第41話

 最終ステージ『桜の木の下には死体が埋まっている』。この都市伝説は大正から昭和にかけて活躍した作家、梶井基次郎の短編小説が昇華されたものだ。千九百二十八年に発表された小説の書き出しが人々に大きなインパクトを与えたことから、学校七不思議にも転用されたらしい。

 

 ここで開花した桜の木の枝を手に入れればゲームは終了である。結月はフラスコに入った麗華の血液を木の根本に撒いた。すると蕾が一斉に開花し、無数の花びらが三人に降りそそぐ。

 

「……綺麗ね」

 

 枝を手折り、花蓮が呟いた。

 

「そうだね。麗華みたいだ」

「まぁ実際に桜の花の色に影響するのって、土壌よりも気温なんですけどね」

「現実的な話はいいでしょ! これはゲームなんだから」

 

 背後で言い争う二人の声を聞きながら、結月は今回のゲームアイテムを木の前に並べる。

 

 第一ステージ、異境の体育館。入手アイテム、黒いピンポン球。

 第二ステージ、理科室の怪談。入手アイテム、幼蛇のホルマリン漬け。

 第三ステージ、音楽室の恐怖。入手アイテム、呪われた楽譜。

 第四ステージ、美術室の怪異。入手アイテム、動くデッサン人形。

 第五ステージ、家庭科室の包丁。入手アイテム、飛び回る包丁。

 第六ステージ、大鏡の呪い。入手アイテム、魔の鏡。

 第七ステージ、桜の木の下には死体が埋まっている。入手アイテム、血を吸って咲く桜の木の枝。

 

 全てのアイテムを揃え、ゲームは終了した。眼前に浮かび上がるゲームクリアの文字を見て、花蓮が慌てたように携帯端末を取り出す。

 

「結月! 最後に連絡先交換して!」

「あ、うん。いいよ」

 

 着実に増えつつある連絡先欄を眺めて結月は不思議な気分になった。少し前まではゲーム用の端末しか持ち合わせておらず、連絡を取り合う相手など一人もいなかったというのに。東京のボロアパートに引きこもっていた時代が、今はどこか懐かしい。

 

「次も一緒にゲームしてくれる?」

「そうだね。もし機会があったら一緒にやろう」

 

 思い返せば、このオカルト少女には振り回されてばかりだった。だが、なぜか結月は花蓮のことを嫌いになれない。どころか、死んでほしくないとまで思ってしまっている。

 

「結月さん」

 

 呼ばれて振り返ると、怜央が静かに結月を見据えていた。

 

「ダメですよ?」

 

 その言葉の真意を結月は一瞬で悟る。

 

「分かってるから、心配しないで」

 

 つまり怜央は一人のプレイヤーに深入りするなと言いたいのだ。深入りしてしまえば、花蓮が死んだ時に結月が辛くなってしまうから。


 怜央は友人の死をきっかけにゲームから遠ざかり、引退にまで追い込まれたプレイヤーの末路を数えきれないほど見てきた。故に、才能のある結月がそんな俗物に堕ちる姿は見たくないと思っている。兄の認めたプレイヤーが他人の死を気に病んで引退など、到底許せることではない。


 どんな犠牲を払おうとも自分だけは生き残る。目の前の障害を全てはねのけて死ぬまでゲームを続ける。そのくらいの気概を持ってゲームに挑んでほしいのだ。

 

「ゲームが終わったら唯斗さんを派遣しますから、いつものお店でまたお会いしましょう。次は兄さんと一緒に」

「分かった。ただ一日だけ休ませてくれない? ゲームの振り返りもしたいし、紗蘭とも会う約束があるから」

「……そういうことでしたら、まぁいいでしょう。では、また」

「うん、またね」

 

 そのやり取りを最後に、三人の視界を光が埋め尽くす。そして結月の意識は暗闇へと吸い込まれていった。

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