『タイムロス』
やましん(テンパー)
『タイムロス』 上
『この時計、あってますか?』
と、その始めてみる客が訊いたのである。
『48時間狂ってるぜ。』
マスターは、あっさりと、回答した。
『ぶっ!』
ぼくは、思わず吹き出した。
昨日ぼくが冗談に尋ねたときは、
『24時間狂ってるぜ。』
と、言っていたからである。
じっさい、いまが何時なのか、正確に知っている人はここには、いないのだ。
しかし、この店の柱時計は、町役場の時計の次に優秀なものである。
まあ、時間を測ってる人が、まるで居ないわけではない。
ちゃんと太陽や星たちの動きを観測している人もある。しかし、それは、趣味である。
政府もなくなり、外部とも連絡できなくなってから30年が経つし、あまり正確な時間は、もはや意味がない。江戸時代と似たようなものである。
なんでこうなったのかを知る人もいない。あるひ、突然、そうなったのである。瞬間戦争があったと言う人もあるし、隕石がおちたんたべ、という人もある。
電気はほとんどない。むかしは、太陽光発電装置があったが、壊れてしまった。
わずかに、風力発電ができるが、力はあまり、ない。
使える場所は限られている。
町役場と、葬儀所である。
パソコンは、たまに動くらしいが、あまりに古いから、ほとんど役にはたたないとか。
電話はどこにも通じない。
ラジオも雑音以外、うんともすんとも言わない。短波でも、はでな雑音以外に、なにも聞こえたことはない。中波も夜になると遠距離まで届くが、放送は聴こえたことがない。もちろん、長波も。信号音も聞こえない。
ただ、オールバンド無線機はある。
毎日、だいたい午前零時から、10分間だけ、稼働するが、通信が成り立ったことはないらしい。
一回だけ、20年前に、『もしもし…』と、らしく聴こえたことがあるらしい。
『‘’MOSI!‘’』信号と呼ばれているが、二度とない。いまのところは。
その町役場には、古い柱時計がある。ぜんまい式だが、これが非常に強くて優秀である。
こいつが、時間の基準ではあるが、みな、あまり気にはしない。役に立たないからである。かえって、あぶないだけだ。
なぜ、時間の管理が必要かというと、支配体制を整えるためである。
しかし、食べるものを作るだけで、いまさら指導者になりたい人もないから、あまり、正確な必要はない。
さらに、なぜ、指導者になりたくないのか、というと、指導者は、怪物『おおぼらぼっち』に食われるからである。
『おおぼらぼっち』は、なぞの怪物である。
毎月、15日の深夜に、森から町のどこかに、ふいに、現れる。
『指導者はだれか?』
と、訊ねてくる。
しかも、こいつは、催眠術的な力があるらしく、うそは言えない。
指導者が、わかると、そのひとは、食われてしまう。
だから、いつしか、指導者はいなくなった。
命がかかってくるから、それでなんとかしなくてはならない。
役場に職員さんはいない。
警察はない。
役場や交番は、全員の輪番制であり、町長とか議員もない。
町長室には、パンダさんの、ぬいぐるみが座っている。
そこに、どこからか、ふいにやってきたのが、この人であった。
🐼
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