第32話

その後、病院を出たその足で母子手帳を受け取って初めて、自分が妊婦だという実感が沸いた。






ドラマなどでしか見たことがなかった母子手帳に、先程病院で貰ったエコー写真を挟んだ。






説明を受けないと、これが赤ちゃんだと分からない程小さな丸のようなその存在、、それだけで堪らなく愛おしく思えて涙が出そうになった。







『─…凪砂、私たちの赤ちゃんだよ。可愛いよね、早く会いたいよねっ』







伝えられるはずのない思いを、空に向かって呟いた。寒い事を言うようだけど、空はどこまでも繋がっているし、風が私の声を凪砂へ届けてくれるかもしれない。







そんなロマンチックなことを本気で考えてしまうほど、私は浮かれていた。






そして、私がその報告を一番最初にした相手は、もちろん凪砂ではなく、自分の両親でもない。





【 やっぱり。とりあえずおめでとう、萩花。普通に嬉しいよ・・・いやマジで、おめでとう】




『──ありがとう、吉岡』





今日、いちばん迷惑を掛けた相手・・・そして今後一番迷惑をかけるであろう相手、、吉岡 颯斗。





【 いやぁー…これでやっとお前から店長の座を奪えるわ。お前結婚とは縁がなさそうだったからいつ退いてくれるかと思ってたけど、これで気分よく仕事出来るわ。】




ーーー・・・結婚





未婚で子どもを産む事になる、、っと告げるほど私と吉岡は親しい間柄ではない。





『まぁ、吉岡が店長やってくれるなら私は安心して任せられる。とりあえず産休ギリギリまでは働くから、迷惑かけると思うけど・・・よろしくお願いします』





結婚については触れず、素直に頼み込んだ。情けないが今仕事のことで一番頼れるのはこの男しかいない。






【 あぁ、店のことは任せろ。それよりお前、少しでも身体辛い時は言えよ?お前が張り切って無理したら、今後妊婦で働く者が出てきた時にプレッシャーになるから…そういうこと、ちゃんと考えて行動しろ。これ"店長命令"だから】





さっそく職権乱用している吉岡に呆れたけど、言ってることは正しいので素直に承諾した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る