おいでませ!大日本帝国航空宇宙軍

RAMネコ

第1話「東洋の黄色い手」(1)

 1914年6月28日。


「フランツ・フェルディナント御一行だ」


 列車からは、イリジャ・スパからサラエボ駅まで移動してきた大公の一団と、それを歓迎するサラエボ市民らで溢れている。


 歓待の雰囲気だけならとても暗殺計画が町に蔓延っているようには見えない。


 だが、今日あるのだ!


「ボスニア・ヘルツェゴビナ総督オスカル・ポティオレクだな。サラエボ駅に止まっている6台……先頭車両で揉め事。地元警察とは違う特別警備隊がサラエボ駅に残されたか」


 2台目の車両にはサラエボの市長と警察署長、3台目のグラーフ&シュティフト 28/32 PSに大公夫妻とポティオレク、フランツ・フォン・ハラック伯爵の4人が乗った。


 そして……ミリャツカ川沿いの通り。


 襲撃は起きた。


 何人もの暗殺者のうちの一人がついに爆弾を投げ、3台めのオープンカーを攻撃した。


 午前10時10分。


 大公夫妻を乗せた車へ投げられた爆弾はオープンカーの幌に跳ね返り地上で爆発した。


 爆弾は『奇跡的に』車列の間で爆発したことでせいぜいクレーターと周囲に軽傷者を作った程度の効果に限定された。


 実行犯のチャブリノヴィッチは即座に民衆に引きずり出され激しい暴行を受けている。


 午前10時45分。


 大公夫妻はサラエボ市庁舎を出る。


 ラテン橋の近くにある食料品店。


 シラーズ・デリカテッセンの前で、突如として怒声とともに停車した車列、その三台めに暗殺者が飛び乗るとピストルを大公夫妻に向ける。


 だがでしゃばりの『東洋人』が大公夫妻と弾丸の間に身を滑り込ませた。東洋人の頸静脈、そしてサラエボ料理の詰まった腹も弾丸は引き裂いた。


 しかし弾丸は東洋人の骨にあたり、大公夫妻へは擦り傷しか負わせられず、それ以上、撃つことは不可能となる。


 東洋人はこう言ったろう。


 歯を血で染め腸をこぼし言う。


「歴史を変えてやったぞ」


 1914年。


 欧州大戦が勃発──せず。



 1919年2月。


「瑞端くん! 君の話していた大日本帝国航空宇宙軍設立の提案、原くんに通すことができたよ」


「おぉ、殿下! それでは口減らしや身売りへの対策は政府として対応していただけそうですね。殿下の提案とあれば帝国議会も通しやすいはず」


「うむ。僕のおかげでね」


「ははは……しかし事実ですか」


 起こるべくして起きた第一次世界大戦は起こらず5年が経過していた。いまだ民族的な対立が燻っていたり、列強の過激なゲームも欧米諸国を主人に暗躍しているがひとまず、大戦の予兆らしいものはない。


 大日本帝国航空宇宙軍の設立。


 それは世界大戦を回避して5年。


 同時に、サラエボでの大公夫妻暗殺未遂事件を身を挺して防いだ俺、瑞端翔平がようやっと奇跡的に後遺症を克服して歩け始めたときの歳だ。


「まだ辛いのかい?」


 と、言うのは、殿下だ。


 まあただの『殿下』だ。


 瑞端は杖を使って立つ。


 ぎこちなくとも5年物は馴染む。


「日常生活はなんとか。ただやはり心身頑健容姿端麗というには厳しいですかね」


「近衛には置いておけないだろうけど、そこは僕の推薦で除隊は保留させてもらっているよ。皇族ならともかく他国の夫妻を守護したからとその体に同情は集まらないからね」


「新設されれば航空宇宙軍に転職しますか」


「死にかけの君の遺言には耳を疑ったよ。宇宙軍幼年学校および兵学校を設立し、子女の教育を主たる業務とする航空宇宙軍を創設してほしいなんてね。頭がイカれたかと」


「イカレは酷いですよ、殿下」


 しかし、瑞端の夢なのは事実だ。


 自前の教育機関を持ちたかった。


 幼年学校と兵学校だ。


 入れる人材は今まで、農村部で口減らしや身売りに出されてきた子女だ。入校に男女の制限はない……普通の将来有望な人間は陸軍か海軍か大学を選ぶだろうが。


 全寮制で衣食住は全て予算と寄付金。


 そして、幼年学校と兵学校への受付が始まり選考をえて当初の収容予定をやや上回る4000名強以上の生徒が入学することになった。


「……閣下、女ばかりに見えます」


「労働力にならない女が主な生徒だからね。99%の学生は女子だ。男子もいるが、彼らは宇宙軍を選ぶ惰弱な精神の腐った奴と影口されているらしい」



 瑞端は幼年学校の授業風景を見学する。


 口減らし枠を拾い上げた学校なだけあり、初等教育さえまともに受けていない連中ばかりだ。


 死ねと言われ、そうされる童なのだ。


 ちょうど給食が出されている時刻だ。


 食事の鉄の掟が、給餌される猿の群れのごとき連中に叩き込まれていた。言って聞く輩などほとんどいない。いかに食い物を多く奪い蓄えられるかで喧嘩が起き、そこに、戦艦の主砲にも勝る怒号と鋼の拳が黙らせた。


 最初はこんなものだろう。


 お上品の欠片も、理想の一歩も、繰り広げられる光景だけでは微塵も感じられるものはない。


 だが瑞端は悠長であった。


「ふむ。食い物を増やさねばな」


 見苦しい弱肉強食な食料争いと秩序をもたらす暴力荒れ狂う給食時間に幼年学校を徘徊する瑞端、そしてその背中を見る生徒がいた。


 瑞端は足を止めて振り返る。


「ガキども、俺に用事かい」と、瑞端は訊くが、授業中から逃げた小僧連中は隠れてしらばっくれた。


 瑞端は考える。


 勉強の態度には三つの過程がある。


 勉強をやりたくない。


 仕方なく勉強する。


 自分から勉強する。


 普通は勉強は皆大嫌いだ。


 理想は自主的にすること。


「ガキども、お前らがどうなれるのかの将来を少し見せてやる。気になったらついてこい」


 瑞端は宇宙軍の敷地の一角に行く。


 そこに建てられているのは倉庫だ。


 瑞端はその倉庫を開け手招きした。


 照明を入れる。


「ガソリン式トラクターだ」


 こいつは、と、瑞端は続けた。


「牛や馬を使っていた畑仕事、家畜以上の力で速くやれる。木々を薙ぎ倒し、土を起こし、それらをたった1人の仕事で可能にする機械だ」


 小屋ほどある巨大な機械だ。


 冷たい鉄の塊で、その足には幾つものタイヤがありタイヤを一塊に包むように鉄の履帯が紐掛けされているように通してある。


「北海道や東北の開拓用だがな。もっと手軽な手押し式がある。こっちは安い。米作りに使えるぞ。村総出で田植えをしなくても、稲刈りをしなくても済む機械化は、ここにある」


 倉庫外に隠れていた小僧らが、おっかなびっくりと足を踏み入れる。しかし機械油の臭いが満ちた倉庫は、クセがあったようだ。


「臭いッ!」


 そんな小僧を見て、瑞端は大笑いした。


「知っているか? 時期にロシア帝国はソビエト帝国へと変わる。ロシア皇族は帝政と共に降りるが共産主義者や赤軍を一掃する。日本は日清戦争と日露戦争で得た大陸の土地に傀儡政権を立てて引き上げる。そして日本の全ての道を国道としてコンクリートで固め、都市という都市には巨大な高層建築物を建て、大規模な化学工場と大規模な耕作地を機械で埋め尽くす」


 瑞端は、ぽかんとする小僧連中を見る。


 小僧どもは重大性は欠片もわからない。


「こっちこい。乗せてやろう」


 と、瑞端は小僧を手招きした。


 小僧どもはやはりためらった。


 しかし、1人が決断的に進みでた。


 三つ編みが左右に揺れ、丸い眼鏡を掛けていて、やや細ばった骨格であり、胸も尻も貧相な女である。


 瑞端は軽々とその女を持ち上げた。


 女を座らせたのはトラクターの座席。


 固く、大きく、小さな女にはハンドルもアクセルもまるで届いてはいないほど、それは大きかった。


「……なんで帝国航空宇宙軍なんだ?」


 と、女は退屈そうな声で訊いてきた。


 言う女は、ハンドルに手を伸ばし指先で回してみたり、アクセルペダルへと足を伸ばしてバネで返ってくるまま跳ねさせていた。


「陸軍も海軍も、俺が嫌いだからだ」



 1919年10月。


「君、そんなに戦地が好きかね?」


「殿下……残念ながら我が国では、頭よりも腕力、算盤よりも大砲を扱い、汗と血を流す男のほうが通しが良いのですよ」


「黒竜江のニコラエフスクか。冬の寒い場所であるな、君。毛皮や綿入りは持ったのかね」


「うちの犬猫殺したら殿下を首にしますから、お気遣いなく。ゲリラから、ちょっくら居留民を救出してきますよ」


「宇宙軍の初陣である。奮闘されよ」


 ニコラエフスク港には、ロシア人や日本人が暮らしており、日本陸軍と海軍が四〇〇名ばかしの部隊を置いている。


 しかし、ロシアで革命が起きてより、皇帝派の白軍と、赤軍で国家を二分する内戦の最中だ。ロシア皇帝は革命前から始めた融和策により、食糧生産の拡大と辺境に至るまでの輸送の改善が人心を多少、皇帝へと向けることに回復しており、白軍の離脱は少なく、農村の支持率も最悪というわけではない。


 比較的、白軍が優位ではあった。


 しかし余談は許さない状態であり、火種は日本の目と鼻の先である土地にまで赤軍が到達しているほど混沌としている、というのが実態なのである。


「ロシアは6.5mm弾の姉妹ですしね」


「ならばサハリン州の村々で略奪の限りを尽くす赤軍とかいう賊を滅ぼしてきなさい」


「美味い蟹を食ってきます」


 日本は、赤軍ゲリラが活発化するサハリン州ニコラエフスク港へと上陸する。編成は帝国航空宇宙軍から戦力を抽出された臨時旅団で将兵の数は2,000強。直近で頻発する赤軍の推定5,000と比較すれば半分ほどの頭数であるが、軽装備も満足に行き渡っていない赤軍と比較して、臨時旅団は機械化で完全充足された近代旅団であり、市街戦や陣地構築等を5年間訓練されてきた精鋭であった。



 1919年12月。


 航空宇宙軍臨時旅団の将兵2,500と機材の荷上げが、ニコラエフスク港にて完了する。


 白い息を吐きかじかむ手を温めながら、重厚な防寒具を身に纏う彼らは、ニコラエフスクの町を守護するロシア白軍からスープとパン、そして酒で歓迎された。


 日本人居留地は日本軍が警備をしているが、町全体はロシア白軍が防衛を担当している。また日本人居留民の多くは、ニコラエフスクで商社を営む島田商会の関係者だ。彼らはサハリン州で赤軍ゲリラが活発化しているなかでも、春の雪解けに備えての通常業務に従事していた。


 日本人こそ300名程だが、他にロシア人が12,000人いる。白軍はその保護が任務だ。コルチャーク政権が赤軍を相手に頑強な抵抗を見せ、白軍の勢力は最盛期程でこそないがいまだ能力を維持している。


「我々と一緒にニコラエフスクを守って欲しい」と、白軍のメドベーデフ大佐だ。


「しかし『サラエボの勇者』とまた会えるとはな。覚えているか?」


「勿論ですともメドベーデフ大佐。ですが数奇です。日露戦争ではお互いに機関銃を向けて学びあったもの同士が、今は手を結ぶ」


「はっはっはっ。ヨーロッパの連中はバカにした旅順、奉天の地獄を、農奴あがりに教育してやるのが楽しみだ」


「まったくだメドべーデフ大佐。しかし、中国軍の艦船は目障りだな。日本人だが朝鮮民族のものもいる」


「中国の連中もサハリンを狙っている」


「赤軍に合流するかな」


「うん、可能性は高い」


 メドべーデフ大佐は中国が中立をとるなど微塵も信用していない口振りで言う。


 日本は、ロシア内戦に大してハッキリと白軍支援を表明している。労農革命の赤軍を完全に否定しているのは、日本の重工業が皇帝一族と一緒になり食糧改善の投資をしてきた資産をことごとく、赤軍に接収されたから……という建前がある。


 潤沢な肥料、農業トラクター。


 ロシアを肥沃な土地にする為、餓死する人間を減らす為の国土改善計画は、サラエボの英雄としての知名度と、大公夫妻の熱烈の推薦で勝ち取った成果だ。


 体を張って高貴な血を守った非ロシア人と言うのは都合が良く、政治の道具にもウケた。ただそれ以上に勇敢で恐れを知らない挑戦する男というのは、スラブ民族の琴線に触れるものがあったようだ。


「塹壕と有刺鉄線を張り巡らせましょう」



 1920年2月。


「赤軍連中は長くは待てないだろう」


 瑞端は革手袋に有刺鉄線の鉄の薔薇を喰い込ませながら、ロールから伸ばしていく。既に何十もの鉄条網が構築済みであり、工具があったとしても生半可では突破できない。


 それに足を止めた突撃してくる兵士を狙う、何重かの塹壕も掘り返されているし、ニコラエフスクの建物には土嚢と補強された銃座を据えた陣地も狙っている。


「時期に略奪した食糧を食い尽くす。無謀な突撃をせざるをえなくなり、俺達はのんびりと待とう。焦った腹を空かせた獣の爆発力がどこまで続くか、ゆっくりと料理すれば良い」


 3月が限界だろう。


 瑞端は計算していた。


 しかし赤軍は攻撃を躊躇っている。


 ニコラエフスクに到着した、帝国航空宇宙軍の臨時旅団の存在をシンパから聞いている筈なのだ。共産主義者で赤軍と通じる労働者は幾らでも潜伏していた。


 瑞端は考える。


 赤軍はまず、ニコラエフスクの白軍と航空宇宙軍を切り離すだろう。大勢の市民もだ。ロシア人は多い。少ない日本人なら軍民を同時に相手にできる。


 白軍に降伏勧告をだし、航空宇宙軍を居留民の地区に押し込めたあと強襲するつもりだろう。


 後から合流した山賊ばかりの集団が機微を読む軍事作戦をするのも難しい。できることは少ないし、やることは想像がついた。


「おッ」


 瑞端は帽子を外して振った。


 ニコラエフスクに装甲車の一団が帰ってきた。近隣の村に潜伏している赤軍狩りに小突いて回っている部隊だ。大型の赤外線投光器、無線機、重機関銃に火炎放射器、小銃弾を完全に無効化する装甲を貼った鋼の獣は、余程の近接白兵戦を生き抜いたのか、氷柱となった血潮や装甲の一部と化している肉片をつけたまま凱旋してきていた。


「ゲリラどもが一丁前に要求なんぞ寄越しましたぞメドべーデフ大佐、どう思いますか?」


「赤軍ですぞ」


「そうですな。山賊狩りに出るぞ」


 赤軍ゲリラと日本軍が衝突する。

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