第3話 剣と商才

陽射しが強くなり始めた朝、アユタヤの王宮近くの練兵場に、鋭い金属音が響き渡った。


「はっ!」


山田長政の掛け声とともに、彼の日本刀が空を切った。その姿を見つめる大勢のシャムの兵士たちの目は、驚きと畏怖の色に染まっていた。


「おおっ!」


兵士たちから感嘆の声が上がる。長政の剣さばきは、彼らが今まで見たこともないほど洗練されていた。無駄な動きは一切なく、一つ一つの動作が致命的な一撃となりうる精度を持っていた。


練習を終えた長政は、額の汗を拭いながら、側近の竹中半兵衛に声をかけた。


「半兵衛どの、わしゃあ思うだに。この国の兵どもは、まだまだ腕が足らんずら」


竹中は苦笑しながら答えた。


「そりゃそうでしょうや。長政どのの腕前は、日本でも五指に入るほどのもんですだ。ここの兵どもが及ぶわけがねえですよ」


長政は満足げに頷いた。


「そうよ。だがな、わしゃあ思うだに。この国の兵どもも、ちったあは使えるようになるかもしれんぞ。わしの剣術を教えてやりゃあ、きっと役に立つようになるずら」


そう言って、長政は兵士たちに向き直った。

「おめえら! わしの剣術を見て、どう思った?」


兵士たちは互いに顔を見合わせ、おずおずと答えた。


「素晴らしいです、山田様。私たちにはとても真似できそうにありません」


長政は鼻で笑った。


「なんだい、そんな弱気なことを言っとるんじゃねえ。わしが教えてやるから、おめえらも強くなれるずら。さあ、剣を取れ!」


兵士たちは慌てて剣を手に取り、長政の指示に従って練習を始めた。長政は厳しく、時に冷酷なまでに彼らを指導した。しかし、その指導の中に、確かな効果があることを兵士たちも感じ取っていた。


数時間後、疲れ果てた兵士たちを解散させると、長政は竹中とともに王宮へと向かった。


「半兵衛どの、今日の商談の準備はできとるかい?」


竹中は頷いた。


「はい、万全です。シャム王国との貿易ルートを確立する絶好の機会ですからな。長政どのの交渉力で、きっと上手くいくはずです」


長政は満足げに笑った。


「そうよ。わしゃあ思うだに、商売も戦いと同じだ。相手の弱みを見抜き、自分の強みを活かす。それさえできりゃあ、負けるわけがねえずら」


王宮に到着すると、長政たちは謁見の間へと案内された。シャム王国のソンタム王が、側近たちを従えて待っていた。


長政は丁重に礼をしつつも、決して卑屈にはならなかった。


「陛下、本日は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございます」


ソンタム王は長政を見つめ、微笑んだ。


「山田殿、噂に聞く通りの剛胆な男だな。私の耳にも、お前の武勇伝が届いておる。さて、今日はどのような話があるのだ?」


長政は真っ直ぐにソンタム王を見据えて答えた。


「陛下、私めは日本とシャム王国の架け橋となり、両国の繁栄に尽力したいと考えております。具体的には、日本の鉄砲や刀剣類と、シャムの象牙や香辛料を交換する貿易ルートの確立を提案させていただきたく」


ソンタム王は興味深そうに眉を上げた。


「ほう、それは面白い提案だ。だが、お前一人にそのような大役が務まるとでも?」


長政は自信に満ちた表情で答えた。


「はい、私にお任せください。私には日本での人脈があり、シャムでも多くの協力者がおります。必ずや、両国にとって有益な関係を築き上げてみせます」


ソンタム王は長政の目を見つめ、その決意と自信を感じ取ったようだった。


「よかろう。では、お前に試しの機会を与えよう。まずは小規模な取引から始め、その成果を見せてもらおうではないか」


長政は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます、陛下。必ずや、ご期待に沿うよう努めさせていただきます」


謁見を終えて王宮を後にした長政と竹中は、早速準備に取り掛かった。


「半兵衛どの、さっそく日本の商人たちに連絡を取るんだ。鉄砲と刀剣の最高品質のものを集めるんだぞ」


竹中は頷きながら答えた。


「はい、承知しました。でも長政どの、あんまり強気に出過ぎて、他の商人たちの反感を買わねえようにしたほうがいいんじゃねえですかい?」


長政は冷ややかな笑みを浮かべた。

「なあに、心配すんな。商売に情けは無用だ。わしゃあ思うだに、強いものが生き残る。それがこの世の掟よ」


その言葉通り、長政は容赦なく商談を進めていった。彼の冷徹な商才と、武人としての威厳は、多くの商人たちを圧倒した。中には長政に反発する者もいたが、彼の力の前には為す術もなかった。


数ヶ月後、長政の手配した最初の貿易船が、アユタヤの港に到着した。日本から運ばれてきた鉄砲と刀剣は、その品質の高さゆえに、シャムの貴族たちの間で大いに評判を呼んだ。


一方、シャムから日本へと送られた象牙や香辛料も、日本の商人たちの間で飛ぶように売れていった。長政の立てた計画は、見事に成功を収めたのだ。


その成功を聞いたソンタム王は、長政を再び謁見の間に呼び寄せた。


「山田殿、見事な手腕だったぞ。お前の言葉通り、両国にとって実に有益な取引となった」

長政は謙虚に頭を下げながらも、その目には自信に満ちた光が宿っていた。


「恐れ入ります、陛下。これもひとえに、陛下のご信任あってのことです」


ソンタム王は満足げに頷いた。


「よかろう。これからも、お前にこの貿易ルートの管理を任せよう。さらなる繁栄を期待しているぞ」


「はっ! ご期待に添えるよう、精進して参ります」


謁見を終えて外に出た長政は、待っていた竹中に声をかけた。


「どうだい、半兵衛どの。わしの読み通りになったずらが」


竹中は感心したように答えた。


「さすがです、長政どの。あんたの先見の明には、いつも驚かされますよ」


長政は得意げに胸を張った。


「そりゃそうよ。わしゃあ思うだに、商売も戦いも同じこと。相手の動きを読み、先手を打つ。それが勝つ秘訣だ」


そう言いながら、長政の目は遠くを見つめていた。彼の野望は、まだまだ終わりそうになかった。


「兵衛どの、次はもっと大きな仕事にかかるぞ。シャム王国の軍を鍛え上げ、周辺国との戦いに勝利する。そして、わしがこの国で、さらに大きな力を持つんだ」


竹中は少し心配そうな表情を浮かべた。


「長政どの、あんまり急ぎ過ぎると、周りの反感を買うかもしれませんぜ。慎重に行動したほうがいいんじゃねえですかい?」


長政は竹中の心配など気にも留めず、強い口調で言い放った。


「なあに、心配すんな。わしに付いてくる者は守ってやる。だが、わしに逆らう者は、容赦なく切り捨てるまでよ」


その言葉に、竹中は背筋が凍るのを感じた。長政の冷徹さは、時として恐ろしいものがあった。しかし、それこそが長政の強さの源でもあった。


その後、長政の影響力は急速に拡大していった。彼は軍事面でも経済面でも、シャム王国になくてはならない存在となっていった。しかし、その急速な台頭は、必然的に多くの敵を作ることにもなった。


ある日、長政は側近たちを集めて会議を開いていた。


「わしゃあ思うだに、最近、妙な動きがあるずら。わしに敵対する者どもが、何か企んでいるようだ」


側近の一人が恐る恐る口を開いた。

「長政様、やはり出世が早すぎたのではないでしょうか。多くの貴族たちが、あなたを快く思っていないようです」


長政は冷ややかな笑みを浮かべた。

「そうかもしれんな。だが、わしは後には引かん。奴らが攻めてくるなら、こちらから先に叩いてやる」


そう言って、長政は刀の柄に手をかけた。その目には、かつて日本で戦場を駆け抜けた頃と同じ鋭い光が宿っていた。


「おめえら、よく聞け。わしに従う者は守ってやる。だが、裏切り者は容赦せん。わしの剣が、奴らの首を刎ねてやるずら」


側近たちは、長政の迫力に圧倒されて言葉を失った。彼らは、長政の強さと恐ろしさを改めて思い知らされたのだった。


しかし、長政の力は絶大だった。彼の警戒心と迅速な行動により、敵対する者たちの企みは次々と潰されていった。彼の名声は、シャム王国中に轟いた。


「山田長政」その名は、勇猛果敢な武人であり、冷徹な商人であり、そして恐るべき権力者を意味するようになった。彼の剣と商才は、彼をシャムの歴史に深く刻み込むことになるのだった。


山田長政の名声が高まるにつれ、彼の周りには常に緊張感が漂っていた。敵対者たちの企みを次々と潰してきた長政だったが、油断はできなかった。


ある日、長政は側近の竹中半兵衛と共に、アユタヤの街を視察していた。


「半兵衛どの、わしゃあ思うだに。この街も随分と賑やかになったずらな」


竹中は頷きながら答えた。


「そうですね。長政どのの手腕のおかげで、貿易が盛んになった証拠ですよ」


長政は満足げに微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。


「だが、油断はできん。繁栄は同時に、妬みも生むものだ。わしらの警戒は怠れんぞ」


その時、突然、人混みの中から一人の男が飛び出してきた。男は刀を抜き、長政に向かって突進してきた。


「山田長政、貴様の首をいただく!」

長政は冷静に男の動きを見極めると、瞬時に身を翻した。男の刀が空を切る中、長政の刀が鋭く閃いた。


「はっ!」


一瞬の後、男は地面に倒れ込んでいた。長政の一太刀が、男の腕を深く切り裂いていた。


「ぐあっ!」


男は苦痛に呻いたが、長政は冷たい目で男を見下ろした。


「おめえ、誰に雇われた? 正直に答えりゃあ、命だけは助けてやるぞ」


男は恐怖に震えながら、ある貴族の名を口にした。長政はその名を聞くと、冷笑を浮かべた。

「なるほど、あの男か。わかった、おめえの命は助けてやる。だが、二度とわしの前に現れるんじゃねえぞ」


そう言うと、長政は護衛に命じて男を拘束させた。


その夜、長政は側近たちを集めて緊急の会議を開いた。


「諸君、今日の刺客の件は把握しとるな?」

側近たちは緊張した面持ちで頷いた。長政は続けた。


「わしゃあ思うだに。このまま黙っとるわけにはいかん。奴らに反撃の意思を見せつけにゃあならん」


竹中が恐る恐る口を開いた。


「長政どの、あまり強硬な手段を取ると、かえって反感を買うんじゃないですかい?」


長政は鋭い目つきで竹中を見た。


「半兵衛どの、おめえにゃあ失望したぞ。弱気な態度じゃあ、わしらの地位なんて簡単に奪われちまう。強さを見せつけりゃあ、奴らも二度と手出しできなくなる」


そう言うと、長政は計画を説明し始めた。それは、敵対する貴族たちへの徹底的な反撃作戦だった。商権の剥奪、軍事力の削減、そして必要とあらば、暗殺まで。長政の計画は、まさに冷徹そのものだった。


側近たちは、長政の決意の強さに圧倒されていた。しかし、誰一人として反対する者はいなかった。彼らは皆、長政の力と決断力を信じていたのだ。


翌日から、長政の反撃が始まった。彼の影響力を使って、敵対する貴族たちの商権が次々と奪われていった。軍事面でも、彼らの部隊は弱体化させられた。


そして、ある夜。長政は自ら刀を手に取り、最大の敵対者である貴族の屋敷に忍び込んだ。

「おい、出てこい!」


長政の声に、貴族は寝室から慌てて飛び出してきた。


「な、何者だ!?」


貴族は長政の姿を見て、顔面蒼白になった。

「山、山田殿...どうか命だけは...」


長政は冷たく言い放った。


「おめえには、わしを殺そうとした罪がある。その報いを受けるんだ」


貴族は必死に許しを請うたが、長政の決意は固かった。刀が閃き、貴族の叫び声が夜空に消えていった。


翌朝、貴族の死体が発見された。公式には何者かによる暗殺とされたが、誰もが長政の仕業だと悟った。この出来事は、長政の敵対者たちに大きな衝撃を与えた。


それ以降、長政に対する表立った反発は影を潜めた。彼の力の前に、誰もが頭を垂れるしかなかったのだ。


しかし、長政の心の中では新たな野望が芽生えていた。


「半兵衛どの、わしゃあ思うだに。もはやシャムの一商人や武人としての地位じゃあ、物足りなくなってきたずら」


竹中は驚いて尋ねた。


「長政どの、まさか...」


長政は遠くを見つめながら言った。


「そうよ。わしはこの国の実権を握りたい。いずれはシャムの王にだってなれるかもしれん」

竹中は心配そうに言った。


「でも長政どの、それはあまりにも...」

長政は竹中の言葉を遮った。


「心配すんな。わしにゃあ力がある。商才も、武芸も、そして何より、人を従わせる力がな。それを使えば、きっと夢は叶う」


そう言って、長政は再び刀の柄に手をかけた。彼の目には、かつてない野心の炎が燃えていた。


シャムの歴史は、山田長政というこの日本人によって、大きく動き始めようとしていた。彼の剣と商才は、彼をさらなる高みへと導いていくのだった。


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