第39話
「ねぇ、これどうするの? 私、絶対嫌よ」
「まぁ確かに今回は危ないですよね」
「やるしかない、んだろうけど……」
三人は家庭科室の前で頭を抱える。扉の小窓から室内を覗くと、無数の包丁が飛び回っているのが見えた。
「参加可能人数は二名、ですか」
結月は廊下に座り込んで震えている花蓮を一瞥する。そして彼女には無理だと判断した。
「怜央、いける?」
「……そうなりますよね、当然。でも、望むところですよ」
怜央は普段通りの口調で頷く。気負いすぎていないのはいいことだが、誰にでもできることではない。結月は何度か深呼吸して気持ちを落ち着け、扉に手をかけた。初参加の時であったならば感じずに済んだであろう緊張とわずかな恐怖。だが、不思議と不快ではない。
「死なないでよね」
涙声で呟く花蓮に背中を押され、結月は覚悟を決めて扉を開けた。襲い来る五本の刃をスライディングの要領でかわし、怜央と二手に分かれる。第五ステージのアイテムは、この飛び回る包丁。武器になるものも盾として使えそうなものもないため、素手で掴み取らなければならないらしい。難易度だけでいうならば体育館のピンポン球以上だ。
家庭科室内を逃げ惑いながら結月は包丁の動きを観察する。包丁は真っ直ぐに結月を狙い、最短距離を突き進んでいた。小細工はない。相手は無機物なのだからそれが当然か。だが結月はそこに付け入る隙を見出だした。
包丁自体に意思はなく、ただひたすらにプレイヤーの命を刈り取るべく動いている。ならば、逃げるのではなく迎え撃てばいい。
結月はテーブルの上に飛び乗ると先頭を飛翔する包丁に狙いを定めた。そして腕を伸ばし、柄を握り込む。
「ああぁぁあぁぁ!」
わずかにタイミングがずれ、刃先が手のひらを刻んだ。それでも結月は包丁を離さない。血で滑る柄を無理な力で捕まえる。包丁は少しの間抵抗するように震えていたが、やがて諦めたのか動きを止めた。同時に室内を飛び回っていた包丁が全て床に落下する。
「いったぁぁ……」
「結月さん、大丈夫ですか? 思いきったことをしましたね……」
怜央は戸棚からタオルを取り出し、血が滴る傷口に巻いてくれた。いずれは止血できるだろう。
「これが一番手っ取り早いと思って……」
慣れない痛みで滲む涙を袖口で拭い、結月が力なく呟く。
「行こう、怜央。私は大丈夫だから……」
「いやいや、明らかに元気なくなってるじゃないですか。無理はしないで下さいね? あと二ステージだけですから、頑張りましょう」
怜央に支えられながら来た道を戻り、花蓮と合流すると気まずそうに声をかけられた。
「あ、結月、その……手、痛いわよね。大丈夫……?」
「うん、平気。次どこだっけ?」
「次は四階の大鏡だけど……」
「分かった」
周囲に気を配る余裕がなくなり、タオル越しに傷口を押さえて無言で歩く。階段を上がり三階にたどり着いたところで花蓮が口を開いた。
「ねぇ、ごめん。私トイレ行きたい……」
「じゃあ僕はここで待ってますね」
「結月、一緒に来て。一人じゃ怖いの、お願い」
「うん、いいよ」
かなり我慢していたのか、早く早くと急かす花蓮の後を追って女子トイレに入る。そして個室の扉を開けた花蓮は、もう何度目かも分からない悲鳴を上げた。
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