裸で丸まっている。
「ごめん。夢中になりすぎたかも。痛くなかったか?」
俺が、抱きついているナナミに囁くと、ナナミは嬉しそうに笑った。
「ぜんぜん。むしろ、もっと激しくてもよかったくらい」
「マジ……ですか?」
「マジ。というのは実は言い過ぎなんだけど、晴斗が激しくてすごく嬉しかった」
「…………」
俺は、無言でそのナナミの頬にキスをした。そのナナミが、俺の前からささやいてきた。
「私、わかっちゃったんだ」
「なにが……?」
「私、妊娠したかったんじゃなくて、実は晴斗のことが好きだったんだって」
「ナナミ……さん?」
「いえ、それも嘘ね。子供も欲しいんだけど、晴斗との子供が欲しかったんだって」
ナナミが、にっこりと満面の笑みで微笑む。
「そこのテーブルに私のスマホがあるでしょ? そのファイルに認証のサインだけしておいて」
ナナミが目配せをした先には、確かにスマホが置いてあった。そのときは特に何も疑っておらず、行為後の安寧に満たされていたこともあって、ああわかったとファイルの確認もせずにサインだけしておいた。
これが数日後に大問題に発展するのだが……。この時の俺には、そんなことが分かるはずもなく、仕方がないことだったと思いたい。
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