第11話「2人の女帝」
「白川のクソ野郎め。テメェの権益が無くなると思ったら途端に無責任に捨てやがる。カス、ボケ、クズ野郎め」
「……閣下、あのお静かに……」
瑞端は中国大陸を駆け回っていた。
白川陸軍大臣の厳命で、関東軍らに強制した。中国全土での陸軍の利権確保の工作の一斉整理だ。佐官クラスの現場判断含めて、独断の一切に例外を認めない熾烈な命令だった。
熾烈すぎて現地協力者、とりわけ中国人と纏めた日本人以外を敵地に放り捨てて、見殺しにするような後始末だ。なんなら陸軍との繋がりを隠す為に暗殺をしようとしていた。
瑞端が航空宇宙軍の部隊を直卒してあちこちに走っているのは、そうした取りこぼしの保護の為だ。1度は日本国に忠義を見せた者らを裏切ることはすべきではない。
馬賊だ犯罪結社だと時には銃撃戦だ。
それでも可能な限り、陸軍が利用していた組織、構成員や家族を含めて保護しようと努めていた。
骨の折れる仕事だ。
特に大仕事は張作霖の扱いだ。
あろうことか旗色が変わったからと、満州の張作霖を見殺しにして蒋介石に乗り換えだ。
天津で保護している愛新覚羅溥儀に張作霖の討伐の勅命を出させて賊軍にしようとしていた始末だ。
「満州をどうしたいんだ。雰囲気で勝手に荒らしやがって……交代は今日来る。お前達、もう1仕事してから日本へ帰るぞ」
瑞端は満州鉄道や日本人居留地を巡りながら、中国大陸全土にネットワークを広げていた。経済にしても治安にしても、日本人だけでやるのは無茶が過ぎる。
中国なのだ。
1927年4月1日。
天津日本人租界。
瑞端は、航空宇宙軍士官学校の秀才、川島芳子と会っていた。航空宇宙軍系の所謂、中華料理店の一席でのことだ。
「息災だったか、川島くん」
「はッ。閣下に目をかけていただき、報恩の精神で働かせていただいております!」
「相変わらず固いね。僕の階級なんて君ならあと10年もかからず追い越すだろう。川島くん、僕を使う階級になったとき、それでは軍紀の乱れに繋がるぞ」
「しかし今は『閣下』です」
テーブルについている川島の態度は変わらない。しかし、声色は少しだけ柔らかくなる。彼女なりに気を楽にしていた。
「……愛新覚羅溥儀とは会えたかい?」
「はい、閣下。愛新覚羅溥儀は私と会い、顯㺭かい、女を捨てたんじゃないのかい、日本軍人になったのかい、と言われました」
「そうか。君を信じているしそれ以上は必要ないよ。それよりも美味いレストラン探しを手伝ってくれ」
「そして私は愛新覚羅溥儀へ、清帝国復活のために働いていると申しました。清帝国の皇族として生まれ、辛亥革命の後、川島浪速のおもちゃとして送られました。川島芳子として立っていると話しました」
川島は胸に手を当てながら言う。そこはかつて彼女がピストルで『2度』撃ち抜いた場所だ。
川島芳子は、川島家の養女に入った。皇族とはいえ普通の日本人の少女と変わらない。むしろ学校へ通ったぶん恵まれているほうだったろう。しかし彼女が、川島芳子は17才の時、陸軍の山家亨少尉と恋仲になって一変した。養父の嫉妬なのだと風の噂は聞く
川島を拾ったのは自殺未遂の後だった。
友人が腹を壊して──まったくくだらない理由だ──病院に連れて行ったとき、川島と偶然に出会った。
通路で看護婦が話していたのを聞いた。清帝国の皇族で、川島家に養子に出され、恋をしたから養父に襲われて弄ばれた女だと。
統計的に。
女はレイプを水に流しやすい。
手酷く強姦されたとしても、多くは、忘れてしまえる精神構造をしている。実際、飼い犬に手を噛まれたと思えと、母から娘に言われるし、娘もはやくに立ち直れるものだ。
川島もそうだった。
恋をした相手から引き剥がされ、犯されたとしても、すでに彼女はたちなおっていた。あくまでも自殺未遂をする直接の原因と思われるものに対しては、だが……。
問題はもっと根深い。
特殊で普通の乙女だ。
少しだけ通って航空宇宙軍に転がり込んできたのは、きっと、どこにも居場所が無いとか、そんなところだろうと、瑞端は推測する。
昔のことを思い出していても、川島の『報告』はずっと続いた。あんまり形骸化したとは皇帝に色々しちゃったことを聞きたくない、耳を塞ぎたくなる……こっちからも報告しなきゃならなくなるんだぞ、知ってしまったら!
「愛新覚羅溥儀へ、日本は帝国復活を計画しているゆえ檄文を出せと言い、確約させました。北洋軍閥は25万人を減らすにも多少は戦ってもらうため清帝国陸軍を日本で練兵する旨も伝えています。愛新覚羅溥儀は死に物狂いで奉天を目指し、張作霖と張学良の抹殺ないし首をとらせます。まあアレには無理でしょうが……役に立つよう動かします」
「食事……」
「閣下! では、張作霖との交渉へ行ってまいります。期待しておいてください、絶対に仲間にならない相手です!」
◇
清帝国の遼東湾上陸。
そして奉天への進軍。
滅びた筈の再編された軍にしてはあまりに素早く、精強で、そこにはかつて敗退した軍隊の面影は無さすぎた。
蒋介石や馬賊らと戦ってきた張作霖の軍隊と比較しても、湧いて出てきた清帝国軍は上なのだ。ましてや度重なる戦闘で疲弊していた張作霖軍は圧倒されていた。
張作霖は関東軍に捨てられた怨みがあった。また怨みが強いがゆえ同じ日本人である航空宇宙軍に指図されることを許さず手を跳ね除けた。
今や、張作霖は日本の敵だ。
張作霖軍は奉天に戦力を集中する。
決戦の構えだ。
1撃で清帝国軍を殲滅する。
勇壮な作戦ではあるが……。
張作霖は決戦の為、満洲全土、各地方軍の司令官と兵士を奉天へ移動するよう命令した。
作霖は手元に数十万の兵力があると信じていた。彼はすぐにそれが机上にも無いものだと思い知らされる。
奉天に駆けつけた地方軍はいなかった。
そして張作霖の元に川島芳子が来る。
清帝国軍主力の指揮官としてだった。
「張閣下。清帝国軍少将の愛新覺羅顯㺭です。清帝国皇帝陛下と蒋司令官からの親書をお持ちしました」
もはや援軍の見込みなし。
張作霖は虚勢も無くした。
「馬賊どもはお前達が手を回していたか。日本人はやはり汚いな。ロシアとの戦争以来、こそこそと中華で簒奪する盗人どもめ」
蒋介石からの親書は降伏勧告だ。
北洋軍閥を率いて恭順せよ、と。
愛新覚羅溥儀の親書も同じもの。
「張閣下には、3つの選択肢があります。清帝国に降るか、南に降るか、もしくは、親書にはありませんが日本の航空宇宙軍か」
「日本の下はありえないな」
「もっとも勧めるのは航空宇宙軍です。この土地よりもずっと外の世界まで、この星を覆う程の巨大な歯車、尖兵となれるからです」
「……私は北洋の指導者だぞ?」
「失礼、忘れていました」
敵地での交渉だ。殺される危険性が高いというのに川島の不安や焦りはない。実際、彼女は生殺与奪の権利を持っていた。
力のない皇族の小娘。
だが航空宇宙軍が中国大陸で暗躍している。その尖兵であり口である川島芳子というと立場が変わってくる。
「命の保証だとかつまらないことは聞かないで。清帝国は有能を必要としています。馬賊を駆逐し国家を安定させる。閣下のお力を発揮していただければ暗殺する利益がありませんが?」
張作霖は腕を組んでいる。
「満洲人は嫌いだ」
張作霖は蒋介石に擦り寄ることを選択した。だが、川島は彼を強く引き止めることはしなかった。
交渉は決裂だ。
張作霖は、消耗した戦力の補充に、地方の馬賊を当てにしていたが彼についていく輩は既に残されてはいなかったし、部族の利権で縄張りから出ようともしない。
建国の夢。
そんなものは利益に劣る。
博打をするにも、航空宇宙軍のせいで略奪の旨味も干上がりしてしまっては堅実な稼ぎのある地元が全てなのだ。
張作霖は転々としながら掠奪を禁じつつも統制は不調で、犯罪者や一族で頭数を膨らませながらも疲弊しながら蒋介石との合流を目指して移動を始める。
「愛新覚羅溥儀は長春に入った頃か。バカな男だ。まだ自分が皇帝だと思っているぼだからな。喜んで迎えるのは清帝国軍と関東軍くらいだ。だがあれは……朕は民衆に求められているとでも考えるんだろうさ」
しかし、と、張作霖は考える。
帝国の共和政だ。
川島から聞いた、新清帝国は、ソヴィエト帝国と似たような国家体制になる。それはやはり皇帝は形としてしか残らない。
「帝政が欲しいあの男をどうやって黙らせて強行したのやら。日本軍め、やはりどこかで止めないと中華を……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます