第14話

14


成り行きとはいえ、この右も左も分からない壮大なファンタジーの世界でナギとグリが味方になってくれるのは相当に心強いことだった。


ナギはすぐに私とニコマルをグリの背中に乗せ、とある場所に案内してくれた。


非日常な空の旅を楽しみながら、

あの神秘的な森と対角線状にしばらく飛行すれば、眼下に小さな街の様な物が見えてくる。


「あれがここの住人達が住むリーポイナスという街だ。」

「うわぁっ…」


全てがレンガ造りの可愛い町並みだ。


ロミオとジュリエットの舞台にもなったイタリアの古都ヴェローナを思わせるそれは、上空から見ると草原の真ん中にそこだけ切り取られたかのように、突然現れる真四角の街だった。


そこまで広大な街ではない印象を持ったが、真四角の街の南側、大きなアーチ状のレンガが積まれた正面広場に降りてみれば、それが間違いだったと気付かされる。


グリは思ったよりずっと高い高度で飛行していたらしい。


街ゆく人の数はまばら、こんなにも人目を引くナギとグリがいても、皆気にする様子はない。


上空から見た印象と違わず、2色の明るいレンガが互い違いに組み込まれて作られたレンガ造りの街並みは明るく、建物はもちろん、道路に至るまでそのレンガで囲われていた。


街の中心部であろう広場には、やはりレンガで組まれた小さな噴水があり、時折見たこともないグレイッシュトーンの小鳥が噴水の先から迸る水滴で喉を潤している。


「お前達もこの街に宿をとるといい。リーポイナスにいれば安全だ。」

「え?でも、お金がないし…」

「お金?そんなものは必要ない。」

「必要ない?だって食べ物だって買わなきゃいけないでしょ?それと引き換えるような通貨は必要じゃない?」

「食べ物も飲み物も、生きるために必要なものならみんなで分け合えばいい。それと引き換える通貨なんていうものは必要ない。」


そう当たり前に言い切るナギの真っ直ぐな瞳に私は自分を恥じた。


これが人間の本来の形でなくてはならないと感じたからだ。


通貨なんてなくとも、誰かが独りよがりに私腹を肥やそうとしなければ、みんなが助け合って生きていけるはずなのだ。


生きるための最低限のものをみんなが分け合って行けるはずなのだ。


そんな当たり前の事が、当たり前のことのように分からなくなっていたことが、私を赤面させる。


ナギは慣れた足取りで、似たようなレンガ造りの十字路を迷いなく進み、一件の建物内に入っていく。


教会のような、学校のような、リーポイナスという街にしては割と大きめの建造物で、積み上げられたレンガは町並みのそれとは明らかに違い、厳かで細かな装飾がなされている。


見上げた天井は高く、所々、オレンジ色に灯ったランプが室内を温かく照らしている。


私のようなリーポイナス初心者には敷居が高いように感じられたが、ナギはまるで自宅にでも帰るように歩を進める。


「サラ!サラはいるか?」


ナギが建物の奥に向かって声をかける。


するとすぐに奥の扉が開き、真っ赤なマントを纏った女性が、嬉しそうな笑顔を見せた。


「ナギ!」


そう発した女性は、まるでCGの世界から飛び出してきたかの様な、人間離れした美人だった。


顔はキュッと小さくてホクロ一つ、毛穴一つとて見当たらない陶器のような肌。


セクシーなのに、キリッとしていて嫌味のない目元。

顔の真ん中に黄金比で成形されたかのような鼻。

また適度に熟成された赤ワインの様に上品に艶めくルビーガーネットの唇。


その女性らしい外見とは裏腹に、長い髪は高い位置に一つにまとめられ、背には深紅のマント、胸には深紅の鎧を身につけている。


彼女にキャラクター名をつけるとしたら『深紅の戦士』ってとこだろう。


サラと呼ばれた美女は、嬉しそうにナギの胸元に手を置いた。


「ナギ!また来たんだな!どうかしたか?」

「サラ、悪いがいくつか空いている部屋はないか?」

「空き部屋なら2.3あるぞ!今日は泊まっていくか?」

「私ではなく、この者達を頼みたい。」


ナギに促された先で、サラはようやく私達の存在を意識したようであった。


「客人だったのか。」


サラは僅かに残念そうな色をクリスタルのような瞳に浮かべたが、すぐに私達に居直ると、気さくな笑顔を浮かべ自己紹介を始めた。


「私はサラ・ストリングスだ。この街の警護を担当しいる。ゆっくり休んで行ってくれ。」

「あ、こんにちは!私はマナです。そして、こっちがニコマルです!」


差し出された白くて細い手と握手する。なんだか芸能人と握手するかのような緊張感が走る。


隣のニコマルなんて、ほけっとサラを見つめたまま、頬をピンク色に染めている。


出会った時、私には全くしなかった反応だ。


サラの美貌の前では仕方のない反応だが、憮然としないのもまた事実…。


「ではマナ、また明日迎えに来る。サラ、二人を宜しく頼む。」


ナギはそう言い残し、グリの背にまたがって大空に舞い上がっていく。


夕日に照らされたその姿は、伝説に出てくる勇者さながらだ。


サラは小さくなって見えなくなるまで、その姿を追う。


なんて様になる二人なんだろう。


「サラさんは…ナギと恋人同士なんですか?」


二人の姿に、そんな不躾な質問を思わず投げかけてしまう。


私の質問にハッとしたように、ナギの消えていった空から視線をはずすサラ。


「さんは付けなくて良い。サラと呼んでくれ。ところで恋人とはなんだ?」

「恋人…お互い好き合っているのかなって。」


私の言葉にサラはハハっと笑う。


その笑顔の美しさたるや、散りばめた宝石の欠片が一斉に煌めきだしたかのように思えるほど。


思わず眩しい!!!と手で目を覆ってしまいたくなる。


「私はもちろん好きだ。ナギとは昨日出会ったばかりだが…。ナギはどうか知らんがな。」


照れるでもなく、隠すでもなく、真っ直ぐに語るサラは、美しさを超え神々しささえ感じる。


なんだろう。


この世界の住人は皆、心のくぐもった所が全く感じられない。


どこか子供的というか直感的。

心の探り合いや駆け引き、ズルさや損得感情なんていう、大人になると育っていってしまう嫌なものが、サラやナギ、そしてニコマルにも感じられない。


「さぁ、部屋はこっちだ。案内しよう。」


サラが用意してくれた部屋は、ソファ、テーブルが置かれた10畳ほどの広間、その奥にベットが2つ置かれた6畳ほどの寝室に繫がる扉がある。


「おお!広い~!」


建物の外観と同じ様なレンガ造りの可愛い部屋で、幼い頃に買ってもらった小さな人形の家を思い出す。


オレンジ色の光を放つランプが部屋を照らし、初めての場所なのにどこかホッとするような安心感を得ることができた。


「素敵なお部屋!!ありがとうございます!」


私の言葉にサラは満足げな笑みを浮かべると


「ではゆっくり休んでくれ。」


と、部屋を後にした。


扉が閉まった瞬間、見計らっていたかのように左腕の平たいゴムがヴヴヴ…と振動を始める。


余りにも現実離れした時間を過ごしてしまったために、一瞬訳が分からず、その振動の場所を探ってしまった。


左腕の平ゴムに焦点が合った瞬間に、桜井教授のホログラムが現れる。


ああ、そうだったと現実世界を思い出す。


『そろそろ一回帰った方がいいね。問題はないかい?』

「大丈夫です。そうですね。こっちは今落ち着いた所なので、一回帰ります。」

『了解!待っているよ。』


私達の会話を聞いて、全て理解したようなニコマルが何も言わずにアナプラの出口を出してくれる。


今日はここまで、か。


私はwakeする際の少なからずの抵抗感に慣れることはなかったが、無事に現実へと帰ることが出来た。

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