第23話

 左腕に走る鈍い痛みで結月の意識は覚醒する。既に二週間以上の日々をこの部屋で過ごし、すっかり見慣れた天井を眺めて結月はため息をついた。

 

「第二ゲームクリア、おめでとうございます。結月様」

「……別に、今回はめでたくも何ともないよ。私はただ、生かしてもらっただけだ」

「それでも、クリアはクリアでございます」

「意味がない。それじゃ私にとっては何の意味もない」

 

 初日から最終日までの流れを思い返して、結月は思わず舌打ちする。一人ではクリアすることさえできない自分の不甲斐なさが情けなかった。可能ならば今すぐにでも次のゲームに挑みたいくらいだ。だが、こんな時ですら冷静な結月の頭はそれが自殺行為であると的確な判断を下す。

 

「一度、落ち着かれて下さい。結月様。まだお戻りになられたばかりなのですから」

 

 そう言って案内役が持ってきてくれた水を結月は一息で飲み干した。それとほぼ同時に部屋の扉がノックされる。

 

「結月様、いかがいたしますか?」

「入れてくれて構わないよ」

「かしこまりました」

 

 結月の許可を得て案内役が扉を開けるとそこには紗蘭が立っていた。予想通りの人物である。

 

「結月さん。少しお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ちょうど良かった。私も紗蘭に話したいことがあったんだ。いいよ、入って」

 

 二つ返事で紗蘭を室内に招き入れ、結月は栄養ドリンクを差し出した。

 

「飲む?」

「いえ、私は結構です」

 

 美味しいのに、と呟いて結月は缶に口をつける。

 

「それで、話って?」

「はい。次のゲームのことなのですが……私一人で、参加させて頂きたいのです」

 

 その申し出は結月にとって意外なものだった。とはいえ、考えてみれば初心者の結月を連れていたところで紗蘭にメリットはないだろう。精々、騙して生け贄にするくらいしか使い道がないのだから。

 

「分かった。紗蘭がそうしたいなら私は構わないよ」

「理由を、聞かないのですか?」

「逆に聞いてほしいの?」

 

 結月が問うと、紗蘭はわずかな逡巡の後に口を開いた。

 

「……私は次で四十回目のゲーム参加なのですが、四十回に限らず十回目や二十回目などの区切りの良いゲームは不運が重なるというジンクスがあるのです。実際、私も十回目のゲームでは死にかけました。その不幸に結月さんを巻き込みたくなくて」

 

 結月が考えているような下衆な理由ではなく、紗蘭らしい優しさからの提案だった。結月は自分の思考回路に嫌気が差しながらも頷く。

 

「そういうことだったんだ。じゃあやっぱりちょうど良かったかな。私も次のゲームは一人でやろうと思ってたから」

「え?」

「紗蘭といると、どうしても頼っちゃうからさ。一人で死地に放り出されれば何か得られるかもしれないし」

 

 これが結月の出した結論だった。ベテランプレイヤーと共にゲームに挑んだところで結月に成長はない。一人でクリアしなければ、それはクリアとは呼べないのだ、と。

 

「だから、お互いのゲームが終わったらまた会って報告会しようよ」

「そう、ですね。では、また無事にお会いできることを楽しみにしております」

「うん。紗蘭も頑張って」

 

 部屋の前まで紗蘭を見送り、自室に戻った結月は携帯端末を操作する。ゲームの開催スケジュールを確認してみると、二週間後に良いゲームを見つけた。

 

「廃墟からの脱出ゲーム、か。いいね。この手のゲームは現実でも得意だったし、これにしよう」

 

 案内役が勝手に組んだ初回のゲームとは違い、今回は正真正銘結月が自分で選択したゲーム。このゲームが自分にとっての分水嶺になると、結月は心のどこかで確信していた。

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