デスゲームの鈴木さん

第1話 イレブン・バン・バレット ― 始まりのデスゲーム


 デスゲームの鈴木さんという人がいます。


 常勝無敗のギャンブラー。誰も敵わない最強の人。


 そして今、私の目の前にいる人。


 それが、鈴木さんです。


「おはようございますこんにちはこんばんは。えー、今回の『ライフゲーム』の進行を務めさせていただきます。骨山と申します。至らぬところがあると思いますが、なにとぞ寛大なお心で対応していただければと」


 六畳半の鉄の箱。あまりにも狭い部屋の中には机が一つ、椅子が二つ。どちらも木製。椅子には二人の人間が座っていて、間に一人の男の人が立っている。


「それでは今一度、参加のご確認を行わせてもらいますね。まずは子川こがわ千棘ちとげ様。ライフゲームアプリを出してください」


 私は、たった二つしかない椅子に座る人間の片方だった。


「……子川様?」


「あ、は、はい! アプリですねアプリ……ええっと……はい!」


 考え事をしていたせいで反応が遅れてしまった私は、急いで骨山さんの言う通りに、ゲームに参加する前にインストールしたアプリを起動して、画面が見えるよう上向きにして机の上にスマホを置いた。


「はい、ご確認できました。それでは次に、鈴木國人くにひと様」


「できてる」


 そして私の向かい側。机を挟んだ先にいる彼、鈴木さんもまた机の上にスマホを出だした。


 出されたスマホに表示されたライフゲームアプリの画面。それをじっくりと見てから、骨山さんは口が裂けそうなほどに口角を上げてにんまりと笑ってから、三日月のような口で喋る。


「お久しぶりです、鈴木様。あなたのような方がこのレベルに訪れるなんて珍しい。何かありましたか?」


「進行役がプレイヤーのプライベートに踏み込むんじゃねぇよ。それに、プレイヤーが位階を落とす理由なんてそう多くない。わかったらさっさと話しを進めろ。俺は早く吸いたいんだよ」


「鈴木様。こちらは禁煙となっていますので、お煙草の方は控えていただけると――」


「わざわざ言われなくたってわぁってるよ! だから、早くゲームを終わらせろっつってんだ!」


 狭い箱の中に鈴木さんの怒鳴り声がこだまする。それはまるで音の爆弾。ひぃっと、思わず声が漏れてしまった。それに気づいたのか、骨山さんへと向けられていた鈴木さんの視線がこちらに向いて、より一層怖くなってしまう。


 高い背丈に真っ黒スーツ。その内側にこれまた闇のように真っ黒なシャツを着て、オールバックに眼帯を付けた全身まっくろくろすけな鈴木さん。彼の長い脚は、椅子の下を通ってこちらまで領域侵犯をしているぐらいだ。


 彼こそが、人の死ぬゲームこと『ライフゲーム』にて、常勝無敗と謳われた最強の人。対する私は――


「しかし、随分とまあ対象年齢が下がったな。まさか、今回の相手が中学生だなんて――」


「17歳です!」


「……高校生か。おい、もうちっとしっかり食った方がいいぞお前。カルシウムとれカルシウム」


「余計なお世話です!!」


 私は、17歳の女子高生。もちろん、ただの、とは言えない。


 そんな私をじっくりと睨みつけた後、空を仰ぐように椅子ごと鈴木さんは後ろに下がりながら、骨山さんの方へと顔を向けながら言った。


「なあ、骨山。最近はこんなのばっかりなのか?」


「そうですね。ホストや風俗に費やして借金に手を付けたお方も多く見受けられますから……」


「ふぅん……最近の若い子は盛んだねぇ」


「ちょ……へ、変な勘違いしないでくださいよ! 私は違いますから!」


 確かに、そういう子も多いって聞くけど……私は違う。断じて違う。


「親友の借金を返すためにいるんです!」


「……へぇ、そうかい」


 ギロリと、鈴木さんが私を睨んだ。しかも、さっきまでの雰囲気とは違う。


「そんなに大切かね、その親友が」


 怖い、目をしている。

 ナイフのような切れ長の目が、ナイフとなって私の心臓に突きつけられているような気分だ。

 身じろぎ一つ、言葉一つで、私なんて、簡単に、殺されてしまいそうな、そんな、恐怖を、感じる。

 それでも私は、頑として言った。


「大切、なんです……!」


「そうかい」


 途端に彼の瞳の感じが変わった。同時に、死んでしまいそうなほどの恐怖も消えてしまう。

 そこで初めて、私は自分が息をしていなかったことに気づいた。


 むせるように息を吐いた後、浅い呼吸を整える。


「ったく、なんでこんなんがいるのかね……」


「鈴木様。ライフゲームは、門を叩いた須らくに平等に機会を与えますから」


「ハッ! 笑わせるなよ骨山。……まあいい。こいつが息を整えてる間に、さっさとゲームのルールを説明しろ。お前も、話を聞くぐらいはできるだろ?」


 なんて勝手な人だと私は思った。けれど、ゲームの進行を遅延しているのは私の方。だから、文句を言うことなんてできなかった。


「それでは、ゲームのルールを説明させていただきます」


 言われたとおりに、或いは業務通りに骨山さんが進行する。彼は懐から風呂敷を取り出した。それを卓上に置き、封を開く。


「これから行われるゲームの名は『イレブン・バン・バレット』。このゲームでは、こちらの道具を使わせてもらいます」


 卓上で広げられた風呂敷には三種類の道具が入っていた。六面のサイコロが二つ。五枚一組のカードが二つ。それと、拳銃。


 拳銃。


 日本国内で見ることすら稀な、物理的な死の象徴。


 ぞくりと、私の背筋に緊張が走った。


「まず、プレイヤーには親番を決めてもらいます。お互いに配られた六面サイコロ。こちらを振っていただき、出た目が高い方が親、即ち先行となります」


 ころりと、骨山さんの手からダイスが転がった。出た目は4のゾロ目。それが意味するところは分からない。


「親が決まったら、こちらのカードの出番です。五枚一組のこちらには、1から5の数字が記入されております。これを手札として、ゲームは開始されます」


 五枚のカードが私たちにそれぞれ渡される。


「手順の一段階目として、親から順に、手元のカードを好きな枚数、裏向きにして出します。それをお互い済ませた後、第二段階目の手順。親から順番に、こちらのサイコロを一つずつ振ってもらいます」


 五枚のカード。イレブンという名前。目の前の拳銃。


「なるほどな」


 すべてを理解した風に、鈴木さんが瞑目した。


「ダイスを振り終えたら第三段階目。結果の段階でございます。即ち、お二方が振ったサイコロの出目と、お二方が提出したカードの数字。こちらを組み合わせた数を計算し、どちらがより11の数字に近いのかを測るのです」


 出したカードの数字と、サイコロの出目。その二つを組み合わせて、11により近い方が勝ち――


「おい、一つ質問だ」


「はい、なんでしょうか鈴木様?」


「サイコロは二つ。つまり、11や12が出る確率だってあるだろう。そん時はどうするんだ?」


 骨山さんに鈴木さんが質問する。出てきたのはもっともな疑問だ。10ならまだしも、11や12なんて出目が出てしまったら、11に近づける前提が崩れてしまう。


「ご心配なさらず。11以下の数字が出目として出た場合、出目に対してカードの合計数を加える形で計算が行われます。その場合も、11より高い数字で、よりどちらが11に近いかを競い合ってもらいます。この際、合計値が11を超えても問題ありません。が12の出目の場合は特例として、加算ではなく減算としてカードの数字を出目に加えることとなります」


「なるほど」


 え、えっと……つまり。


 親からのスタートで――

 手順①:お互いに1~5の数字が書かれたカードを好きな枚数、場に裏向きで提出する

 手順②:お互いに六面サイコロを1つ振る。

 手順③:お互いのダイスの出目の合計値と、それぞれが場に出した手札の数字を加えた数のどちらがより11に近いかで競い合う。

 ただし、12の出目だけ特例として、『出目の数』-『カードの数字』として計算する。


 そして。


 手順④――


「11からより離れていた方を敗者とし、敗者は勝者が提出されたカードと自身が提出したカードの数字の差だけ、ペナルティとして


 ああ、そうだ。


 これは、デスゲーム。


 人が死ぬ悪魔のゲーム。


「こちらの銃には、一発の実弾とそのほかの空砲が詰められております。また、どの引き金で実包が発射されるかは私もわかりません」


 負けた分だけ引き金を引く。それはまるでロシアンルーレット。けれど、私は一つ気づいていしまった。


「え、これ……銃の形……」


「はい。こちらは通常のロシアンルーレットで使われるような回転式拳銃リボルバーではなく、自動式拳銃オートマチックでございます」


 無数の空砲と一発の実弾。この銃の腹のどこかには、人を殺す魔物が眠っている。


「引き金を引き続ければ、いつか必ず魔物が表に出てくることでしょう」

 

「相変わらず、性格が悪い」


 骨山さんの言葉に、鈴木さんが吐き捨てるようにそう呟いた。


「最後に、手順の五段階目。引き金をすべて引き終えた後、親を変更し手順の一段階目に戻ります。ただし、すべてのカードが使い終わるまで、一度使ったカードを使うことはできませんのでご注意ください」


 そして最後に、骨山さんは最も重要なことを言う。


「見事、実弾が発射された際に生き残っていた方には、賞金として200万円が用意されています」


 200万円の賞金。

 私がデスゲームをやる理由。

 それが提示されて初めて、私はここに来た意味を本当の意味で思い出した。

 負けられないと。

 そう、強く思う。


「それではゲームを開始します。まずは親番を決定してください」


 200万を賭けたデスゲームが始まった。




 

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