「介護のねこや 黒猫係長」〜猫好きって言えばなんでも許されると思うなよ!〜
かよきき
第一章 lost csts 第一話 プロローグ
夜の駅前繁華街。
はらはらと落ちるイチョウ並木の葉は北風の通り道を示している。
街の灯りは星を消し去り夜空にはせいぜいオリオン座ぐらいしか確認できない。
乾いた寒い冬の夜。
駅の改札から帰りを急ぐ人々が繁華街にちらばっていく様は白波が染み込んでいく砂浜のようだ。みんな寒さで肩をすくめて歩いている。
その人々の足元で何かが動いている。
小さなコート、ジャケット。
沢山の小さな服が人々の歩行を器用に避けながら歩いていた。
猫だ。
沢山の猫たちが服を着て改札から出てきていたのだ。
よく見るとスーパーにも猫、靴屋にも猫、薬局にも猫。パン屋の入り口には人用の自動扉の横に猫用の小さな木の扉がついていて、ひっきりなしに猫の出入りがある。居酒屋には猫用の椅子があり、ひと際寸法が高い。マタタビビールやカリカリといったメニューが連なり、人々と服を着た猫たちが酒を飲みながら語らっている。
そしてその猫たちは一様に皆、小さなピアスを付けていた。
二〇三X年。AIの発展により様々な文化革命が起こった。
頭脳労働の大部分はAIに任せる形になり、人々の仕事は顔を合わせる話し合いや会議が主になっていき、人類は夢を語りそれをどんどん実現していった。
スマホは過去の遺物になった。洋服のボタンなどの一部分に投影部品やカメラが組み込まれ目の前に実体のないスクリーンを作りだし、自分だけの映像を鑑賞したりネットを閲覧できるようになったりした。通話機能は耳下に洋服のボタンと連動した小さなパッチを付けることで骨伝導を利用した通話ができるようになった。
分岐点となったのはスマホからパッチに変わって数年後。
ある大企業が言語問題を根本から解決すべく、パッチの通話機能にAIの分析と情報収集能力を加えた。パッチから拾った音声を元に世界中の言語をイチから収集し学習するAIがどんな言語でも方言でも世界中の人間が重ねて会話をすることで、パッチを付けている人間の言語に翻訳する機能を付けたのだ。
このパッチを“@スピーカ”と言う。
@スピーカは会話による人種間による誤解や小競り合いを無くしお互いの文化や風習を理解し世界をより平和にしたとされ、このシステムを開発した者はノーベル平和賞を受賞したほどだった。
そんな世界を変えた@スピーカが登場し更に3年が過ぎた頃だった。@スピーカは意外な者の声も翻訳したのだ。
「お腹へったよママ」
はじめてその音声を翻訳したのはニューヨーク在住の有名女優が飼っていたゴールデンレトリバーと言われている。
@スピーカは飼い猫や犬の言葉をも翻訳しはじめたのだ。
最初は微笑ましくペットと会話する人々であったが徐々に世界は大混乱に突入していった。これまでも物語には言葉を話す動物たちは沢山いたし犬猫の翻訳玩具もあったにはあった。だが実際に言葉を話し始めると事態は変わってくる。
権利の問題だ。
人類は自由に世界を開拓してきた。誰の許可も得ず動物を狩り食用に飼養し森を燃やし、海を汚してきた。後ろめたいところを突かれれば反論が出来ないし、愛しい猫や犬と土地や食料の権利を巡って争いができるほど人類はすでに野蛮ではなくなっていた。
平和に解決をするため、言葉を感知した動物たちに@スピーカをつけ、人類は時間をかけて対話を重ねた。
知能レベルの問題もあったが意外にも動物たちは人類の歴史を知った上で責めることはなかった。人も自然の一部であり人の行動も摂理の中にある。罪や罰という考えには及ばないようだった。ヒトはヒト。動物は動物ということだ。どちらかというと言葉の拒否をする動物たちが多く犬は真っ先に@スピーカをはがした。
そんな中、猫だけが権利を主張した。
なぜか猫は他の動物と比べ格段に知能が高く、人の学問や社会・労働などを理解していた。猫たちが言うには人の成長と度合いが違い猫は生まれてから成猫になる期間、脳の発達と学習能力が人の数倍なのだという。現にその期間に@スピーカを付けた猫は人を超える速度で学習し知識を得て、大人さながらの理解力を発揮した。猫たちは労働し金銭を得て平和で自由に生きる人類の社会システムに興味を持ち、人と同じように生きたいと言い出したのだ。
その対応は国や地域によって変わるものになっているが、わが国では全面的に認めることになった。今は二〇四五年、団塊ジュニアが七十代になる。
少子化の影響で労働人口の問題は国の大命題だった。まさに猫の手も借りたい状況であったのだ。法案はスルスルと通り人権は人猫権という名称に変わり憲法も書き換えられた。
猫が働くためのツールも数々発明された。
かくして猫たちは数年の間に人と同じように働き、税金を払い好きなものを食べ、好きに遊び好きに生活するようになっていった。
それは@スピーカが世に登場してから、たったの六年。劇的な変化が世界に起こった。
この物語はそんな世界の誰も知らない未来のお話である。
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